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57 唯一会

「いつの間にか殿下のこと、ちゃんと言えるようになりましたのね」

「ルードルフも時々リーエのこと、ちゃんと呼んでますね。私たちは上手く発音できませんけど」

「仲睦まじいですわよね」


 ロッテが焼いてくれたアップルパイを頬張りながら、エルさん、ティーナさん、ティアさんが私をからかう。さては先日のフェンリル発言を聞いたな。ミーナさんとリカさんも、うんうんと頷いている。


「ほら、ツアもロッテも座って頂戴」


 ティーナさんに誘われて、ツアさんとロッテも席に着く。

 さながら女子会である。

 男同士が離れの会議室で王都に張る結界についてなど、今後の対策を話し合う中、女子は女子で集まっていたりする。元の世界では女子だけの集まりを女子会と呼ぶと言えば、「でしたらこれは唯一会ね」とティアさんが言い出した。いいかも。


「あ、そう言えば、レイバンズなんとかでティーナさんの妹さんにお目にかかりましたよ」

「ふふ、相変わらずレイヴンズクロフトが言えないのね、リーエったら」

「その言い方が微笑ましいのですから、リーエはこのままでいいのです」

「分かりますわ、殿下を呼ぶときのあの『ルドルフ』という舌っ足らずな感じが良かったのに……」


 ……いい加減、そこから離れて欲しい。舌っ足らずとか、いい歳した女が言われていいことじゃない。しかもミーナさん、私のマネですか? 似てませんから。


「ですが私、リーエ様が呼ぶロッテは、誰とも違う音なので好きです」

「そうですね、私も名を呼ばれると、肩の力が抜けてほっとします」


 ロッテとツアさんまで……。最近特によく喋るようになったレオに先を越されそうだ。


「クリスティーナに会ったのですね、リーエ」

「そうですそうです。クリスさんです。シルクのドレスを褒めてくださいました。一目でティーナさんのお見立てだと分かってくださいましたよ。あとティーナさんにもお目にかかりたいと仰っていました。でもクリスさん、なんだかお疲れのように思えて……」

「ああ、クリスティーナは国内の有力者の元に降嫁したのですが、あちらはほら、女同士の諍いがありますからね、気が休まらないと聞いています。

 私たちは伴侶が互いの唯一という存在ですから、そういった諍いが無いだけでも随分と違います。

 唯一という揺るぎなく自分を信じ、支えてくれる人がすぐ側にいるというのは、どんな場合でも強く在れ、周りにも優しく在れます。こうして心穏やかに暮らせるのは、偏に互いが唯一であるからでしょう」


 確かに私に対して皆は驚くほど優しい。こんなに優しい人たちには今まで出会ったことが無い。ただその存在をあるがまま受け入れてもらえるなんて、今まで経験したことが無い。両親以外いなかったと思う。どんなに親しい友人でも、今にして思えば踏み込めない部分や受け入れきれない部分があったんだと思う。当時はそんな風には思わなかったものの、ここにいるとよく分かる。


 確かに唯一という存在は大きい。その存在がなかったら、私はおかしくなっていただろう。それなりに生きることは出来たかも知れないけど、今よりずっと大きな孤独や絶望を抱えていただろうし、きっとこんなに早く笑うことは出来なかったはずだ。


 この国、唯一が王弟、彼の家族が皆唯一を持ち得ていた、そのひとつが欠けただけで、今とは大きく違っていたはずだ。こんなにのほほんとしていられなかっただろう。

 そもそもこの国じゃなければこの身が危険だったはずだ。

 ルードルフが王弟じゃなければ今以上に隠れ住んでいたか、野垂れ死んでいたか。……案外しぶとく生きていたかも。サバイバルとかしちゃったりして。

 王家が側室制度を持っていたら、私は嫉妬で神経をすり減らし、意地悪なことばかり考えていたか、逆にとことん虐められていたか。

 自分の意思とは関係なく、あの薄着の娘さんたちと同じことをしていたかも知れない。あの娘さんたちだって、本当に自分の意思だったのか。……とは言え、鬼気迫る勢いの娘さんたちは正直怖かった。



