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63 呪詛

 私の焦燥感は日々募っている。


 どうしようもなく不安で、ついにルードルフから離れられなくなってしまった。

 不安の裏返しなのか、妙にテンション高く、自分でもうっとうしいと思うのに、ルードルフもジークもロッテもいつも通り相手をしてくれる。ルードルフが側を離れるときは、ロッテやフェンリルが手を握ってくれたり、寄り添ってくれている。まるで子供だ。恥ずかしくてたまらないのだが、自分でもどうしようもない。


 フェンリルがあんなに拒んでいた肉球を触らせてもくれた。それほど私の様子がおかしいらしい。

 ちなみに肉球は硬かった。触らせてはくれたが、見せてはくれない。私があまりにもしつこいからなのか、フェンリルってば肉球に幻覚の魔法を掛けている。そこまでして見せたくないのか。見られたらどうにかなるのだろうか。……謎だ。おまけに無臭だった。あの香ばしき肉球臭がしないことに心の底からがっかりした。


 リカさんが珍しく一人で会いに来てくれ、その強ばった顔を見て、また夢を見たのだと分かった。


「良くは分からなかったんだけど、とても残酷なことを目にしたら、リーエさんの……元の世界? の劇? お芝居? を壁に映したり、平たい板に映したりしたもの? だと思えば、大丈夫だと思うの」

「んー、それって映画やドラマかなぁ。壁に映しているのはスクリーンだと思うし、平たい板はテレビのことだよね、きっと」

「すくりん? てれび?」


 こてんと首をかしげてリカさんが呟く。首をかしげた際に赤い髪がほわりと頬を包む。日に透かすと濃いピンクにも見えるリカさんの髪は、苺色でかわいい。


「元の世界の劇や芝居を光と色で記憶して映し出す装置? かなぁ。私もよく分からないや」

「影絵みたいな?」

「そう、影絵に色を付けて、さらにより本物に近い感じに映し出されてる感じ?」

「多分それだと思うの。そんな感じだと思ってやり過ごせば大丈夫だって分かったの」

「分かった。ありがと」


 その後もリカさんがロッテと一緒に私の相手をしてくれた。

 おやつの苺を食べながら「リカさんの髪の色と一緒で可愛いよね」と言えば、真っ赤になって照れていた。レオが「いっちご、いっちご」とリカさんの周りで謎の苺ダンスを披露してくれた。



 三日経ってもフリッツが帰ってこない。

 定期的にフェンリルとは念話で話しているようで、心配はいらないらしい。

 遠く離れても念話って聞こえるんだ……すごい。大気中の魔力に乗せて伝えているので、離れれば離れるほど時差が生じるそうだ。それでも数秒程度だという。海外からの生中継に時差が生まれるような感覚だろうか。


 四日目の午後、ついにどうしようもないほどの心のざわめきに居ても立ってもいられず、仕事部屋に駆け込み、自らアベラールの王城に出向きたいとルードルフとフェンリルに告げた。

 これ以上は無理だと心のどこかで感じる。

 フリッツからは遺骨の場所の特定が出来ていることは伝わっている。どのような手法で呪いを昇華させるかをフェンリルとシュヴァルツ、ルードルフで詰めているところだ。

 多分明日じゃ間に合わない。そんな気がする。


「王城の中じゃなくていいの。多分王城の結界の外側でいいと思う。結界に触れられれば。繋がっているから。これ以上は多分持たないと思う。多分だけど、フリッツが結界を抜けたときに、私との繋がりを強く感じたんだと思う。もう持たないって、助けて欲しいって、そんな感じが微かに伝わってくる」


 自分でも支離滅裂なことを言っていると分かっている。気ばかりが焦って上手く言葉を繋げられない。

 即座に反応したのはフェンリルだ。私との繋がりを通じて前回の渡り人との微かな繋がりを見つけ、それを強くし、ルードルフとシュヴァルツにも繋げた。


「これは……このままだと国が呪詛に飲み込まれるのか?」

「そのようだな。これほどの呪詛を溜め込んでいるとは」

「人が狂うはずです」


 ユニコがジギスさんとリッツさんを連れて転移してきた。

 次々に契約者たちが契りしものと一緒に玄関ホールに転移してくる。皆一様に無言だ。ジギスさんまで険しい顔をしている。

 フェンリルが前回の渡り人と皆を繋いだらしい。


 カールさんやフェルさん、マックスにジルさん、ヴァルさんも転移扉から現れた。それぞれ契りしものを連れている。

 国同士の交渉が必要になることも踏まえて、カールさんも同行することとなった。



 ロッテとバンビに後のことを任せ、フェンリルの転移で揃って隠れ家に飛ぶ。

 おじいちゃんとグラウさんがやはり険しい顔で待っていた。

 それぞれが王城の結界の周囲に姿を隠して散らばるための位置確認をしている。万が一の時には結界を張り、被害を最小限に抑えるためだ。私とルードルフは彼の渡り人の意識との接触を試みることとなる。

