54 赤い石
家に戻ると、ジルさんとリカさんが待っていた。
リカさんの顔が強ばっている。何かあったのだろうか。
「実は、聞いて頂きたいことがありまして……」
ジルさんがリカさんを促しながら言う。
「あの、リーエさん、突然なんだけど……。あのね、赤い石の付いた輪っかに、気をつけて欲しいの」
「分かった」
恐る恐るリカさんが細い声で言う。赤い石の付いた輪っかか。なんだろう? 指輪かな? 腕輪とかかな?
「あの、私、時々分かることがあるの」
「うん」
「あの、だから、赤い石の付いた輪っかに……」
「うん、気をつければいいんだよね、赤い石の付いた輪っかに」
リカさんが同じことを怖々と言う。怒られるとでも思っているのだろうか。さっきからびくびくしている気がする。
「えっ、あの、……信じてくれるの?」
「へ? なにが?」
「あの、赤い石の輪っかのこと」
「うん」
「あの、どうして?」
「うーん、解るから、かなぁ?」
ジルさんも真剣な顔でやりとりを見ている。リカさんを心配しているのがよく分かる。
「リカさんは、どうやって分かるの?」
「夢を見るの。何か良くないことに関わる、何かが夢に出てくるの。それは夢なんだけど、夢じゃないって分かるの。でもその理由までは分からないから、ちゃんと信じて貰えないことが多いの」
リカさんは、自信無さそうに、最後の方は細く小さな声で、泣きそうに顔を歪めながら言う。
「んー、夢見、かなぁ? リカさんは夢見の力があるんだね、きっと」
「夢見?」
「うん。予知夢とか正夢とも言うんだけど、これから起きることなどを前もって夢で見ることを言うんだよ」
そう私がリカさんに言うと、ルードルフがジルさんに話す。
「ジル、リカには精霊の加護がある。そのせいでリーエの言う夢見とやらの力があるのだろう」
「精霊、の加護? ですか……」
ジルさんがそう呟く。それに頷きながらルードルフが続ける。
「精霊の力と魔の力は別のものだそうだ。ジルは精霊の加護のあるリカの伴侶だろう、力あるものとの契約はリカに良い影響を与えないのではないかと、今まで契約を保留としてきたんだ」
「リカさんのその綺麗な赤い髪は、精霊の加護の証なんだって。精霊に関わると、体のどこかに赤が出るらしいの。ほら、カールさんとこのヴァイスもそうなんだって。ヴァイスの瞳が紫なのは、精霊の力がほんの少しだけあるみたい。だからヴァイスは精霊の加護のあるリカさんの側にいると、居心地がいいらしいよ。私の側は逆に居心地悪いんだって」
ルードルフがジルさんに「フェンリルが言うことなので間違いないぞ」と耳打ちしている。繋がっているから分かった。
ジルさんもリカさんも驚きながらも、納得した顔になる。精霊について、以前フェンリルから聞いたことを伝えると、ジルさんの顔つきが急に変わった。
「リカのことが信官たちに漏れると、面倒なことになりますね」
「そうだろうな」
「もしかしたら、巫女だ、聖女だって祭り上げられて、信仰の対象にされちゃうかも」
「これを知るのは……」
「ここにいる五人だな」
ロッテはレオを連れて先に自分たちの家に帰った。ジークは念のためにと残っていた。
「ジークは次々と王家の秘密を知ってしまうな」
そう言ってルドルフが笑うと、漸くジルさんとリカさんの顔から強ばりが消えた。ジークは何とも言えない顔をしている。
「王家の秘密として直系王族には知らせた方がいいだろうが……。それはジルが決めろ。俺たちはそれまでは何も言わない。知らせるも知らせぬもジルとリカが決めればいい。二人のことだ、二人のいいようにしろ。俺とリーエもそうしてきた」
ルードルフの言葉を聞きながら、じっと考え込んでいたジルさんは、リカさんを見て頷く。
「分かりました。リカともよく話して決めます」
「そうしろ。ところでリカ、赤い石の輪っかについてもう少し詳しく話せるか?」
リカさんによると、苦しそうに唸っているような、叫んでいるような赤い石の付いた金色の輪があり、その輪は人を苦しめるもので、それが私に近づいているのだと言う。
「リーエさんが苦しむのは嫌だから」
だから、信じて貰えるかも分からない、話せば奇妙な目で見られるかも知れないと思いつつも話してくれたそうだ。ジルさんの「リカが後悔しないよう、話すだけは話しておこう」との後押しもあったという。
「リカ、よく話してくれたな。フェンリル」
「聞いていた」
ルードルフがリカさんに優しく笑いかけ、フェンリルを呼べば、フェンリルが姿を現す。
リカさんにフェンリルは護衛隊の一人で、私付きであることを話す。ルードルフ付きがシュヴァルツ、ジーク付きがゴルトだと言うと、なんとも納得しがたい顔をしていた。ジルさんがさりげなくフォローしてくれたけど……そのうちバレるだろうな。フェンリルが現れてから、精霊の加護持ちのリカさんは居心地悪そうだ。
「どう思う?」
「おそらくその赤い石には精霊が閉じ込められている。それゆえ石が赤くなっているのであろう」
人の言う魔石とは、力あるものが宿ることの出来る石のことで、魔の力は石との相性がいいため宿ることが出来る。だが精霊の力とはあまり相性がよくないためその存在を留めてしまうのだそうだ。
精霊の力と魔の力は近づけると反発し合う、まるで磁石のN極とS極のような存在だという。
「おそらくその赤い石の輪っかは、アベラールの枷のことだろうな」
「魔の力を持つ者にその石が近づけば、反発する精霊の力によって魔の力が弾かれる。留め置かれている精霊より力の弱いものならその枷は有効だろうが、強いものなら逆に石を壊し、その精霊を解放出来る」
「私たちにはその枷が無効なのはその精霊より力が強いから?」
「そうだな。元々精霊の力は弱い。だが、留め置かれるとその弱い力でも蓄えられる故、それなりの大きさになる。どのみち今は我が主とその番、我ら上位以上に力を持つ存在はおらぬ」
何というか、私もルードルフも規格外になったんだなと実感した。
今回レイバンズクロフト国に出向いているのは皆契約者ばかりだ。万が一枷をはめられても契りしものに助けを求めれば、枷を壊すことが可能だと言う。つくづくフェンリルたちがいてくれて良かった。
「フェンたちがいてくれて良かった」
そう言えば、フェンリルが笑った。イケメンの笑顔が眩しい。
リカさんは、帰る頃には来たときとは別の難しい顔をしていた。きっとフェンリルの存在に何か思うところがあるのだろう。自分の精霊の加護のことより、余程気になると見えて、ずっとフェンリルを観察していた。
「リカさん、フェンリルのこと気付いたかな?」
「そうかもな。リカは元々聡い子だからな。まあ、ジルが何とかするだろう」
ルードルフはそう言うと、「なにか甘いものでも食べるか」とキッチンに向かった。フェンリルがいそいそとそれに続き、いつの間にか現れたシュヴァルツとゴルト、ジークまで続いた。
ゴルトとジークは家に帰らなくて良いのか? ロッテが待ってるぞ、と思ったら、ロッテまでもがレオとバンビを連れてやって来た。ジークが呼んだらしい。
皆それぞれ食べたいスイーツを食べたい分だけ食べた。この世界には肥満が無い。程よくふくよかな人はいるが、度を超えた肥満はいない。魔力が調整してくれるらしい。素晴らしき世界だ。スイーツパラダイスだ!