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53 お約束

 領主の館では、一家総出で出迎えてくれた。

 領主の娘だろうか、年頃の娘さんたちが着飾って出迎えてくれたのだが、フェンリルたちを見て魂が抜かれてしまっている。気持ちは分かる。美しすぎて驚いてしまうのだ。正直、王族であるはずのルードルフが霞む。もちろん私なんて眼中にない。

 ……いい加減戻ってきて欲しい。挨拶とかしなくていいのだろうか?


 しばらく呆けていた領主が漸く我に返り、慌てて挨拶を噛み噛みで述べ、家に招き入れてくれた。

 夫婦別の部屋を用意されていたので、同じでいいとジークが告げるも、折角用意したからと丁寧ではあるがゴリ押しする。ははーん、と思っていたら案の定。

 食事を終え部屋に戻ったルードルフの元に、先程の着飾った娘さんの一人が薄着で尋ねてきた。

 護衛として扉の前に立っていたリッツさんとフォルクさんに追い返されてもめげず、強引に部屋に入ってきたと思ったら、私と一緒に寝台にいるルードルフを見て、すごすごと部屋を出て行った。

 あえて部屋の中に入れるよう指示したのはカールさんだ。

 食後、一度ロッテを先に家に帰すために一緒に転移したら、ティアさんと一緒にカールさんもおり、その時に聞いたのだ。カールさんとティアさんも他国へと出かける度に同じ目に遭うらしい。


「イベント終了」


 部屋の前に、リッツさんとフォルクさんを見張りに残し、ジークと一緒に転移して家に戻った。

 フェンリルとシュヴァルツ、ゴルトも戻ってきているようだ。


「なんというか、ありがちな展開だったね」


 夜食を用意しながら私がそう言えば、ルードルフは嫌そうな顔をしている。


「他の国は側室制度があるからな、あわよくばと思うのだろう。ファルファラーの王族は他を目に入れないと知れているはずなんだがな」

「私の唯一がこの国の人でよかった。側室制度のある国だと、本人が嫌がっても周りが許さないでしょ」

「そうかもな」


 ぐつぐつと煮込んだ鍋焼きうどんを、二人ではふはふ食べる。秋も深まってきたので、暖かいものが食べたくなる。領主の館で出された薄味の食事に、ルードルフは顔には出さなかったが、心の中でげんなりしていた。

 料理長が、自らブレンドしてくれた調味料を持たせてくれた。それを料理の上からかけると、それなりの味になるのだが、所詮それなりの味なのだ。料理長もそう言っていた。だが、ないよりは格段に美味しくなる。料理長は更なる研究をするそうだ。


「もう莉恵の作った食事以外は食べる気がしない。朝は早めに出発して、道中で朝食にするか」

「そうだね、夕食は仕方ないけど、次からは到着したときにそう言っておけばいいんじゃない?」

「そうだな」


 ということを十日程繰り返し、予定通り前日のお昼過ぎに、レイバンズ、レイブンズ、レイ……レイバンズクロフトの王城に到着した。なんかもういいや、レイバンズで。

 途中、ルードルフのみならず、フェンリルやシュヴァルツたちまで、薄着の娘さんたちに押しかけられていたらしい。



 ファルファラーの王城は質実剛健な感じだが、レイバンズクロフトは絢爛豪華である。なんというか、派手だ。そこら中がきらきらごてごてしており、派手すぎて目がちかちかする。

 案内された部屋も素晴らしく派手で、全く以て落ち着けない雰囲気だった。ルードルフが無表情で案内してくれた人に部屋を褒めている。全く褒めている気がしない無表情さに、思わず笑いそうになった。


 ロッテに手伝って貰って晩餐会の支度をする。


 今回、新しく作って貰ったドレスは、なんとシルクで出来ている。ただ、製法は今まで通り一体成形なので、シルク本来の柔らかさには欠けるが、あの特有の光沢は健在だ。

 歓迎の晩餐会にはエンパイアスタイルのシルクのドレス。今までに無い光沢にロッテが溜息をつく。


「綺麗ですねぇ、本当に」

「ドレスがね」

「リーエ様がですよ!」

「はいはい、ありがと。でも本当によく間に合ったよね、このドレス」

「ティーナ様が急がせたと聞きましたよ」

「ティーナさん、シルクに惚れ込んでいたからなぁ」


 ロッテに髪を結われながらおしゃべりしていたら、先に支度を終わらせていたルードルフが顔を出す。


「リーエ、今日はいつも以上に可愛いな。ドレスも髪型もよく似合っている」

「ありがと。ルードルフもいつも以上に格好いいね」


 互いに褒め合う。褒められるとやっぱり嬉しい。恥ずかしいけど、嬉しい。照れるけど、嬉しい。

 ルードルフに落とされた唇への優しいキスも、やっぱり嬉しい。


 ルードルフに連れられて晩餐会の会場に入れば、思った以上に注目されている。


『なんで見られてるの? なんか変?』

『ああ、いつまでも一人だった俺の伴侶だからだろう。俺たちだけの婚儀はジルの婚儀に便乗だったからな。興味があるんだろうよ。あとはそのドレスだろうな。今までに無い光沢だからな』

『……なんか思いっきり見られててちょっと怖い』

『大丈夫だ。俺だけを見てればいい』


 思わずルードルフの顔を見上げれば、柔らかく笑ってくれた。何故か会場がざわつく。


『ん? なに?』

『ほら、挨拶して、席について』


 ルードルフに頭の中で促されて、挨拶し、席に着く。


 歓迎の晩餐会はその日到着した来賓を持て成すためのものだ。到着したその日の晩餐会以降は昼餐会に出席し、夜は各自に用意された部屋での食事となる。

 今日到着したのは私たちだけらしく、私たち以外は皆この国の王族たちだ。明日婚儀を執り行う当人たちは出席しない。当人たちと親しい人は、昼餐会で持て成す。私たちの婚儀の時にも、ルードルフが昼餐会に参加していたのはこの為だ。


 ルードルフの言う通りに食事をし、受け答え、若干引きつりながらも微笑み、挨拶をして席を立ち、退場する。

 途中途中でルードルフの言うとおりに動く私が面白いらしく、ルードルフに笑みが浮かぶ。その度に何となく周りがざわめくのは、どうやらルードルフの笑顔が珍しいらしい。



 部屋に戻り、部屋に付いていた女官を下がらせ、部屋に結界を張った後で、それを言えば、ルードルフはばつが悪そうに「普段は愛想がないからな」と苦笑いしていた。


「親しい人の前ではあれほど表情豊かですのに、それ以外では途端に無愛想になりますよ」


 ジークにも言われていた。ロッテを見れば頷いている。あの無表情のルードルフは、確かに愛想はなかった。


 与えられたスイートルームみたいな部屋に、アルさん、フォルクさん、ユーリさん、ミュゲを残し、転移で家に戻る。今日の夜食は何にしよう。






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