08 高級コテージ
翌朝の朝食後、ルドルフと一緒にあの丘に転移した。
どうやら私は一度行ったことのある場所なら、そこを思い浮かべるだけで、視界に入るだけ、いや思い浮かべただけの物や人数と一緒に転移出来ることが解った。
……軍事利用されそうでコワイ。とりあえずルドルフにも黙っていよう。
あの丘の上、ここと決めた場所から凡そ百メートル程のドーム型に結界を張る。
魔獣除けの結界と破落戸対策に悪意を持つ者には見えず近寄れずの結界を重ねて張ってみた。更に不可視の結界も張る。
「魔獣除けと不可視の結界は分かるが、もう一つの結界は何だ?」
「破落戸対策。あとで全部説明するから」
ルドルフを説き伏せ、続けて魔力で家を作る。
家のイメージは、以前仲のいい学生時代からの友人たちと泊まったことのある、某有名リゾート地に建つ高級コテージだ。なんと一棟一泊四十万円だという。連泊すると一日ごとに追加で一棟十万円。
四人で三泊した。一生に一度の贅沢だったと思う。
友人のうちの一人が急成長した某有名企業の社長令嬢で、この令嬢一家がこの高級コテージの年間会員となっており、ワンシーズンごとに一週間ほど宿泊できるそうだ。
たまたまそのシーズンは家族の誰も使わないからと令嬢に誘われ、最初の一泊分の宿泊費は年会費に含まれており、連泊分の宿泊費だけで利用できると聞いた残りの庶民な三人は、一生に一度の贅沢が出来ると喜んで誘いに乗った。
追加料金なしで、必要なスタッフが必要な人数各コテージに常駐し、高級食材に高級家電、アメニティやリネンなども一流のものが揃えられている。
更にこのスタッフたち、シェフやパティシエはもちろん、エステティシャンや美容師などの資格を持つ人もいるそうで、必要な資格を持つスタッフを必要に応じて入れ替えたり増加したり出来るそうだ。
逆にスタッフを一切入れずに、掃除洗濯調理などを自ら行い、自分の家のように過ごすことも出来るそうだ。
令嬢に「一体いくらの年会費を払っているの?」と思わず聞けば、「知らなーい」と笑っていた。
目を瞑り、あの高級コテージを思い浮かべる。
当時友人たちに笑われながらも、気になるところは隈無くチェックした自分の貧乏根性に感謝だ。二年ほど前のことなのに、未だ隅々まで思い浮かべられる。
皆で馬鹿みたいにはしゃぎまくった、楽しい思い出しかないあのコテージなら、きっとここでも生きていける。
さあ、おいでませ! 私の高級コテージ!
全身から何かがほわっと出ていくような感じがする。きっと魔力だろう。まるで強い風の中にいるかのように、ごーっと言う音が頭の中で響く。自分の魔力が渦巻いているような気が一瞬したものの、次の瞬間には静寂が訪れた。
魔力の気配が無くなった。
もう終わったのだろうか。失敗だったかな。やはり考えるだけで家が建つなんて超常現象だ。そう簡単なわけが無い。
ゆっくり目を開けると、記憶の中にある高級コテージの二階ブリッジの上に立っていた。
「おおぉ! すごい! 私スゴイ! 魔力スゴイ! なにこれ凄すぎる!」
どうしよう、ものすごく興奮する。胸が高鳴るとはこういうことだよ!
思わずその場で気が済むまで飛び跳ねた。興奮でじっとしていられない。ブリッジのアイアンの手摺りを叩くように触る。本物だ。鉄の冷たさが手のひらに伝わる。
コテージ中央は吹き抜けのホールとなっており、その中央に二階のブリッジが存在している。その吹き抜けの左右に、二部屋ずつベッドルームがあり、各部屋にトイレやお風呂、パウダールームが完備されている。
興奮したまま、あの日自分が泊まった部屋をチェックする。
キングサイズだろう大きな正方形のベッド、ものすごく座り心地の良かった大きなソファー、私でも知っている有名デザイナーのコーヒーテーブル、おしゃれなフロアライト、毛足の長いラグが敷かれている。
ベッドリネンは、あの日自分が選んだオーガニックコットンで揃えられていた。事前に絹、麻、綿から自分の好きな物を選ぶことが出来たのだ。
全て触って確かめてみる。やっぱり本物だ。ちゃんとそれぞれの質感が伝わってくる。どうしよう、凄すぎる。
内扉を開け、ウォークインクローゼットを通り過ぎ、パウダールームに続く扉を開けると、やはりあの日同様のタオル類やスキンケアグッズなどが揃っている。右手にはガラスで仕切られたバスルームがあり、猫足のバスタブが鎮座していた。たまらん! 左手にはやはりガラスで仕切られたトイレがある。ウォシュレット万歳! トイレットペーパー万歳!
残りの部屋は配置が左右逆になったり細かい違いがあるものの、ほぼ同じだ。友人たちが泊まった部屋もしっかり再現されている。
2階のブリッジから玄関に向かって階段を降りる。ものすごくわくわくする。絶対に今私の鼻の穴は大きく膨らんでいるはず。
あ、そういえばルドルフはどこだろう?
ホールの扉を開け風除室を兼ねた玄関ホールに出る。
玄関ホールの右手にスタッフルームの扉があり、右手の扉の先にはラウンジがあるはずだ。
玄関扉を開けると、三メートルほどのテラスがあり、これが回廊のようにぐるりと建物のまわりを巡っている。玄関前のテラスからは数段の階段が大地に続く。その先に呆けたルドルフがいた。
「ルドルフ、おーいルドルフ」
テラスの上から呼ぶだけでは気が付いてくれなかったので、仕方なく「ルドルフってば! ルドルフ!!」と呼びながら階段を降り、目の前で「ルドルフ!!!」と大きな声で叫び、おでこを軽くぺちっと叩いたら、漸く気が付いたらしい。
「どうなってるんだ一体これは!」
第一声の後に、どうした? こうした? どうなった? こうなった?……との怒濤の質問攻めに、「ルドルフ待て!」と叫んだら、やっぱり激怒した。ちょっと面白いなんて思ってはいない。
少し離れた場所で一部始終を見ていたルドルフによると、私が目を閉じてしばらくすると、体中から魔力が一気に放出され、渦巻き、その範囲を広げ、その魔力の渦がルドルフに迫り、私の魔力に取り込まれるかと一歩後ずさった瞬間、目の前に建物が現れたらしい。
その間、瞬き一回分ほどだそうで、ルドルフには何がどうなってこうなったのかが、全く分からなかったそうだ。
「質問は後にして、中見ます?」
怒るルドルフを宥めながらそう提案すれば、首がもげそうな勢いで頷いた。