59 年末
もうすぐ年末だ。当たり前だがクリスマスなんてイベントは無い。
その代わり、最後の幸の日には家族揃ってご馳走を食べ、一巡り無事に終わることを感謝し、翌日の静の日には、やはり家族揃って家で静かに過ごすのだという。
実際には、最後の幸の日に体力維持している魔力が追いつかないほど、飲み過ぎたり食べ過ぎたりして、静の日には家でぐったりしているらしい。それくらい、最後の幸の日の料理にはどの家も力を入れるとか。
最後の幸の日の前日から静の日の翌日までの4日間をロッテのお正月お休みにしている。
最後の幸の日にはおじいちゃんとヴァルさん、ティーナさん、ジルさんとリカさんが来てくれ、そのまま離れに泊まる予定だ。
最後の幸の日のご馳走は何にしようかと、ロッテと相談し合う。
クッキーの作り方を教えて以来、ロッテはお菓子作りに目覚め、お菓子のレシピ本を翻訳すれば、片っ端から作ってくれた。今ではデコレーションケーキまで作れる。しかもかなり美味しい。ロッテがどんどん進化していく。
「ねえねえ、ロッテ。最後の幸の日用にケーキ作って欲しいな。状態保持の魔法を掛けておけば事前に作っても大丈夫だよね」
「それいいですね、私もうちの分一緒に作ろうかしら」
「やった! そうしなよ。ついでに一緒に幸の日のご馳走作ろうよ。ティーナさんとリカさんも誘って」
「そうですね。ケーキの飾り付けは是非ティーナ様にお願いしたいですね。きっと素敵ですよ」
「やっぱりケーキには苺だよね。フェンリルが冷蔵庫の魔法陣書き換えてくれてよかった」
ロッテがデコレーションケーキを作れるようになった頃、冷蔵庫にも食品庫にも苺が無いことに気が付いた。
このコテージに滞在した当時が梅雨明け間際だったことからなのか、この家を召喚する時私が苺を必要としていなかったからなのか。色んな果物がそれなりに揃っている中、苺だけは無かった。何故だろう。
ショートケーキが無性に食べたかった私は、苺を召喚しようとして、文字通りすっ飛んできたルードルフに怒られ、それを見ていたフェンリルが、私同様苺のショートケーキを食べてみたいがばかりに、冷蔵庫の魔法陣を“望むものが入っている状態”に書き換えた。
元の世界の食材は私しか知らないので、最初は私が取り出す必要はあるものの、一度その存在を知れば誰が開けても元の世界の食材にそっくりなこの世界の食材を手に入れることが出来るようになった。召喚とは違うのか、フェンリルの魔力を媒介に私が召喚しているだけなのか、そのあたりは深く考えてない。
おかげで苺のみならず、私が愛飲していた缶チューハイも手にすることが出来るようになり、「フェンリル様々だよ」と言えば、「我が主とて造作もないことであろう」としれっと返され、私でも出来ることだったと知らされた。私のふてくされた顔を見たルードルフは、大笑いしながら仕事に戻って行った。
「おかげでレシピ通りの材料が揃うので、作り甲斐があります」
そう言ってロッテは毎回新しいお菓子を作っては、フェンリルに献上している。ロッテにとってもフェンリル様々なのだそうだ。
ジーク家の普段の食材は我が家の冷蔵庫から賄われている。
ロッテは普通の女官長と違って王城勤務ではないので、食材の入手が困難だ。
買い物の度に私の側を離れるのも困ると言うことで、ルードルフが我が家にあるものは遠慮無く使うよう、ジークとロッテに言ってある。ロッテは一々私に断って食材や日用品を持ち帰っている。面倒なので黙って持って帰ってもいいと言っているのだが、そういう訳にはいかないと、毎回お持ち帰り品を披露してくれる。フェンリルが魔法陣を書き換えて以来、必ず苺がそれに含まれるようになった。レオの好物らしく、苺さえ与えておけばご機嫌なのだそうだ。
ルードルフが建てたジーク家は、この家に準じた設備となっており、システムキッチンに調理道具、冷蔵庫も水道もお風呂も完備されている。ベッドもこの家のベッドと同じくポケットコイルのマットレスだ。どうやら建てるときに私のイメージが混ざったらしい。二人共喜んではくれたが、無心になったつもりでいた私には微妙な結果だ。
ルードルフは「二人が喜んでいるのだからいいだろう」と言うものの、私が「ルーならこうなった?」と聞けば、目を泳がせ言葉を濁した。ほらね。
