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65 目覚め

「気が付いたか!」 

「んー、おはよう?」


 寝起きにルードルフに力一杯抱きしめられるとは、これいかに?

 結界に触れた後のことを覚えていない。気を失ってでもいたのだろうか。

 ルードルフからは強い強い、とても強い安堵が伝わってくる。『よかった』とそれだけが伝わってくる。


「ルー? どうしたの?」

「どうしたのじゃない!」


 腕の中からルードルフを見上げて……驚いた。

 ルードルフが静かに涙を流している。ルードルフが泣くなんて。

 抱きしめる腕が微かに震えている。抱きしめられたままゆっくりと体を起こし、そっと抱きしめ返すと、ルードルフが深く深く息を吐き出した。


「どれほど、心配したか。失うかと、思った」


 嗚咽を堪えるように絞り出された言葉に、あれから随分と時間が経ってしまっていると悟る。ルードルフから伝わってくるのはやはり強い安堵感。どれだけ不安にさせてしまったのだろう。


 私の目覚めを感じたのか、寝室にフェンリルとシュヴァルツの気配がするものの、その姿はルードルフの腕の中からは見えない。

 彼らによると、あの日、私が彼の渡り人の呪詛を全てその身に取り込んで、眠りについたのだそうだ。呪詛を体内で少しずつ昇華させ、先日昇華し終わったはずなのに、なかなか目を覚まさなかったらしく、ルードルフが嘗て無いほど動揺し、一気に憔悴し、手が付けられなかったらしい。


「どれくらい寝てたの?」

「一区切り……、ひと月ほどだ」


 フェンリルが分かりやすいよう言い直してくれた。ひと月も寝てたのか。


「ごめんね、ルー」


 心なしかやつれたルードルフ。本当にごめん。可能ならもっと早く起きたかった。

 漸く抱きしめる腕が弛んだ。


 事前に繋がりを強くしていたからか、眠りについた私の意識を皆が感じていたそうだ。だからこそ皆はそこまで心配はしていなかったらしい。

 ……それってものすごく恥ずかしいことなんじゃ……変な夢見てなかったよね。



 がちゃっ。ぱたぱたぱた。がちゃっばたんっ。

 慌ただしい音と共に、ロッテが顔を出した。


「リーエ様!」


 私の顔を見た途端、ロッテが声を上げて泣き出した。後に続いて来たジークまで涙目だ。


「ロッテ、おはよう」

「リーエ様、おはようございます」


 ロッテが泣き笑いの顔で、それでもきっちりと返してくれる。

 ジークが上を向いて鼻の付け根を抑えている。


「ご心配をお掛けしました」


 そう言って頭を下げる。

 ロッテとジークの慌てた気配がするけど、気にしない。気が済むまで頭を下げて、そろそろと窺うように頭を上げると、ロッテもジークも笑ってくれた。よかった。泣き笑いだけど笑ってくれた。よかった。ルードルフにぐしゃっと頭を撫でられた。よかった。



 ロッテがじっと私を見つめる。

 まるで私のその奥を見つめるような視線。嘗て無いほどの強い視線にちょっとたじろぐ。


「リーエ様の中の小さなあなたたち。私のところに来てもいいですからね。遠慮なんてしなくていいですからね。たくさんたくさん可愛がってあげますよ。お兄ちゃんがいるから安心でしょ。よろしければ私のところに来てくださいね」


 私の手を握りながら、ロッテが私の中の小さな命の欠片に、先程の強すぎる視線を和らげ、穏やかな表情で優しく優しく語りかける。


「ロッテ……」


 ジークさんを見れば頷いている。


「ロッテだけじゃない。女性陣は皆母になる気になっている。ジギスやリッツたちも父になる気満々だぞ。母上が『もう少し若ければ』と悔しがって、それを聞いた父上がうっかり『今からでも……』などと漏らすから、カールに散々弄られていたんだ……」


