表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
71/78

61 睦言

 おじいちゃんは呪いの発生源を探しに行ったらしい。


 この世界では、亡くなると六日目に自然と肉体が消えて骨だけとなり、その骨も一巡り後に消える。

 以前、浄化したときに浄化されたものはどうなるのか考えたことがある。

 大地から発生したものは大地に還り、人から発生したものは大気中の魔力になる。服に付いた汚れのうち、ホコリなどは大地に還り、垢などは魔力に還る。

 人の肉体や骨も魔力に還る。

 家族が亡くなると、骨に変わるまでは寝台に安置し、弔う。

 骨になると遺品と共に長持のような箱に入れられ、一巡りの間家族が集まる部屋に置いて、故人を弔い偲ぶそうだ。

 その骨が消えるまで最後の祝福が効いていると言われている。

 骨が消えた後、長持の中身は形見分けされる。



 つまりおじいちゃんは、前回の渡り人の骨を探しに行ったらしい。

 どうして百年もの間骨が消えずに残っているのか。「それほど強い呪詛なのだろう」とルードルフは眉を寄せて言う。


 家に帰ってきて、何となく静かに食事を済ませ、色んな事を考えながらお風呂に浸かり、ベッドに潜り込む。少し遅れて露天風呂に入っていたルードルフもやって来た。


「ねえ、ルーがあの国に望まれてたのって、やっぱりそう言うことなのかなぁ」

「どうだろうな。あの時の俺ではそうなっていたかも知れんな」

「あの枷もあったしね」

「そうだな。あの時の俺ではあの枷を外すことは出来なかっただろうしな」

「ルーが無事でよかった」

「莉恵と出会えて、番となって、シュヴァルツと契約できて。本当に良かったよ」

「うん、私も」

「少しでも時期がずれていたらどうなっていたことか。何と言ったか……そう、タイミングだな」

「そっか、丁度いいタイミングだったのかぁ」


 この世界に来たのはルードルフに出会うためだったなんて、そんな陳腐ことは言わない。そんなことを言えば、この世界に来た理由がルードルフにもなってしまう。何かの拍子にルードルフのせいだと八つ当たりしてしまうかも知れない。

 どういう理由でこの世界に来たのは分からないし解らない。理由なんてなかったのかも知れない。あるのかも知れない。来てしまったからこそ、ルードルフという唯一に出会った。どちらが先かはきっと問題じゃない。きっと考えても仕方がないことなんだろう。


「俺のために来たんだよ、きっと。俺が莉恵を喚んだんだ」

「違うでしょ。でも……」


 ちゃんと目を見て言う。優しいこの人は、あらゆることを自分のせいにしてまで、私を守ろうとしてくれる。


「ルーに出会えてよかった。私の唯一がルーでよかった。この世界に来て一番よかったことだよ」

「そうか。俺も俺の唯一が莉恵でよかった。莉恵の番となれてよかった」


 そっとルードルフに擦り寄れば、柔らかく抱きしめてくれる。


「莉恵、子を願ってもいいだろうか」


 今までにないほど真っ直ぐな目をしたルードルフに聞かれた。

 ルードルフのその綺麗な青が心の奥を疼かせる。今まで身近になかった色だからだろうか、その色は宝石のように美しく思う。アクアマリンより濃く、サファイヤよりも薄い。喩えて言うなら地球の色だ。宇宙から見た、あの青い星の色。私の奥に仕舞い込んだ何かが疼く。


「分かっている。俺の気持ちを言ったまでだ」


 なにも言えなくなった私に、ふっと笑いながら言葉を足す。

 私にはまだその覚悟がない。

 もう少し二人だけの時を……なんて、甘いことを考えているわけではない。唯々怖いのだ。

 自分がまだこの世界に根を下ろしているとは言えない状態で、自分を抱えるだけで手一杯なのに、それ以上を抱えられるとは到底思えない。どうしたってその負担はルードルフが負うことになる。もうそれは嫌だ。自分でも抱えられるようになりたい。


