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L-09

 島に移転したことにより、契約者たちが島に出入りするようになった。主にフェンリルに扱かれるためだ。ジギスは王城の護衛隊の一画に設けられた転移扉の前で、子供の様に「行きたくない」と駄々を捏ねていると、リッツが呆れていた。あれは自分が父親だと分かっているのだろうか。


 島への転移扉は、リーエの世界の指紋認証から思いついたシュヴァルツによって、魔力認証が施されている。力あるものとの契約者以外には作用しない。

 王族用の転移扉には、一人一人を登録し、認証している。これが素晴らしい。我が家の結界にも採用されており、俺とリーエが認証した人だけが、我が家の結界を通り抜けられる。

 これを現代魔法で再現できないか、フェンリルとシュヴァルツが研究中だ。


 島の離れの厨房に料理長が住み着き、アルまでもが住み着いた。料理長はあっさりその地位を補佐に譲り渡し、慌てた父上に無理矢理顧問にさせられていた。無理矢理料理長の地位を押しつけられた補佐も、暇さえあれば離れの厨房に通っている。彼らは父上によって特別に転移扉の使用を許可されている。

 仕方なく料理長とアルの部屋を食堂の隣に用意すると、今度は野菜畑まで作り始めようとしている。なにやらリーエから土作りが重要だと聞かされているらしく、そこから始めているようだ。我が家からもたらされる野菜の旨さに料理長、いや元料理長は感動を通り越して崇拝までしている。


 父上と母上、爺様は、ほぼこの離れで暮らしている。料理長が離れの厨房に居るので、父上たちも離れに滞在出来ているようだ。間違いなく父上の策略だろう。それゆえの顧問だったようだ。



 俺とリーエがレイヴンズクロフトの第三王子の婚儀に出席することとなった。リーエを連れていきたくはないが、リーエ自身がそれを望んだ。カールもやらせてみようと乗り気だ。


 リーエは、自分は何も出来ないと思っているようだが、そうではない。

 リーエのもたらしたシルクによって、暖地方が潤い始めた。蚕の養殖、糸への加工、布の製造、これだけでも一大産業だ。寒地方はマットレスの製造で潤い始めた。スプリングの製造、マットレスへの加工だけではなく、スプリングは各方面に応用が利く。元々寒地方は鍛冶が盛んだ。

 確かにリーエ自身がどうこうではないが、もたらした物のおかげで国内が潤い纏まってきている。

 料理もそうだが、甘味の存在も大きい。

 クッキーの販売も今は孤児院に限られているが、ミーナがなにやら考えているようだ。彼女に任せておけば国全体が潤うだろう。


 島の温泉に味を占めたジギスが、魔力隊本部にも風呂を作ろうと言い出した。マックスも武力隊の本部に風呂が欲しいと言っている。どちらかと言ったら、武力隊の方が必要だろう。

 それぞれの訓練場の一角に、大きめの風呂を作る。武力隊の風呂には、風呂の扉をくぐる際に浄化の魔法が掛かるようにしておく。温泉ではないが十分だとマックスとテオが一番風呂を堪能していた。ジギスも魔力隊の風呂に一番乗りしようとしていたらしいのだが、俺とジークが先に湯に浸かっているのを見て、悔しさから叫んでいた。風呂の壁に反響していつも以上にうるさい。



 ああ、この喜びが分かるだろうか。莉恵の名が正しく呼べる。

 莉恵。ちゃんと言える。

 番となった瞬間から言えていたはずなのに、それまで何度試しても言えず、言えないものだと思い込んでいた。惜しいことをした。

 ああ、莉恵とはこういう名だったんだな。声に出すと莉恵の本質が透けて見えるほど、莉恵の名には力がある。これほどだとは思わなかった。

 莉恵に正しく名を呼ばれると、心に何とも言えない温かな何かが注がれるようだ。満たされる。心が軽くなる。強くなる。莉恵もこんな風に思っているのだろうか。

 莉恵。ああ、何度呼んでもいいな。莉恵。

 口の中で莉恵の名を唱えていると、ジギスに気持ち悪い顔をしていると言われてしまった。気をつけよう。



 レイヴンズクロフトへの道中は、護衛隊の演習を兼ねる。

 フェンリルが、古代魔法での転移では完全に力の痕跡を消すことが可能だというので、こっそり転移で毎晩家に帰ってくることが出来る。俺も莉恵も、おそらくジークやロッテも今更ベッド以外では眠れないだろう。レオも島に残すことが出来る。

