十四話 孤独なる戦
早朝。
珍しくレイナより早起きをしていた俺は、素振りによる筋肉痛に苦しんでいた。
「いって……」
慣れないことはそう長時間続けるもんじゃなかった。素振りなんてほとんどしない腕が悲鳴を上げている。
こんな日も出始めたばかりの時間に起きたのはこの痛みが原因か……。
「でも、毎日続ければ必ず強くなるんだよな」
痛みがそれを教えてくれる。
筋肉痛なんてのは久々の感触だけど、まぁそこまで悪い気はしない。強くなるための代償だと思えばなんてことはないはずさ。
ショートソードを傍らに置き、俺は一つ伸びをした。
「んんっ……? あら、ユート。早いじゃない」
「あ、悪い起こしちまったか?」
「自分で起きたのよ、何? 私に迷惑掛かることでもしてたわけ?」
上半身だけ起こしたレイナは一度だけ欠伸をすると、毛布を剥いでベッドから降りた。
「いや、そういうわけじゃないけど」
「ふぅん……」
ベッドに放ってあった上着を手に立ち上がると、レイナはもう出掛ける準備をし始めた。
寝起きもかなり良いのか特に意識の薄い様子もない。
「もう出るのか? まだ朝食すら来てないぞ」
「悪いわね。今日はいつもより出向くところが多いのよ」
少しだけぼさついた髪を手櫛で直し、薄目の上着を羽織る。
最近、レイナは更に早朝から出掛けるようになっていた。といっても一緒に居る期間が短いので本来はこれが常なのかもしれないが……。
盗賊団の一人を捕まえたことによって、先が見えてきたのかもしれないな。
「なぁ、レイナ」
「何よ」
懐に鞭を仕込んでいる彼女へ、俺は声を掛けた。
「俺に手伝えることはないか?」
「ないわ。強いて言うなら早くその腕治しなさい」
ぴしゃりと断られた。
確かにこの怪我は支障にはなりそうだが……ってか。
「怪我が関わるような荒事なのか?」
「さあね。多分そんなことにはならないでしょうけど、アンタを連れてってもいざという時に足手まと……いやいつでも足手まといだわ」
「おいもう一辺言ってみろこの野郎」
「役立たず」
俺は泣いた。
「ま、私のことは気にしなくていいわ。とりあえずアンタはその怪我治しなさい。分かった?」
俺の右腕にヒールを掛け、レイナは部屋から出ていく。
今日も一人取り残された俺は、後頭部を掻いて部屋を見渡した。昨日は俺も疲れて寝たから部屋が汚いな。
ベッドも毛布がぐちゃぐちゃだし、着替えは多少残ってるし。
「俺、何やってんだろう」
旅に出られるような能力がないのは分かっているけれど。
一刻も早く魔王を倒したいというのに、こんなところで部屋の片付けをしているとは……。
酷くもやもやとした気持ちだ。
「朝食一人分でいいって言っとかないとな」
毛布を畳みつつそんなことを考える。流石に二人分を朝食べるのは辛いし、残しても悪いからな。
「――俺も外、出るか」
ふと目に入ったショートソードを眺め、俺は一人頷く。
手狭な部屋で素振りをするんじゃなく、外でやった方が身に付くだろう。ついでに、狩りに行くか。
太陽が天辺まで差し掛かった頃。
腕の筋肉痛にも慣れ、一通り剣を振って肩慣らしをした俺はしっかりと休憩を挟んでから森に来ていた。
さっそく実践練習がてら、森に生息しているラビット狩りというわけだ。
「深くまで潜らなきゃ、ヤバいのは出ないってことは事前に把握済みだしな……」
しかしあまり調子に乗っているとスライムの大群に襲われかねない。
俺は一度スライムと戦ってしまってマークでも付けられているのか、見つけたら問答無用で襲ってくる奴らだ。
この前だってレイナの補助ありきで勝ったようなものだから、今回勝てるとは限らない。
それに俺は一応手負いの身だ。いくら相手にするのが雑魚だと言え、俺も雑魚だということを忘れてはならない。
「くそ……自分で言っててほんと悲しくなるよな、これ」
まあいい。
いつか雑魚とは呼ばれないほど強くなってやる。
俺はラビットを求めて森を徘徊していく。
この森に生息するラビットは体長五十センチほどの小型獣だ。別段群れる習性もなく、一匹でのこのこ歩いて草を食っているから比較的狩り易い獲物である。
この村で出てくる肉は大抵がこのラビットの肉だ。安価で易く、狩りやすいともなれば当然のことか。
それに肉も旨いしな。
しかし草食獣と侮るなかれ。
あまり驚かすと猛スピードで逃げてしまうのが大半だが、奴らが攻勢に出た時は注意だ。タックルはスライムとは違って強力で、腹に貰えば下手を打つと肋骨を持ってかれる可能性もあるし、噛み付かれれば皮膚くらい容易に千切られる。
「注意さえ怠らなきゃ大丈夫――ってなもんだが」
そもそもラビットがいなかった。
安全面に気を使って村周辺を散策しているのが問題なのか、辺りは静かなものである。
「ふ、ふふ……そんなこともあろうかと餌を用意しているのだ!」
しかし、策を考えない俺ではない。実は朝食に出て来たサラダのニンジンを一部、紙に包んで持ってきているのである。
ラビットの好物と聞いて釣り餌として持ってきたのだが、早速使うタイミングが訪れるとはな。
作戦はこうだ。まずニンジンを道のど真ん中に設置し、好物の匂いに釣られてやってきたラビットを叩く――。
――以上!
「さあ、そうと決まったら待ちだ!」
放った輪切りのニンジンはべちりと地に落ち、それを木の陰から眺める俺。
するとすぐにがさがさと音を立て、近くの草木が揺れ出した。
早速か!? 早速引っ掛かるのか? 流石俺だ、なんという完璧な作戦!
ラビット倒して持ち帰ればついでにお金にもなるし、正に一石二鳥ってやつだぜハハハハハハハ――……。
「……は?」
草を掻き分けて姿を現したのは、スライムであった。
緑色の液体モンスター、お馴染み因縁のスライム。
緑色の液を地面に擦り付けながら移動し、そいつは俺の投げた餌を体内に取り込んでいく。
「テメーはお呼びじゃねぇんだよぉぉおおおおおおおお!」
心の限り叫んだ俺は立ち上がり、立て看板のことも忘れてショートソードを腰に差した鞘から抜き放った。
スライムが俺に気付き、臨戦状態に移る。俺はあの緑色の体内にぷかぷかと浮かぶニンジンを睨み付け雄叫びを上げる。
くそ、どこまでも立ちはだかるクソスライムめ! ここで力の差を分からせてやろうじゃねぇか!
「うおおおおおおおお!」
今度こそ、俺とスライムの戦いが始まる――レイナのいない今こそ、俺の実力が試される時だ。
大地を駆け出し、俺は因縁のスライムへと考え足らずの特攻を仕掛けた。