ロッテの家の冷蔵庫にも同じ魔法陣を刻もうとしたのだが、何故か刻めなかった。召喚したものと再現したものの違いを感じた。
ルードルフもフェンリルも私に魔力の使い方や魔法を教えない。
こういうことが出来るという結果を示してはくれるが、そのやり方は教えてくれない。
ルードルフ曰く、私が持つ魔法に対するイメージが損なわれるからだそうだ。
こちらの魔力や魔法に関することを知ることによって、今現在私が持つ、魔力に対する柔軟性や自由な発想が失われると考えているらしい。それは一理あると思うので、私もあえてそれについては触れないことにしている。
とはいえ私の持つ魔法のイメージなんて、ドラゴンなRPGや、額に稲妻な魔法少年だ。
一度こっそり守護霊を喚ぶ呪文をうろ覚えながら唱えてみたら、フェンリルが現れ、ちょっとがっかりした。そしてものすごく恥ずかしかった。
南の島の大王の名前を唱えようとしたときは、その途中で青い顔をしたルードルフとフェンリル、シュヴァルツに止められた。失われた攻撃魔法を放とうとしていたらしい。後でフェンリルに正座でお説教された。
夕日に向かって「ばかやろー!」とつい出来心で叫んだときは、大量の魚が腹を見せて浮かぶという大惨事も経験した。これはルードルフが素早く回収し、皆で美味しく頂いた。凄く微妙な出来事だった。
公務を再開したエルさんとティアさんにより、ティーナさんが公務から解放されたようで、ご馳走作りに誘えばツアさんを引き連れてやって来た。リカさんはジルさんの公務のお手伝いで当日まで忙しいらしい。「ご馳走楽しみにしていて」と言うと、目を輝かせていた。噂を聞きつけたミーナさんが「自分たちの分も一緒に作らせてー」と参加している。どうやらマックスからの指令らしい。メインはさすがにお城の料理長が作るので、デザート作りに参加している。
試食として、一度だけ食べたことがある、某有名パティシエのクリスマスケーキを思いながら冷蔵庫を開け、取り出して見せれば、その甘い香りに皆のテンションが上がった。
「リーエ、我が家はさっきのくりすますけーきとやらでいいわ」
生クリームを泡立てていたミーナさんがげんなりしている。笑いながら「まだ始めたばかりですよ」と言い、交代する。
生クリームは手で泡立てた方が私は美味しく感じるので、私の手の動きを再現するよう泡立て器に魔法陣を刻めば、「ズルイわ、リーエ」とミーナさんが口をとがらせながら言う。ちょっとかわいい。
ミーナさんにはハンドミキサーを与えると、スゴイスゴイと言いながら、目を輝かせて新たな生クリームを泡立てている。
ティーナさんとツアさんはデコレーションをどうしようかと悩んでいる。思いつく限りのフルーツを冷蔵庫から取り出して、イメトレ中だ。ロッテは生地を作っている。
合間に、ティーナさんとツアさんによるデコレーションの説明を聞きながら、先程のクリスマスケーキを試食する。匂いをかぎつけたのか、ルードルフとジーク、マックスまでもが試食に参加している。仕事部屋にいたルードルフやジークはともかく、マックスはどこから湧いた?
ロッテ作のしっとりふんわりなスポンジが美味しい、それは見事なデコレーションケーキが出来上がった。ティーナさんとツアさんのセンスの良さが光る。たっぷりのフルーツが美しく配色された、まさに宝石箱のようなケーキだ。しかも三つ作ったそれぞれが少しずつ違うデザインなのだ。使っているフルーツは同じなので、味は変わらないのだろうが、見た目が違うので同じケーキには見えない。
「これ売れるよね」
「ですね」
私とロッテのせこい会話を聞いたティーナさんが、「孤児院で売ろうかしら。いっそのこと甘味屋を作ろうかしら……」とツアさんと話している。ミーナさんがそれに乗って「でしたら、リーエが前に話していた、かふぇとやらにしましょうよ」とやる気満々だ。思わず「従業員の制服はふりっふりの可愛いのがいい」と口を出す。ついでにロッテのお菓子教室を開くのもいいかもしれない。ミーナさんと二人、カフェ設立に向けて力が入る。
私とミーナさんは生クリームしか泡立てられないのに……ねぇ。




