55 第三王子
シンプルなAラインのドレスは、ルードルフの瞳の色に合わせたロイヤルブルー。ルードルフの瞳そのままの青い魔石と相まって、なんとも清楚な雰囲気だ。シルクの光沢の美しさが、シンプルなドレスを引き立てている。さすがティーナさんのお見立てだ。まあ、相変わらずドレスに着られているのは仕方がない。
「うん、いいな。この色もよく似合っている」
そう言って、褒めてくれたルードルフの正装の一部にもドレスの色と同じロイヤルブルーが使われている。フェンリルとシュヴァルツは互いの魔石に宿っている。
いざ、晩餐会だ。
ジークとロッテ、ミュゲ、部屋付きの女官たちに見送られ、案内に従い控えの間にてくてくと移動する。意外と遠い。
『アベラールの第三王子だ』
そうルードルフに言われて見れば、まだ若い高校生くらいの男の子がお付きの人と一緒にいる。なにやら指先でくるくると回しながら、声をひそめるように話している。
「この国に渡り人が現れると言うから、わざわざ来てやったのに! 未だ見付からんとは! 何やってるんだ? うちの奴らは!」
苛つきが滲む声でそう言った第三王子は、指先でくるくると金色の輪を回しながら、その苛つきを表すかのように足先をたんたんと踏み鳴らしている。
「わざわざ俺の魔力を封じて枷まで持って来てやったのに!」
一層金の輪を勢いよくくるくると回し、足先だけではなく足全体でだん! だん! と踏み鳴らしている。
「どこにいるんだ一体! 女であることは分かっているんだ、動けない話せない女なんて直ぐに見付かるだろうに! どこに隠されてるんだ! 見つけたら俺が魔力の大きな子を孕むまで……」
……お馬鹿さんがいた。最初はひそめていた声が、次第に大きくなり、いくら控えの間が広いとは言え、それなりの距離にいれば聞こえるほどだ。
王子と同年代くらいのお付きの人が「殿下! 声が大きいです」とかなんとか言いながら言葉の途中で諫めている。「ただひとつの国宝をそんな雑に扱わないでください」とも。諫めるその声もそれなりの大きさだ。
……なにこの茶番。
その瞬間、指先で回していた腕輪のようなものが飛んだ。飛んだ先で床に落ち、かしゃんと鳴る。
「だからさっきから言っているではありませんか!」
お付きの人が慌てて拾いに行くと、その場で固まり、青い顔でぎぎぎぎっと音がしそうなくらいぎこちない動きで、ゆっくり王子を振り返る。
「ででででで殿下、ここここここれ!」
「なんだよ煩いな。俺を呼びつけるな!」
床に落ちている金の輪を指さしながら、お付きの人が慌てて王子を呼べば、文句を言いながらも近寄った王子の顔も青ざめる。
私とルードルフは見ていた。
怒りと呆れを滲ませたフェンリルが姿を消したまま現れ、王子の振り回している枷を弾き飛ばし、床に落ちると同時に赤い石を砕いたのだ。
正しくは目で見ていたわけではなく、脳内に映像が流れてくるような感じで見てた。
お馬鹿さんの不穏な言葉を聞いて以降、隣から滲み出ていた怒りが消えることはなかったが、それでもルードルフも笑いを堪えているのが伝わってきた。
なんとも簡単に枷の件が片付いてしまった。茶番劇過ぎてどうしよう。この第三王子といい、第五王女といい、呆れるほど面白すぎる。大丈夫か? アベラール王族。
笑いを堪えていたら、晩餐会の開場が告げられ、次々に案内される。
私たちも素知らぬ顔で会場に入り、晩餐会をルードルフの言うとおりに終わらせ、社交の場も笑顔でなんとか乗り切り、早々に退場し、足早に部屋に戻った。その間、何度かチラ見したアベラールの第三王子はずーっと顔色が悪かった。
部屋に戻り、部屋に付いている女官を下がらせ、防音の結界を張った瞬間、ルードルフやフェンリル、シュヴァルツと一緒に思いっきり笑った。笑いながらジークとロッテ、ミュゲに事の次第を話すと、「馬鹿ですね」とジークがしみじみ言っていた。
「とはいえ、渡り人が女性であると知れている。そのうちリーエだとバレる可能性はあるな」
「でもあの第三王子や第五王女を見ていると、何とかなりそうな気がするんだけど」
「まあな。魔力に頼ってばかりいるとああなるのか? あの国は何かがおかしい。お粗末すぎて話にならん」
ルードルフが笑いを堪えながらも疑問を口にする。確かにアレはない。驚異と感じていたこちらが馬鹿みたいだ。あまりにも短絡的で逆に深読みしたくなる。
「なんにせよ、一安心ですね」
ジークの一言により、ジギスさんとリッツさんを呼び、同じように事の次第を話せば、二人とも笑うより呆れて「情報収集してくる」と言って出て行った。入れ替わりにアルさん、フォルクさん、ユーリさんが現れ、彼らに部屋を任せて転移する。
家に戻ると昨日に引き続きジルさんとリカさんがレオを抱いて待っており、本日三回目の事の次第を話せば、ジルさんは「それで大丈夫なのですか? アベラールは」とアベラールを心配し、リカさんは肩の力を抜いて安心した顔で笑ってくれた。
「リカさんが事前に教えてくれたおかげ。ありがとう」
「そうだな、リカのおかげだな。お前たちにも見せてやりたかったぞ、あの第三王子の青ざめた顔」
リカさんがジルさんを見て、恥ずかしそうにしている。照れるリカさんは可愛い。リカさんを見ながらジルさんも嬉しそうだ。
皆で夜食を食べ、レオの可愛さにリカさんが「子供欲しいな」と呟けば、ジルさんが「そうですね」と話している。おお! っと聞き耳を立てようとしたら、ルードルフに「俺たちも子供作るか?」と聞かれ、それどころではなくなった。
「ジークとロッテは次はいつにする? 俺たちもそれに合わせるかな」
「それはいいですね、私たちも合わせようかな」
男同士での密談が始まった。
リカさんは早めに子供が出来そうだと喜んでいる。ロッテは「確かにそろそろ次ですね」と呟いている。私は……、少し考えてしまった。私の子は大きな魔力を持つ。王位継承権も持つ。力あるものの上位がその契約を望んでいる。
「我らは我が主の子を待ち望んでいる」
いつの間にかフェンリルとシュヴァルツが側にいて、そう言ってくれた。
プチサイズのフェンリルやシュヴァルツにあやされる我が子。うん、いいかもしれない。
私が色々考えたって仕方ない。ルードルフが望んでくれるなら、私も子だくさんになろう。なんせ妊娠も出産も楽な世界だ。ルードルフに似た子を産もう。
まだ本当の意味での覚悟は決まらないが、いつかその覚悟も決まるだろう。
ルードルフが「俺はリーエに似た女の子がいい」と言えば、フェンリルが「我も我が主に似た女の子がいい」と言う。ジルさんが「私もリカに似た女の子がいいですね」と言えば、ジークが「私も次はロッテに似た女の子がいいですね」と言う。
リカさんとロッテと顔を見合わせ笑った。「私はルードルフに似た男の子がいい」と私が言えば「私もジルに似た男の子がいいの」とリカさんが言い、「私は……どちらでもいいです」とロッテがレオを見ながら穏やかに微笑んだ。
確かにどっちでもいい。いや、どっちもいい。
覚悟も決まらないのに想像するそれは、とても幸せなことのように思えた。




