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60 新年

 新しい巡りの始まりの日は他の幸の日と同様、直系王族とその伴侶は王城前の広場が見渡せるベランダから国民に手を振るという、日本の皇族と同じような行事があった。婚儀の時に手を振ったあのベランダである。


 お城は王の字をしており、一画目の横線が直系王族の住まう場所、二画目の縦線は各棟を繋ぐ中央通路、中央の一画には客室や大小の広間、謁見の間や契約の間などがあり、一番最後の一画は執務棟となっている。

 それをぐるりと囲う城壁を兼ねた、侍従や女官、職員たちの宿舎、魔力隊や武力隊の本部がある。

 上から見ると国という字の点を付け忘れたような形になっている。

 王城前広場は、国の字の最後の一画の前にあり、最後の一画の下部は城門、上部がガラス張りのベランダとなり、そこで王族たちが手を振る。まさに皇族の方々の新年一般参賀と同じだ。ただしこちらは午前中の一度だけ。日本のように何度も顔を見せることは無い。


 私にとって初めての幸の日は自分の婚儀、二度目の幸の日はレイバンズなんとかに行っていたので不参加だった。

 最後の幸の日は新年最初の日にベランダに立つので、省略されているらしい。

 皆正装し、女性陣はエンパイアスタイルのドレスを着る。このエンパイアスタイルのドレスがこの国の民族衣装のようなもので、レイバンズなんとかで歓迎の晩餐会に着たのもエンパイアだった。公式訪問では必ず一度は着るそうだ。

 今回の王族の衣装は全てシルクで出来ている。ヴァルさんはどれだけ急がせたのだろう。やはりまだ織るまでは行かず、圧縮した上で伸しているのだが、それでも今まで以上の手触りにティーナさんもエルさんもご満悦だ。数ヶ月前にレイバンズなんとかで着たものより更にしなやかになっている。


 おじいちゃんの弟さんとその伴侶、ヴァルさんの兄弟とその伴侶たちには、婚儀以来である。彼女たちからはさりげなさを装いつつ、ぶしつけな視線が私とリカさんに向けられている。特にヴァルさんのお兄さんの伴侶からの視線が突き刺さる。


 晩餐会で挨拶したことを憶えていない私にとっては、初対面のようなものなのだが、ルードルフからは特にこちらから挨拶する必要は無いと言われている。こちらの方が立場が上になるので、あちらから挨拶するべきなのだそうだ。


 そうは言っても……とリカさんと二人、静の日に話していたら、ティーナさんからは、向こうからは挨拶しないだろうから放っておくよう言われている。

 ちょっとどろっとした重めの視線なので、放置するのには賛成だ。出来れば関わりたくない。放置することによって更にどろどろとした視線になりそうなのだが、私の中では線引きがしっかり出来ているので、ルードルフやティーナさんの言うことに従う。

 どうやらリカさんもそのつもりらしい。


 今回は護衛隊の御披露目も兼ねている。

 後ろに控える美形たちに、広場に集まった女性たちから黄色い声が上がる。

 マックスが「次の幸の日は面倒くさいことになりそうだ」とぼやき、契約者たちは美形たちの後ろに隠れてやさぐれてる。人外の美形と比べてはいけない。



 ベランダでのお手振りが終わると、皆で揃って昼食となる。

 料理長会心の作らしく、非常に美味しい。

 サラダのドレッシングがイタリアンドレッシングに近い味となっている。お肉も絶妙な焼き加減に塩胡椒がしっかり効いていて美味しい。添えられている温野菜もうっすらと味が付いており、野菜の旨味がよく出ている。

 ポタージュスープはコクがあり、舌触りもなめらかだ。

 デザートに至っては、プリンが出てきた。フェルさんが満足そうな顔をしているのを見ると、フェルさんが作らせたのだろう。昔ながらのカスタードプリンだ。


 皆が料理長を褒め称えている。短期間であの薄味から、ここまで美味しいものを作り出す料理長は天才だ。

 さっきまでご機嫌斜めだった、ヴァルさんのお兄さんの伴侶までもが満面の笑みだ。美味しいものは幸せの素だよね。お菓子でも差し入れすれば、あの重い視線も少しは軽くなるのだろうか。



 昼食後、離れに集合するのは直系王族と私、ティーナさんとジーク、フェンリルたち契りしものと契約者だ。私も呼ばれていると言うことは渡り人関連だろうか。初めてティーナさんが参加している。