「それにしても、ルードルフに群がる薄着の娘さんたちは怖かったです」

「ふふふ、薄着でも着ているだけマシですわよ」


 ティアさんが悠然と微笑みながら言う。……つまり全裸ですか。

 私のうえっとした顔を見て、皆が笑う。


「慣れですわよ、リーエ」

「そうそう、慣れですわ」

「私は慣れそうにも無いです。マックスなんて毎回激怒してますよ」


 エルさんとティアさんは慣れだと言うが、ミーナさんの言葉を聞いて、マックスが激怒した様子が浮かぶ。確かに激怒しそうだ。私が「ルードルフはげんなりしてました」と言えば、エルさんが「フェルもよ」と言って笑う。


「リカはジルが国外に出ることがないからいいよね。まあ私もティア様に比べたらものの数ではないですが」


 ミーナさんがティアさんに尊敬の眼差しを向けている。分かる。あれを毎度いなすのは心が疲れる。

 ティアさんが「数をこなせば嫌でも慣れますわ」とカールさんと同じいい笑顔で言っている。本当尊敬する。


 そうそう、既に各国からシルクの問い合わせが来ているらしい。

 レイバンズなんとかの第三王子夫妻には、婚儀のお祝いとしてシルクを大量に贈ってある。私たちが晩餐会で着ていたのも、良い宣伝になったそうだ。

 すでに一大産業になっているのだとミーナさんがほくそ笑んでいた。



「あの、ですね、リーエ。実は私たち、リーエに相談があるのですが……」


 そう言いにくそうにエルさんが話し始めた。


「私、ティーナ様とツアが特別なのだと思っていましたの。ですが、リーエとロッテを見ていると違うような気がしてしまいまして。私の女官長がどうこうと言うのではなく、なんと言えばいいのかしら、比べるものではないのかも知れませんが、何かが違うと感じるのです」


 エルさんが考えながらそう言う。


「リーエとロッテは出会ってまだそれ程経っていないのに、結びついている感じがしますよね」


 ミーナさんが頷きながらそう言い、「私と私の女官長との関係とは、なんだか違う気がします」と続けた。リカさんがうんうんと頷いている。


「ですから、私たちの女官長をここに連れてくることがどうしても出来なくて」


 そうティアさんが目を伏せて言う。リカさんばかりではなく、エルさんやミーナさんも頷いている。


「ロッテはリーエに忠誠を誓ってないのでしょう? それなのにどうして?」


 ティアさんの言葉を聞きながら、ふとロッテを見れば、……ドヤ顔だった。ロッテ、顔、顔が……と目で訴えると、はっとしたように表情を戻した。

 それを見ていたらしきティーナさんが上品ながらも大笑いした。


「リーエとロッテは忠誠なんて、そんな儀式的な結びつきを必要としないようですよ。私とツアは幼い頃からの付き合いで気心も知れてますし……。

 そうですね、いっそのこと女官長を選び直すのもいいかもしれませんね。自分にぴったり合う女官長が決まるまで、定期的に選考し直してみるのもいいかもしれません。

 私には最初からツアがいましたから、……気が付かなくてごめんなさいね」


 そう言ってティーナさんはエルさん、ティアさん、ミーナさん、リカさんを順番に見た。


「そっか、私はロッテ以外知りませんが、確かにロッテじゃなかったら女官自体いらないと言ったかも。そっか、ロッテは私にとって特別なのか。私の女官長がロッテで本当に良かった」

「当然です。リーエ様。私以外の女官がリーエ様の女官長になるなんて、私が許しません。リーエ様は私のものです!」


 ロッテが鼻の穴を膨らませて、立ち上がって宣言する。胸の前で拳まで握りしめている。


「ロッテもルードルフに負けずアレですね」

「本当に、ルードルフ殿下の女官長版ですわね」


 ……いい加減、アレの意味を教えて欲しい。いや、うん、何となく分かるからやっぱりいい。



 後日、ティアさんがカールさんにその手段を相談し、ささやかだが真っ黒な策略の元、避難訓練的なことが予告なく行われた。その手段に公にされる前の護衛隊が使われ、皆無駄に張り切っていた。

 それぞれの女官長が自分たちが思っていた以上に自分に尽くしてくれていると分かって、信じ切れなかった自分たちを責めていた。以前ロッテが言っていたことはこういう事なのかと改めて分かり、何事もきっかけだなぁと思える出来事だった。

 黙っていても互いにわかり合えるなんて、そんな傲慢で都合のいいことなんてない。まあ、繋がっているおかげで全てが筒抜けなのもどうかとは思うけど……。






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