 道中はフェンリルたちの結界のおかげで、特に問題もなくなかなか楽しかった。馬車の中は平和だが、外ではフェンリルが契約者たちを扱きながら移動している。莉恵は気付いてないが、ジギスは涙目だった。

 バーベキューが思いの外旨い上に楽しく、野外演習にも取り入れるとジギスが張り切っていた。演習のいい気晴らしになるだろう。もう他国で食事が出来なくなったと皆が口を揃えて言い出した。俺もそう思う。莉恵が皆に料理長がブレンドした調味料を配っていた。こっそり料理にかけると、それなりの味になると言う。これがあるとないでは大違いだ。


 行く直前まで、いや、正しくは晩餐会の直前まではどうなることかと思ったが、拍子抜けするほどにあっさり脅威が消えた。

 あの馬鹿王子の発言は許しがたいが、馬鹿王子のおかげで助かった。フェンリルのおかげで、こうもあっさり解決するとは。直前までの協議時間が無駄になったな。

 あの第三王子、ちゃんと教育されているのだろうか。俺たちばかりではなく、他国の賓客も遠巻きに顔をしかめていた。あそこは直系がエル殿だけなのに、あっさり兄上に輿入れしたくらいだ。何かがおかしくなっているのだろう。確か第五王女とその兄が現国王の弟の子だったか。エル殿と第五王女、魔力が小さく継承権を持てなかったその兄だけが彼の渡り人の血を引いていない。さすがに直系にその血を入れないだけの分別はあったようだ。いや、むしろ逆か? 直系王族を排除するためか? 警戒しておくか。



 それにしても。

 行き帰りの、リーエ曰く「薄着の娘たち」、あれには辟易させられた。あれはない。よくカールは耐えられるな。ああもあからさまだと萎える。恥じらいもなく、あの獲物を狙うかのようなぎらつく目。あれはない。

 最初は面白がっていた莉恵も、回を重ねるごとに無表情になっていくのが怖かった。後ろめたいことなど一切ない俺ですら、縋り付いて謝りたくなるほどだ。あれは怒りに魔力を乗せていたのか? 多分また無意識にやったことだろうが、凄まじい威圧だった。

 あれは何と言おうか……リーエの世界で言うところの、魔王……いや、口に出してはいけない。考えてもいけない。いくら魔の頂点に立つ者だとしても、魔王はないよな。そうだよな。ないない。……魔王。言い得てるような……。駄目だ。おれも疲れてるんだな。


 リカの夢見の力は本物だ。それどころかまさにそのままだった。リカの特殊能力は予知と言った方が近いような気もする。

 まさに赤い石の付いた腕輪型の枷だった。

 精霊の加護か。

 ジルはどうするだろう。俺なら……言わないだろうな。少なくとも俺と莉恵、ジークが知るだけで十分だと判断する。いざという時はフェンリルたちの力も借りられる。



 王都に結界を張りたいとフェンリルから打診された。

 どうやら莉恵自身気が付いていないようだが、島に閉じ込めるていることによって心が歪むことを懸念しているようだ。何と言ったか、そう、ストレスだ。ストレスを感じる前に、王都くらいは自由に歩かせたいらしい。

 俺もなかなかだが、フェンリルもなかなか過保護だ。

 王都に張る結界の術式をフェンリルが考えている。出来るだけ古代魔法を使わず施したいと言えば、嬉々として術式の研究を始めた。フェンリルにとっては現代魔法が面白いらしい。俺にとっては古代魔法が面白いと感じるのと同じようだ。


 結界の術式が完成したと聞き、試しに島の外側に張って見るも、なかなか難しい。フェンリルも莉恵同様、既存の魔法を複雑に組合わせることで、嘗て無いほどの力を発揮させる。

 正直複雑すぎて、いつも以上に繊細に扱うも、途中で失敗してしまう。

 フェンリルが作った術式を、シュヴァルツがもう少し簡素にならないかと手を加えている。フェンリルは生み出すことが得意だが、シュヴァルツはそれに手を入れるのが得意なのだと言う。もう少しどころか大いに簡素化して欲しい。






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