「もう少しだけ待って」

「大丈夫だ。分かっている。俺の気持ちを言ったまでだ。俺は莉恵の全てを抱えて、莉恵の全てを俺のものにしたい。子も含めてな」


 ルードルフがにやりと笑いながら抱きしめる腕の力を強めてくる。

 この人はその全てが優しい。


 今なら聞けるかも知れない。

 ずっと考えないようにしていたことを。


「ねえ、……フェンリルたちは魔力が大きいから寿命が長いんでしょ。渡り人も魔力が大きいから長寿だったんでしょ。なら私は、どれだけ生きることになるか、解る?」

「俺と同じだけ生きることになるな」

「ルーと同じだけ? ……それって、私と番になったからルードルフの寿命も長くなったって事?」

「俺と一緒じゃ嫌か?」

「嫌じゃない! 嫌じゃないけど……。ごめんなさい」

「何故謝る? 俺は莉恵と長く生きられて嬉しいよ。繋がっているから嘘じゃないって分かるだろう?」


 ルードルフからそれが本心であると伝わってくる。


「どれだけ生きるかは、正直分からないな。フェンリルが言うには、フェンリルより長く生きるかも知れないらしいぞ。俺もフェンリルもシュヴァルツも同じだけ生きるんだ、寂しくないだろ?」


 よく考えもせず、ルードルフと番となったことが悔やまれる。

 本当は頭のどこかで分かっていたのに、気付きたくないと目を背け続けた報いだ。私の異質な生にルードルフたちを巻き込んだ。私は唯の渡り人ではないのに……。


 え?

 私は唯の渡り人ではない?

 今そう頭に浮かんだ。どういうこと?

 え?


「莉恵!落ち着け」


 ルードルフの強い声に、我に返る。


「俺は全て分かった上で番となったんだ。莉恵の寿命のことも、莉恵の存在の意味も」

「私の存在の意味?」

「そうだ、莉恵の存在の意味。莉恵はこの世を統べるものだそうだ」


 すべる? 滑るもの? ……統べる、もの?


「どういうこと?」

「俺も良くは分からん。ただ、莉恵はこの世を統べる存在だと、以前フェンリルが言っていた」

「王とか、そういうこと? 統治者みたいな?」

「そうとも言えるが……おそらく莉恵の世界で言う、神に近い存在じゃないか?」

「はぁ? それはない。こんな神様嫌だよ私。フェンリルの方がよっぽど神様っぽいし」

「それに近いと言うだけで、そうだって事ではないだろ?」

「あー、もしかして監理者とかそういう感じかなぁ。神は世界の監理者だって聞いたことがある。でもこの世界に神はいないはず」

「どうだろうな、明日にでもフェンリルに聞いてみればいい」

「何かしなきゃいけないこととかあるのかな……面倒くさいな」

「面倒くさいとか言うなよ。もっとはしゃげよ。『この世は私のもの!』って高笑いしてもいいぞ」

「……ばっかじゃないの? もう寝る」


 ルードルフの腕の中から逃れて、もぞもぞと寝る体制に入ると、再びゆるくルードルフに抱え込まれる。


「莉恵は莉恵のままで」

「ん、私は私以外になりようがないよ」

「そうだな」

「そうだよ」


 答えるルードルフの声が優しい。この人だけは、そのままの私をそのまま受け入れてくれる。


「ルー、巻き込んでごめんね」

「喜んで巻き込まれたさ」

「ありがと」

「大丈夫だ、ずっと側に居る」


 この人が側に居てくれるなら、生きていける。


「問題はジギスたちに何と言うかだな……」

「え? 寿命のこと? 言ってなかったの?」

「ああ、何となくな」


 きっと私を慮ってのことだろう。ジギスさんたちの寿命が長いと知ったら、当然自分の寿命のことを考える。きっとそういう事だろう。


「ジギスさんたちはどのくらいの寿命になるの?」

「倍ほどじゃないかとフェンリルが言ってたな」

「ジギスさんと、リッツさんと、もしかしてジークも?」

「そうだな、上位との契約者は特に長寿となるだろうな。まあ、あいつらは薄々勘付いていると思うぞ。魔力が大きい者は比較的長寿だというのは周知の事実だからな。だからこそ今更って気がして言い出せなかったんだよ」


 そんなルードルフの心配事は、翌朝フェンリルの「とっくに我が教えておいた」の一言で、あっさり片付いた。






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