十五話 スライムの軍勢
「はぁっ……はぁっ……クソ……」
結果的に、俺は勝利した。
だが。
意気揚々とスライムを叩きのめし無事ニンジンを奪い取った俺だが、冷静になってふと考えてみるとその行為が良くないことは――考えれば簡単に分かることであった。
がさがさ。
がさがさがさ。
がさがさがさがさがさがさ。
辺りからそんな物音がして、俺を取り囲むようにして現れるスライム達。ここにレイナはいない――あの時の恐怖が蘇る。
生唾をごくりと飲み込んで、俺は冷や汗を流しながらも思考した。
「いやいやいやいや……先に手を出したのはお前らだよな? なぁ?」
最初を含めるのであれば、明らかに俺から手を出しているのだが。
それは関係ない、この前のことを換算するなクソスライム共。
お前らは俺の設置したニンジンを奪った。お前らが悪い。
しかし、数は以前と比べてもそこまで集まってはいないようだった。この場所が村から近い場所なのか、短期間にスライムを狩りまくったこと(主にレイナの魔術)が原因なのかは知らないが……好都合だ。
焦ることはない。冷静に対処すればどうとでもなる。
手汗が付いてぬるぬるの柄を力強く握り締め、先頭のスライム達の行動を窺う。
スライム達が突撃するモーションを見計らって、俺は回避の行動に移った。
スライムは身体全体をしならせて飛び掛かってくるため、ちゃんと見てさえいれば非常に動きの分かりやすいモンスターだ。
そのため俺のような手負いの雑魚でも、事前に来る位置が分かっていれば避けることは十分に可能である。
そのことから考えられる一番の最善策は――。
「うわあああああああああああああああ」
逃げることだった。
いや、当然でしょ。一体ならともかくあの数が一斉に飛んできたら避けるもなにもあったものではない。ぺしゃんこに押し潰されて窒息死し、ゆっくりと時間を掛けてスライムの養分になって溶けてなくなるのだ。
そんなのは御免被る。だから逃げる。
木々の間を抜け、道無き道を走って抜ける。村の方向に向かって走ればいずれこのスライム地獄からは抜けられる。
「くそっこっちにもスライムかよ!」
俺の逃走経路を邪魔するかのように一匹のスライムが右から飛び出してきた。草むらからの不意打ちタックルを寸でのところで躱し、逆方向へ進路を変える。
緑色ってのは案外森の色と同調して見えにくくなっていた。勿論そういう理由でスライムの色が緑なんだろうが、もっと青とか赤とか派手な色になって欲しいと切に願う。
今度は左から飛び出して来たスライムをショートソードで薙ぎ払い、草むらを掻き分けて獣道へと抜けた。
そこにもスライムは現れ、俺へ飛び込んでくる。
「ワンパターン共め、いつまでも同じ手に乗ると思うなよ!」
空中に浮かんでしまえばもう軌道は変えられない。俺はそう冷静に判断し、身を捩ってスライムの攻撃を躱してそのまま逃げる。
後ろへ振り向けば、スライムの軍勢が遅い足取りながらも俺を追っていることが分かった。
やっぱとんでもない数だ。時間が経つにつれて数も集まり、獲物を徐々に追い詰める行動――まるで軍隊じゃないか。
「って、やべぇこっちに逃げても村には着かない……まさか――」
次々襲い掛かってくるスライムを捌きつつ逃走していた俺の脳裏に、ふと嫌な考えが浮かんだ。
同時に冷や汗が全身を覆い、俺は苦笑する。
「いや、まさかなぁ……あははは」
一心不乱に村の方向へ逃げていたはずだが――眼前に広がるは因縁の広場。
上手く逃げてきたつもりだったが、これではまるで――。
ずしり。
巨体が蠢く音が前方から聞こえる。今までのスライムの非ではないほどずるずると身体を引き摺る音が、近付いて。
「……まじかよ」
俺と同じかそれよりもう少し大き目のスライムが――前方から、姿を現した。
後ろからは、追い詰めたとでも言わんばかりにスライムの軍勢が姿を見せている。
「追い込まれたってやつ……?」
度々俺の進行を防いできたスライムは、何も考えなしに突っ込んできていたわけじゃなかったのだ。
俺をとある場所へ誘導するため、自らが犠牲となって突っ込んで来ていただけだった。
それならこのでかいスライムのタイミングのいい登場にも納得が出来る。
「冗談じゃないぜ……なぁ、俺達トモダチ、ダヨネ……?」
ずる、ずる。
どうやら敵意ばりばりらしく、巨大なスライムは緑色の粘液を散らかしながらぶよぶよ揺れ、草木を踏み潰しながら無慈悲に俺へと近付いてくる。
「ひ、卑怯だぞお前ら! 大体俺のニンジンを奪ったのはお前らじゃないか!」
俺はショートソードを固く握り締め、一人苦笑いをした。