 ルードルフが遠い目をしていた。寝ている間に楽しい出来事があったようだ。


「私が一番乗りですからね。私のところにおいでなさいな」


 ロッテが言い聞かせている。一番乗りとか関係あるのだろうか……。


「それほど私たちが望んでいると言うことです!」


 ロッテが片手を胸の前で握りしめて、力一杯宣言している。相変わらず可愛いなぁ。


「リーエ様と繋がっていた皆が、彼らを心から愛おしいと思っているのです。彼らの親になりたいと思うほどに。何故これほどの……我が子に感じるのと同じほどの愛情を感じるのかは分かりませんが、訳もなくただ無性に愛おしいんです。なんとも不思議な感覚です」


 そうジークから聞かされて、嬉しくなった。


 ほら、皆と繋がっているってわかる?

 愛されているのが分かる?


 小さな欠片たちに心の中で話しかける。小さな欠片たちがほんの一瞬、瞬いたような、そんな気がした。



 なんだか階下から賑やかな声が聞こえてきた。


「そうでした。皆様お揃いです」


 ロッテが思い出したように言い、ジークさんがフェンリルとシュヴァルツと一緒に部屋から出て行った。


 ベッドから出て、着替えるためにロッテと一緒にパウダールームに向かう。

 何故かルードルフも付いてきたので、部屋で待っているように伝えると、泣きそうな顔をしたので、仕方なくルードルフの前で着替えた。一瞬でも離れたくないらしい。その切なすぎる気持ちは、もらい泣きしそうなほどに伝わってくるので、気が済むまでは離れず側に居ようと思う。


 ひと月も寝たきりだったなんて思えないほど、違和感なく体が動く。ふらつくこともない。魔力のおかげだろう。魔力ってスゴイ。体も浄化されていたからか、臭くないし、さっぱりしている。


「ひと区切りも飲まず食わずで衰弱しないのは、俺と莉恵と力あるものだけだぞ」


 魔力じゃなくて私自身がすごかったのか。私ってスゴイ。思わずドヤ顔をしたのだろう、ロッテが吹き出して笑っている。それを見ていたら言いたくなった。


「ロッテ、側にいてくれてありがとう」


 ロッテが目を見開き、そしてくしゃっと顔を歪ませた。


「私の方こそ、お側において頂き、ありがとうございます」

「これからもよろしくね」

「いつまでもお側に」


 顔を見合わせて笑った。

 ロッテの存在は私に勇気をくれる。


「ルー、家族を増やそうね」


 後ろにいたルードルフに振り向きざま言えば、目を見開いてじっと私の顔を見つめると、強ばっていた顔が漸く綻んだ。

 うん。家族を増やそう。家族と一緒に生きていこう。

 どれほど生きるのかも分からないような、長い長い時を、ルードルフとフェンリル、シュヴァルツと共に生きる。


 側にいるロッテを見る。

 きっとこの先ロッテを弔い、ロッテの欠片を抱いた新しい命と出会うのだろう。それをどれほど繰り返すのかは分からないけど、きっと寂しくはないだろう。


 側にいるルードルフを見る。

 ルードルフがいれば寂しくない。ルードルフは変わることなく側にいてくれるのだろう。私も変わることなく側にいるのだろう。穏やかに緩やかに慈しんで生きていけるだろう。



 階下に降りれば嫁一行とおじいちゃんが思い思いの場所で思い思いに寛いでいた。相変わらず皆自由だな。

 私の姿を見つけると、我先にと側に集い、私の目の奥の奥を見て、「自分のところにおいで」と、口を揃えて言い出した。……私、ひと月振りのお出ましですが……。


「リーエが無事なのは分かっていたからいいのよ」


 ミーナさんが連れないことを言いつつ、自分の元に欠片たちを誘っている。


「心配してなかったわけじゃないのよ。むしろあなたよりルードルフ殿下の方が心配でしたわ」


 ティアさんも私の目を見つつも、私の目の先にある何かを感じようと必死だ。リカさんまでもがティアさんの言葉に頷きながらも、何故かじっと私の胸のあたりを凝視している。そのあたりに居るのだろうか、欠片たちは。