 多分大丈夫だ。大事にはならない。させない。


「リーエ、皆に加護を」

「加護って?」

「先日フリッツにしただろ。『無事に帰ってきてね』だったか、あれだ」

「あれって加護なの?」

「やっぱり無意識に与えていたのか……」


 なんだろう、皆からの視線が生暖かい。

 後で詳しく聞こう。

 目を閉じ、心から祈る。


「皆が無事でありますように」


 特に何も変化がない。これで本当に加護を与えられたのだろうか。


「なんか、温かいもんが入ってきたな」


 ジギスさんが言えば、ジークも頷きながら「これが加護ですか……」と呟いている。皆を見渡せば、一様に頷いてくれる。よかった。後でどんな感じなのか教えて貰おう。



 王城の結界の外で待機していたフリッツさんと合流し、それぞれが姿を消し、急ぎ配置につく。


 アベラールのお城は美しかった。童話に出てくるお姫様たちが住むような、優美で繊細なそれは美しいお城だった。その美しさが逆に悲しい。こんなに美しいお城で、あんな残酷な事が行われたのか。


 その美しさの中に潜む棘を思うと身がすくむ。


 ふーっと息を吐き出して、そっと結界に手を伸ばす。

 ルードルフは触れそうで触れないぎりぎりの位置に立ち、黙って見守ってくれている。ルードルフやフェンリルたち、皆との繋がりをできる限り強くしておく。きっとその繋がりが命綱だ。



 結界に触れた途端。

 叫びだしそうなほどの。

 気が狂いそうなほどの。

 己を消してしまいたいほどの。

 闇色の。

 一筋の光もない。

 途方もないほどの大きな絶望が襲いかかる。



 唯一以外のたくさんの男に穢され、嬲られ、孕まされ、また穢され、嬲られ、孕まされ……生まれた子は全て取り上げられ、ひたすら心まで冒される。泣いても、叫んでも、誰も助けてはくれない。おぞましさに気が狂う。自害することすら出来ない。唯一に一目会うためだけに生きているのに、見せられたのはその唯一が他の女と交わっているところだった。心が壊れた後もまるで道具のように扱われ、果てるまで繰り返される。



 ────そんな光景が頭の中で繰り広げられている。



 これは、私じゃなきゃ狂う。

 まるで自分が穢されているかのような、自分が嬲られているかのような、自分の心が壊れていくような。


 映画という概念のある私だからこそ、同調こそすれ、その心までは冒されない。

 繋がっている皆の意識を守るよう、強く思う。


『大丈夫、これは己のことではない』


 リカさんが言いたかったのはきっとこのことだ。それが頭に残っていたからこそ、傍観できた。ありがとう。


 それでも、同調した心が悲鳴を上げる。


 見たくないおぞましい映像を一方的に見せられたときのような。

 全身の毛穴が一気に開いたような、全身の肌が一気に粒立つような。

 お腹の底から不快感がせり上がり、体中が熱を持つ。

 体中から汗が噴き出し、呼吸が荒くなり、吐き気を覚え、鼓動がせわしなく、胸も喉も締め付けられる。苦しい。苦しい。苦しい。

 自然と涙が零れ、血を吐くように息を吐く。


 不意に背中に温もりを感じた。

 その温もりにそれまで感じていた不快感が薄れる。



 ────繋がっている。



 繋がっている。

 ルードルフに繋がっている。

 フェンリルに繋がっている。

 シュヴァルツに繋がっている。

 契りしものたちに繋がっている。

 契約者たちに繋がっている。


 ロッテやティーナさんに繋がっている。

 エルさんやティアさん、ミーナさんやリカさんに繋がっている。


 繋がっている。

 皆と繋がっている。






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