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06 街壁

 これからどうするかをつらつらと考えていたら、お腹がすいた。

 そういえばここ数日はお昼ご飯を食べていない。お昼ご飯を食べに行こうかと思ったところで、お金を持っていないことに気付いた。

 市や商店ではルドルフが支払ってくれており、宿泊代は前金で払われていたので、自分が一文無しだということに今まで気が付かなかった。のんきすぎる。


 どうしよう、なんだかものすごくお腹がすいている。

 お金がなくお昼が食べられないと分かってしまったからか、更にお腹がすいたように感じる。

 宿屋の女将さんに相談してみようか、我慢しようか。

 空きっ腹を抱えて悶々と考えていたら、部屋のドアがコンコンと軽く二度鳴った。


「おい、俺だ」


 ノックの後に聞こえたルドルフの声に、急いでドアを開け、本能のままに訴えた。


「ルドルフ! お腹すいた!」



 ルドルフが、宿屋から大通りに出たところにある食堂に連れて来てくれた。宿屋の食堂と似たような雰囲気の、レトロな佇まいだ。

 アルバの街全体が、映画で見たような中世ヨーロッパの街並みに似ている。


「漸く帰ってきたところでの第一声があれか。

 なかなか早く帰れず放っておいた俺も悪いが、漸く顔が見られたと思った時に聞く第一声があれとはな」


 宿屋から食堂に着くまでのわずかな間、先ほど私が言い放った一言に対する文句をぶちぶちと言われた。あまりの空腹に大人げなく訴えた私が悪いのだが、ちょっとしつこい。


「だって一文無しなんですよ、私。この世界ではルドルフしか頼る人はいないのに……」


 ちょっと上目遣いに、しょんぼりした感じを出しつつ、小さめの声でつぶやいた。

 あまりの態とらしさに自分でも笑い出しそうになったのだが、ルドルフは気が付かないばかりか、むしろ言われたことを気にしたようだ。


「……悪かった。ほら、俺の分も食べるがいい」


 決まり悪げな顔をしたルドルフが自分の分のお皿を差し出す。

 前に屋台で食べたサンドイッチのような、焼いてスライスしただけのお肉と、切っただけの野菜が、薄いパンに挟まれているのだが、正直あまり美味しくない。屋台のサンドイッチは少なくともお肉に塩味が付いていたように思う。


「あの……。この辺りではこの料理はよく食べられているんですか?」

「この辺りで昼食と言ったらだいたいこのようなものだろう。肉の種類や野菜の種類はその日ごとに変わるだろうが」

「味付けもだいたいこんな感じですか?」

「ん? このようなものだろう」


 ルドルフにとって、この味なしサンドイッチは普通なことらしい。塩と黒胡椒、出来ればマヨネーズが欲しい。


「ルドルフ、今日この後のご予定は?」

「特に何も無いが。明日も休みだ」

「では、今後について相談させてもらってもいいですか?」


 ルドルフの了解の返事を聞きながら、もそもそと味のしないサンドイッチを頑張って飲み込んだ。これに比べれば宿屋の食事は塩味が付いているだけましだ。


「青の看板の宿屋の食事の方が、美味しいですよね」


 こそこそと小声で言う。


「そうだろう。だからアルバの街での滞在はあそこと決めている。宿代は安いのに食事は旨い。部屋はいつも清潔だ。言うことなしの上宿だ!」


 こそこそ聞いたのに大きめの声で返された。しかも何故ルドルフが偉そうなんだ? 偉いのは青の看板の宿屋だ。



 宿屋に戻り、今後のことを相談しようと私の部屋にルドルフを招いた。


「おい、未婚の女性が部屋で男と二人っきりになるな」


 言われた言葉に、思わず無言でルドルフを見返した。


「俺は別にいかがわしいことは考えてない!」

「……いかがわしいことを考えてないなら、私は気にしませんからどうぞ」

「気にしろ! ……部屋の扉は開けておくぞ」

「私のこと、誰かに聞かれてもいいんですか?」


 渋い顔をしながら、ルドルフが静かに扉を閉める。

 部屋にはベッドの他に小さな正方形のテーブルと椅子がある。

 一脚しかない椅子をルドルフに勧め、私はベッドに腰掛けると、ルドルフが急いで部屋を出て、自分の部屋から椅子を一脚持ってきた。どうやら未婚の女性が男の前でベッドに腰掛けるものではないらしい。……確かに。