「今さっき、アベラールに潜り込ませているフェンリルの眷属から、嫌な知らせが届いた」


 そうおじいちゃんが話し始めた。ルードルフが私の手を握る。


「どうやら、アベラールの王族は人の生き血を啜っておるようじゃ」


 隣にいたティーナさんが、ぎゅっと私の手を握ってくれる。

 どうやら渡り人としての理解力で、魔力の高い人の体液を摂取すると、一時的に魔力が大きくなることが解っているらしい。フェンリルの眷属からの報告では、ここ最近ではなく、随分前から定期的に行われているのではないかと言うことだ。行っているのは王族男子や魔力の高い権力者たちだそうだ。

 魔力の高い国民を登用という形で集め、血を抜く。その家族には、死因は怪我によるものだと説明されており、実際に血を抜く際の切り傷があるため、表立って疑う人はいないと言う。

 だが魔力を大きく出来るほどの血を持つ者は、私とルードルフだけだ。

 当然魔力が大きくなることは無い。それでも諦めずに大きな魔力を持つ者の血を求めている。


「もしや、リーエの血が?」


 ヴァルさんの弟のフォルさんが静かに問う。


「正しくは俺とリーエの血だけがその効果を生む」

「そうではないかと思っていました。

 契約時、クリスとリーエが血の契約をした瞬間、私の魔力もクリスと契約した以上に大きくなりましたから。間接的な契約ですらこれほどの効果を生むのであれば、直接ならばどれほどかと」


 気付いたのはフォルさんだけだった。

 おじいちゃんやカールさん、ジークも気付かなかったそうだ。フォルクさんたち他の契約者たちも、契約出来たことと大きくなった魔力に気が向いて、いつどの段階でどれほど大きくなったかは気付かなかったらしい。


「私は事前に皆の話を聞いていましたからね、冷静に契約出来たのだと思います」


 フォルさんは謙遜してそう言うが、さすが前国王補佐である。悔しそうなカールさんの顔を見て、にんまりしたおじいちゃんが、自分のことは棚に上げて「まだまだじゃな」と言っている。


 そのやりとりを見て、少し肩の力が抜けた。

 最初に出会ったのがルードルフでよかった。もし絶対魔力主義国に見付かっていたら、今頃ミイラになっていただろう。


 ルードルフは体液のことが知れたのなら、子供のことも話しておくべきだと判断したらしい。頭に問いかけられたので了承する。


「俺やリーエの体液の他に、リーエの産む子は必ず大きな魔力を持って生まれることが解っている」


 ルードルフがそう言うと、皆黙り込んだ。


「……確かにそれは至宝の存在だな」


 ジギスさんが思わずといった感じで呟く。


「そりゃ俺たちは全力で守らねばな。なにせ至宝だ。その至宝がかすり傷ひとつ負っただけで国は滅びかねん。フェンリルのあのコワイ目、国どころか全てが滅ぼされそうだ」


 続けて更に小さく呟かれた言葉は、静まりかえった部屋の中では、皆の耳にきちんと届いた。

 皆がフェンリルの顔を見て、思わず戦く。本当に目線だけで何かが滅びそうだ。


「フェン、皆がいるから大丈夫だよ。それより私の魔力で出来ることはある?」


 フェンリルのコワイ目が少し弛む。

 フェンリルに問いかけながら私も考える。


「あれ? もしかして私、渡り人の理解力を封じることが出来る?」


 思わず考えていたことを口にすると、皆が一斉にこちらを見た。


「出来るのですか? リーエ」


 少し驚いた顔でカールさんが問いか掛けてくる。

 更に考える。以前私の体液をルードルフに与えたら、理解力も一時備わったと言っていた。その逆は可能か? そう考えていたら、ルードルフから答えが示される。


「可能だな」


 ルードルフも少し驚いたように言う。

 その方法はフェンリルと話し合うそうだ。今まで思いつかなかった私って、やっぱり鈍いのだろうか。自分のことなのでよく解らない。


「それにしても、どうしてそこまで魔力を大きくしたいんだろう。まるで呪いだね」


 そう何気なく言った一言で、おじいちゃんとルードルフ、ジギスさんとリッツさんが一斉に席を立った。


「なるほど、気付かんかったわい。儂はこれからグラウと探しに行くからの、お前たち頼んだぞ」


 ルードルフとジギスさん、リッツさんが頷く。

 ……説明プリーズ。


「ああ、呪いだよ。もしかしたら前回の渡り人の呪いが、その子孫に掛けられているのかも知れない。リーエに言われるまで気付かなかったとはな」


 ルードルフが皆にそう説明してくれた。

 呪いは本来、己の魔力の全てでもって相手に与える祝福だ。死ぬ間際に家族の健康や繁栄を願って施されるものがほとんどだという。本来は祝福であるはずが、呪詛に変わってもおかしくない状況に前回の渡り人はいた。


「それほどまで……」


 ティーナさんがそう言ったきり口を噤み、私を握る手に力が入る。

 それほどまでのことをアベラールはしたのだ。






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