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50 ヴとバ

 そんなこんなで夏が終わった。


 この島は暖地方という、温暖な気候に位置しているので、年間を通じて気温が高いらしい。おまけに島を覆う結界が気温や湿度などを調節してくれているらしく、暑すぎず寒すぎずの快適空間となっている。


 私が南と言うと暖、北は寒、東は日の出、西は日の入りと変換されているらしい。ルドルフが教えてくれた。ルドルフはいつの間にか日本語をファルファラー語に翻訳することが出来るようになったらしい。早速ジークとロッテが魔法を掛けられ、二人ともカタカナを多用するようになった。


 無人島に引っ越してきてふた月ほどが経ち、当初懸念されていた危険もなく、毎日が穏やかに過ぎていった。


 無人島では、契約者たちが大きくなった魔力を効率よく扱うために、フェンリルに毎日扱かれている。時々ジギスさんの雄叫びが島中に響いている。


 ロッテとレオと一緒に浜辺でスイカもどきでスイカ割りをしていたら、スイカもどきのウリに釣られて海獣が顔を出した。魔獣とは違い海獣は魔力もなく人を襲わないというので、ウリを与える代わりに背中にレオを乗せて貰ったりして仲良くなった。

 顔を出した海獣は、上半身がイルカ、下半身がウミヘビという、なんとも言えない姿だった。泳ぐときもイルカ部分はイルカのような動きで、ウミヘビ部分はくねるように泳ぐ。なんとも不自然に思える泳ぎ方だった。

 レオによって「プル」と名付けられた海獣は、私が「プル」と呼んだ瞬間に名の仮契約が成り立ってしまい、あわてて駆けつけたフェンリルにこってり絞られた。



 湖のほとりに建てられた家は、一階は契約者たちの訓練場、二階は会議室、食堂、厨房、三階は直系王族たちの宿泊施設を兼ねた、それなりに大きな建物になった。

 厨房にはお城の料理長の地位を譲った元料理長が住み着いている。正しくは、住み着いてしまったので料理長の地位が他に譲られ、顧問となった。暇さえあればアルさんが顔を出し、二人とも料理研究に余念がない。ついにアルさんまで住み着いたので、ルドルフが渋々食堂の傍らに彼らの部屋を作っていた。

 おかげでお城の食事が飛躍的に美味しくなり、徐々に城下の宿屋や食堂にレシピを流しているらしい。

 時々日本食を伝授している。先日親子丼を伝授したら、大げさなほど喜んでくれた。牛丼の時はそれほどでもなかったのに、この違いは何だろう。

 ちなみにカレーの時は一週間カレーを作り続け、島中がカレー臭くなった。カレーは特に男性陣に大人気で、中でも武力隊、海上隊の食いつきがスゴイそうだ。マックスとテオさんが苦笑いしながら教えてくれた。

 そう言えば、カレーって海軍でよく食べられていたような……。海軍カレーってカレーライスのルーツだったっけ?


 露天風呂から温泉までの遊歩道や、温泉の周りに東屋を設置したり、温泉周りはフェンリル監修により整えられ、高級感のあるお洒落な空間となり、ティーナさんがフェンリルのセンスの良さを手放しで褒め称えていた。

 ときどき女性専用となり、ティーナさんたちが公務の疲れを癒やしている。マックスとミーナさんは相変わらず露天風呂派だ。

 何故か力あるものたちに東屋が大人気となり、彼ら専用の東屋が島の至る所に出現した。皆思い思いの場所に思い思いの東屋を作って寛いでいる。バンビの東屋がファンシーすぎて周囲から浮き、フェンリルからダメ出しを食らっていた。


 クッキー販売計画が軌道に乗って、国内の孤児院が徐々に潤い始めた。クッキー製造にかり出される女手は主に母子家庭や貧困層から採用されているそうだ。時々ロッテが指導者として駆り出されている。

 ミーナさんが監修しているので驚くほどの利益が出ているという。ミーナさんが高笑いしていた。


 エルさんが四人目をご懐妊、次いでティアさんが三人目をご懐妊、それに続いてミーナさんも三人目をご懐妊と、ベビーブームだ。三人とも「露天風呂と温泉のおかげ」だと声を揃えて言う。


 ヴァイスが漸く成体になったのだが、私との血の契約を拒んだ。

 拒んだというより、近寄れなかったと言う方が正しい。彼が僅かに持つ精霊の力が、私を恐れるらしい。ヴァイスにとって私は、近寄ることも恐れ多い、恐怖を感じるほどの存在なのだそうだ。なにそれ。意味が分からない。だからいつも逃げ回っていたのか。

 しかもヴァイス、成体になっても中性だった! という衝撃の事実。中性に定まったらしい。

 そしてヴァイス、カールさんを差し置いて、リカさんに懐いている。

 フェンリル曰く、リカさんには精霊の加護があるらしく、それゆえ近くにいるとヴァイスはものすごくリラックス出来るらしい。私とは逆だ。泣く。


 リカさんの赤い髪は精霊の加護の証だそうだ。精霊と関わると体の一部に赤が出るらしく、ヴァイスの瞳が紫なのも赤が混ざったからだと言う。

 そのリカさんは孤児だそうだ。

 以前ティーナさんにクッキー販売計画について相談し、孤児院を紹介して貰おうと思っていたのだが、一通り話しを聞いた後で「私に任せて欲しい」と言っていたのは、リカさんがいた孤児院の院長に打診するためだったらしい。