「リーエはお寝坊さんね」

「魔力熱の時も七日も寝ていたくらいですからね」


 エルさんとティーナさんまで……。そう言いながらも、ティーナさんがほわりと抱きしめてくれた。エルさんが頭を撫でてくれる。


「エルさんはいいの?」

「私のところに来てしまうと、どうしても王位継承に関わってきますからね。あの子たちはそんな煩わしい事とは関係ないところで、のびのびと育って欲しいのです。ですので、ティアやミーナ、リカをお薦めしますわ。ロッテも良いわね。なるべく私の近くに生まれておいでなさい」


 そう言いながらも、エルさんからは強い悲しみのようなものが伝わってくる。おそらくフェルさんから聞いたのだろう。そっとティーナさんを窺うと、小さく頷いている。

 それでも欠片たちに声を掛けるエルさんは強くて優しい。私ならきっと逃げ出してしまうだろう。

 


 背後から、ぞわぞわとした気配が近付いてくる。


「ちびっこたちよ、ちびっこたち、俺のところにやって来ーい。ちびっこたちよ、ちびっこたち、おれのところにやって来ーい。ちびっこたちよ……」


 いつの間にやって来たのか、ジギスさんが真面目な顔でまた怪しげな呪文を唱えている。怖いわ! 呪われるわ!


 ジギスさんに続いて、リッツさんやテオさん、アルさんやフォルクさん、ユーリさんもじっと私を見ている。なんだかものすごい目力だ。そもそもアルさんとフォルクさん、ユーリさんは独身じゃないか。まずは相手を探してよ。


 ジギスさんを初め、契約者たちはどうやら訓練中だったらしく、フェンリルに問答無用で家から叩き出されていた。


 皆でわいのわいのと誰のところに来たら幸せかを熱く語り合っている。


 ふと周りを見渡すと、さっきまで居たおじいちゃんの姿がない。

 ルードルフに『おじいちゃんは?』と伝えると、『多分テラスじゃないか?』と伝わってきた。


 テラスの片隅におじいちゃんが一人で居る。


「おじいちゃん?」

「リーエか、体は何ともないか?」

「うん、びっくりするくらい何ともないよ。心配してくれてありがとう」

「儂は……」


 それっきり黙り込んだおじいちゃんの横に静かに座り、次の言葉を黙って待つ。


「私は、会わせる顔がない。可愛がって頂いたのに、助けることが出来なかった。リーエが眠っている間に、私のことを話していただろう。彼の人は、怒っていなかっただろうか? 憎んではいなかっただろうか?」


 いつもと違う言葉遣いにおじいちゃんの気持ちが表れているようだ。


「……そういう感じはしなかったと思う。むしろおじいちゃんのことを思い出せて、嬉しそうな感じがしたような……。おじいちゃんがおじいちゃんになってると言ったら驚いていたような、そんな気がしたよ」


 おじいちゃんが、両手で顔を覆い、呻くように、絞り出すように言った。


「儂は……どうやったら、償えるんじゃろう」

「可愛がってあげればいいと思うよ。だから長生きしてね。気のせいじゃなければ、おじいちゃんの子として生まれてきたそうな感じがしたから。

 償うんじゃなくて、ただ可愛がってあげればいいって、私は思う」


 言葉に詰まったおじいちゃんをやんわり抱きしめ、そっとテラスを後にした。大型犬サイズのグラウが入れ替わるようにおじいちゃんの側に歩み寄り、その足元に静かに伏せた。


 ホールに戻るとルードルフが苦笑いしながら出迎えてくれた。さては見てたな。


「いいかお前たち、俺の子になれば爺様も喜ぶぞ。なにせ莉恵は爺様の養子だからな」


 ほわっと抱きしめられた耳元で、脅しのような言葉が紡がれた。






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