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レイナと勇者と下僕録  作者: くるい
一章 ~盗賊団退治の下僕録~
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十話 盗賊団の下っ端、宿屋に金をせびりにくる①

 今日もレイナはいなかった。いなかったというか、どうやら彼女は武器を買いに行くらしいのだ。ロッドを新調でもするのだろうか、隣町に出かける支度をしてさっさと出ていった。


 そのため、俺は暇を持て余しているのだ。


 下僕生活が始まってから早五日。すっかりこの生活に慣れてしまっていた俺は、レイナがこの前フリーマーケットで購入していたどこにでもある英雄譚を読み耽っていた。

 内容は某国に囚われた姫を流浪の旅に出ている戦士が助けるお話だ。最初はどっかの行き倒れに頼まれたことから始まり、その行き倒れが国の王子だと分かり、話が大事になっていく。某国から来る刺客を戦士がばったばったと切り捨てていき、諸悪の根元であった某国の王から姫を奪還し――なんと駆け落ちしてしまうというものである。

 まあ、そこそこ面白かった。別に話が素晴らしいわけでもないが、これは戦士が無双するスカっとする雰囲気を味わうような作品なのだろう。


 ぱたりと本を閉じた俺は、それを机の上に置いて一つ伸びをする。今日レイナは夕方までは間違いなく帰ってこない。

 だから宿でお留守番だが、暇だなぁ「金もだせねぇってのか! ああ?」うん暇だな……。


「うん?」


 首を傾げ、俺は何事もなかったかのように眠りに就こうとして、がたがたとうるさい物音と粗野な声にようやく気が付いた。


 なんだ、今の。受付辺りから聞こえてくるんだが、何か揉めごとでもあったのか?

 ……いや、声と言葉からしてそうではないな。金も出せない、とはなんだ。強盗か?


 頭を掻いた俺は、フライパン両手に部屋の外へ出た。まあこれでも留守を任されている身だからな、宿屋の危機くらい救うのが下僕ってもんだろ。

 ちなみに最近では釘樫の棒はお役御免、いずれ部屋の片隅で埃を被ることになるだろう。実際あんなのクソの役にも立たないのだ。フライパン二丁持った方がマシだったよ。


 廊下から受付の方を見ると、なにやらごつい腕が受付の首根っ子を掴んで引っ張り回していた。

 ひい、と叫んだ受付の声と振り回された身体がカウンターやら壁やらにぶつけられる物音がする。


 ――それをやっているのは、全身が筋肉で構成されているような野蛮人然とした男だった。浅黒い肌、風呂に入ってなさそうなぼさぼさの髪。腰に提げたカトラスがぎらりと鈍く輝き、年期の入った腰巻きがばさりばさりと外から入る微風に揺れている。

 もう明らかやりそうな人種だった。間違いなく宿屋の金を奪いにきたような奴だった。


 しかし、ここは勇者――いや下僕――そう。下僕勇者のこの俺がいるんだ。宿屋がこんなチンピラ男に経営を崩されて営業停止に追い込まれたとしたら困るのは俺とレイナだ。

 こんなところで悪行を許すわけにはいかん。


 成敗してやる。


 しかし一歩踏み出すと、男はこっちに気付いたのか睨み付けてきた。


「おい! てめぇそこで何やってやがる!」

「あ、はい……ちょっと、ええ……わたくし旅の料理人でして!?」


 先手を取られてびくっとなってしまった俺は、フライパンと男を交互に見てそんな言い訳をしてしまった。いやいやいや……何言ってんだ旅の料理人って……いくらなんでも常時フライパンを所持している奴がどこにいるんだよ……しかも家庭用のだからそこら辺で安価で大量に売ってるやつ。

 見苦しいにも程がある。


「はぁ、料理人? ああそう、んじゃあ俺の邪魔ァすんなよ。さっさと行け」


 気持ちの悪いものでも見るような目で俺を見た男はシッシとジェスチャーをして俺を追い払う動作を見せる。

 もう片方で首を掴まれっぱなしの受付と目があった。そこそこ可愛らしい女の子だった。


 ――助けて下さい、そう叫んでいるようにも思われた。


 ちょっとちょっと、俺は旅の料理人って言ってるんだぞ……? そんな人間に助け求めちゃう? ええ……。

 仕方ない、スライム百戦錬磨の俺に任せてくれ……。


「それはできません」

「あ……?」


 男はこめかみをびく、と震わせた。その凶悪な横顔が俺を見据え、にぃと口端をつり上げてこちらを見る。獰猛な目付きが再度俺を睨んだ。


「なんだ料理人……てめぇこの俺に立ち向かうってんのか。いい度胸してるじゃねぇか」

「いや、そういうわけでは!」

「ああ?」


 俺は生唾をごくりと飲む。

 よし、話は聞いてくれそうだ。


 だが俺の攻撃力はたったの10……もしも戦いに発展してしまった場合、勝てるはずがない、そうだ、こういう時は話術だ。俺を強く見せれば戦わずして退かせることが――。


「俺……いや、わたくし先日に包丁を失ってしまいまして。それが自慢の包丁だったんです。グレートスカルドラゴンの骨まで両断できるという名刀だったのですが、ええと。その……ああっ、貴方の腰のカトラス! 荒削りですが、綺麗な刃です、この刃ならわたくしの愛器にぴったり! ぜひ譲ってください!」