 信用できる人だと解っているためか、どうも警戒心が湧かない。



「いきなりですが、家を持つにはどのくらいお金が必要でしょうか? 私一人が住める程度の、小さな家でかまわないのですが」

「物にもよるだろうが、安ければ金貨一枚くらいだろうか」

「金貨一枚……。一般の人の月収が銀貨二枚でしたっけ? 私が金貨一枚貯めるには二、三年かかるってことですよねぇ」

「いや、それは男の場合であって、カトゥのような若い女性には無理だぞ。精々家業の手伝いや市で小遣いを稼ぐ程度だ。

 そもそも未婚の若い女性が一人で暮らすなど、よほどの事情がなければ普通はしない。ましてやそんな女性が買える家など碌な物じゃないと思うが」


 やはり女性が自立している社会じゃないのか。中世っぽい街並みから、そうじゃないかとは思っていたけど。


「では、私が家を持つには……」

「家を持っている男か、家を買えるほど蓄えのある男の嫁になるか、街壁の外に家を建てるかだな」

「街壁の外なら家をただで建てられるんですか?」

「街壁の外なら好きな場所に好きなように家を建てても誰も文句は言わないだろうな。ただし、街壁の外に住めるならな」


 あの街をぐるりと囲っている石で出来た頑丈そうな街壁は、魔獣や街に住めなくなった破落戸たちから住民を守るためのものらしい。

 この世界には魔力があるからなのか、やはり魔獣もいるらしい。

 魔獣と魔獣ではない獣の違いは、そのまま魔力の有無だそうだ。

 魔獣は食べると魔力中毒になるらしく食用にはならないらしい。逆に獣は美味しさに違いはあれど、大抵は食用になるそうだ。


「街の土地や家屋には限りがある。そのため所有権が認められている。

 だが、街の外には所有権は発生しない。空いている土地を必要なだけ囲って自分の土地だと主張すればいい」


「でも初めてルドルフに会った日、あの丘から歩いてこの街まで来ましたが、魔獣も破落戸もいませんでしたよね」

「あの日は俺が魔獣除けの結界を張っていた。破落戸などは白昼堂々あんな見通しのいいところにはいないだろう」

「では、魔獣除けと破落戸除けの結界があれば、街壁の外に家が持てますよね」


 私の言葉にルドルフが溜息をつきながら言う。


「結界はそんなに簡単に張れるものではない。

 この国では大凡であるが、魔力がある者とない者が半々、魔力がある者のうち結界が張れるほどの大きさの魔力を持つ者は更にその半数、その結界を二刻以上維持できる者は更にその半数で、半日以上維持できる者はまた更に半数だ。

 丸一日結界が張れる者は百人に一人いればいい方だ。

 まあ俺は市と市の間張り続けられるが」


 最後の方はいつものように、鼻の穴を膨らませながら教えてくれた。

 自慢気には聞こえないのだが、いかんせん鼻の穴が膨らんでちょっと偉そうだ。


 魔力のない人が街から街へと移動するときは、護衛を数人雇い、魔力のある人が交代で結界を張りながら移動するらしい。

 日の高いうちは魔獣に襲われにくいため、日の高いうちに移動できる距離に街があるなら護衛は雇わないそうだ。

 万が一魔獣に遭遇したら、ひたすら逃げるそうで、戦っていると何故か魔獣が集まってくるため、この辺りにいる小型の魔獣ならば、逃げた方が面倒がないらしい。

 魔獣の皮や牙、爪などは武器や防具などの材料となり換金出来るため、腕に自信がある人は逃げずに戦うそうだ。





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