 リカさんは珍しい赤い髪のせいで、孤児院で随分と苛められたらしく、婚儀の時に私に赤い髪を褒められて喜んでいたと、ジルさんがこっそり教えてくれた。実際リカさんのふんわりとした赤い髪は可愛い印象しかない。日に透かすと濃いピンクにも見え、やたらとラブリーだ。大方子供の嫉妬がいじめの原因だろうと思う。それほど可愛いのだ。

 妊娠中のティアさんになかなか付き添えないカールさんが、ティアさんの話し相手としてリカさんをよく招いている。ティアさんとヴァイス、両方の相手が出来るリカさんは、忙しいカールさんにとって願ったり叶ったりなのだと言う。


 私だけが何事もなく、周りに流されるように、日々を過ごしていた。



 ルドルフがなにやら考え込むようにして帰ってきた。後ろに続くジークさんも難しい顔をしている。


「おかえり。何かあった?」

「レイヴンズクロフトの第三王子の婚儀があるんだが、エル殿もティア殿も懐妊中だから、どうしたものかと。本来なら第三王子だから俺が行くのが筋なんだが、既婚者が一人で行くわけにも行かないからなぁ」

「どうして第三王子だとルーが行くのが筋なの? まさか第三王子同士?」

「そのまさかだ。だから五男のジルの時はアベラールの第五王女が来ていただろう。第三王子だからな、四男や五男だと失礼になる」

「いっその事リーエが懐妊していることにして一人で行くか……」

「いや、だめでしょ、それ」

「今からでも……」

「ルードルフ様……」


 ジークに呆れられている。


「でもレイバンなんとかなら大丈夫じゃない?」

「でもなあ、どうするかなあ」

「大丈夫だよ、フェンたちもいるし」

「リーエ、レイヴンズクロフトな」

「レイバンズなんとか」

「レイヴンズ」

「レイバンズ」

「ヴ!」

「……あれ? バじゃなくてブ?」

「バでもブでもない、ヴだ」

「レイブンズ? ……えー言いにくいなぁ。レイバンズでいいや」

「……どうするかなあ」


 ジークは笑いすぎだ。



 結局、ルドルフと私が行くことになった。

 当然あの絶対魔力主義国も招待されているので、「万が一の時は転移で逃げなさい」とカールさんが言う。随分前から分かっていたことなのに、つい子供を願ってしまったカールさんが、申し訳なさそうな顔をした後で「後のいい訳はなんとでもします」と、とびきりいい笑顔を見せていた。色んな人の弱みの一つや二つ握っているのだろう。コワイコワイ。

 ジークとロッテも一緒に行く。レオはどうするのかと聞けば、ジークの実家に預ける予定らしい。


 レイバンズなんとかの王都までは、国境に設けられている大使館のようなところまで転移し、馬車で十日程の距離にあるらしい。

 相手国内での転移はマナー違反だそうで、ジルさんの婚儀の時も、国外の招待客たちは各国の大使館から馬車での移動だったとか。国内の招待客は王都と各都市を結ぶ専用の転移扉を利用できるので、当日来て、当日帰ったそうだ。

 馬車での移動は到着日時が読めないため、その前後三日程は、早めに到着した賓客をもてなすため、晩餐会やら昼餐会が催される。

 ルドルフは前日の日暮れ前に到着し、翌日の朝早く出立するつもりだと言う。滞在時間を最短にしたいらしい。

 護衛は契約者たちを中心に編制される。丁度良い訓練になるとおじいちゃんが言っていた。


 公務をお休みしているエルさんに、マナーの見直しや注意すべきことを教わる。

 いつまで経っても「ヴ」が下手くそな私に、エルさんが「全てルードルフ殿下にお任せすればいいのです」と言う。少し頭が軽いと思われているくらいで丁度いいのだそうだ。うん、基本ルドルフに任せよう。私は黙って笑っていればいいや。実際に私の頭は軽いしね。


 エルさんに出産予定日を聞けば、随分と早い時期だったので、びっくりして詳しく聞けば、この世界の妊娠期間は半年もないそうだ。

 ひと月に二回排卵し、半年も待たずに産まれ、出産は魔力が助けてくれるので、「あ、産まれる」と思ったらあっという間に出産し終わるのだそうだ。病院や産婆などは必要なく、皆自分の寝室で浄化の魔法が掛かったシーツの上で産むらしい。出産で命を落とす人はおらず、産後三日もあれば完全に元通りの体となるそうだ。子だくさんなわけだ。

 月がふたつあるせいだろうか、体の周期が元の世界の半分だ。その分早く老け込むのだろうか。……ティーナさんを見ている限りそうとは思えない。謎だ。






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