 ――俺は何言ってんだあぁぁああああ!

 困惑した表情で俺を見る男は、腰のカトラスに手を伸ばして「え?」と呟いている。


 もう話術とか全く関係ねぇぞおい、これじゃ俺を強く見せるどころかただの変人じゃん……誰が錆びて手入れもろくに為されていないような粗悪品を使って料理すんだよ。


「なぁ。これ、んなにすげぇもんなのか?」


 あれ、なんか食いついてきた。


「ええすごいですよ! 錆びてますけど、研げば一級品の輝きを必ず取り戻します!」

「へぇ――そんなもんを、お前みたいなのに譲るかよ、ボケ」


 にやにやと下卑た笑みを浮かべた大男。粗野な目つきがより鋭くなり、刃擦れの音と共にカトラスが引き抜かれる。

 同時、拘束から離れた受付の女の人が咳込んでカウンターに倒れ込んだ。


「そんなことより今は金だァ! おい女、早くしろ。この宿ぶっ壊されたくなかったらな」

「ちょっ、ちょちょちょい待って下さいよ!」

「あ? うっせぇんだよフライパン野郎が! すっこんでやがれ!」


 激昂し、男はカトラスの腹部分で俺を叩いた。とっさにフライパンでガードしたものの、がきんと硬質な激突音が響いて衝撃に尻餅をつく。

 なんだコイツ力強過ぎだろ……。腕が痺れてるしケツいてぇし。くそっ……。


「帰って下さい、お金は……渡せません!」


 そこで受付の女の人は立ち上がった。怯えた表情を隠すように歯を食いしばり、確固たる意志を持った瞳が男を刺し貫く。


「このお金は宿を経営する大切なお金なんです。ここが経営できなくなったら宿に泊まってくれる皆さんに見せる顔がありません! それに、貴方みたいな人に渡すようなものは何一つとしてないんです! 【ストーンバレット】!」


 え? この子魔法使えるの……。

 尻餅をついたまま彼女の動きを見れば、前に突き出した両手の先に岩の塊が生成されるのが分かる。握り拳ほどの大きさ、それが土色の魔素を撒き散らしながら男に向かって撃ち出された。


 だが。

 俺ならひとたまりもないような攻撃を、男は難なくカトラスで真っ二つに両断した。構えもへったくれもないような斬撃が岩の中心を砕き、破片が男の後ろへ飛び散ってゆく。


「くくく……っははははは! どうしたよぉそんな玩具投げつけた程度で俺を倒せるとか思ったか? なぁ姉ちゃんよ、大人しくしねぇならこっちも容赦しないって、分かってんだろうなァ!」

「きゃあっ!」


 カトラスを持たない右手が受付の頬を打ち据える。ごっ、と鈍く耳を塞ぎたくなる音が発せられ、受付は倒れた。

 それを見ていた俺は、静かに立ち上がる。駄目だ。こいつは、駄目だ。許せるわけがない。


「……おい」


 両のフライパンをしかと握り締め、威嚇する。

 こいつは俺が倒さなきゃならない。たとえ勝てないのだと分かっていても――このまま黙って見ていられるほど、俺はクズじゃない。


「待てよ。今、その子に何をした?」

「……あ? まさかテメェ、女に手を上げるのはとか言い出すんじゃないだろうなぁ、ん? 違うか? 格好付けなくてもいいんだぜ、足が震えてんぞ」

「うるせぇ!」


 左手のフライパンを男の顔面に向けて投げつけた。それには多少面食らったらしく剛腕でガードしてきたが、俺はその隙にフライパンを両手で持ち直し、横に構える。


「お前みたいな奴を放置するほど――落ちぶれちゃいないつもりだ!」


 思い切り勢いを付けたフライパンが、男の右側頭部に直撃した。怯んだ男は頭を押さえて俺をもの凄い形相で睨む。

 なんで今の一撃受けて平気そうなんだよ……冗談だろ。


「ヒーロー気取りもいい加減にしろや。ぶっ殺してやる」


 こめかみに血管を浮かばせながら、男はカトラスを俺に向けた。

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