43 コント
ついにジギスさんが魔獣との契約をすることになった。
ジギスさんは魔力が大きいので、自分で契約魔獣を呼ぶそうだ。
初めて仕事部屋に足を踏み入れたジギスさんは、開口一番「これが秘密の部屋か!」と言って、妙に感動している。秘密の部屋って……。ルドルフとジークがしらっとした目で見ている。
仕事部屋には、フェンリルとシュヴァルツ、ゴルトも揃っている。
「なんだか妙に煌びやかな顔ぶれだな、魔獣ってのは皆美形なのか?」
ルドルフがジギスさんの言葉を無視して、フェンリルたちを紹介している。
「なあ、こいつらの本来の姿が見てみたいんだが、ダメか?」
実際に自分が呼ぶときの参考にしたいらしい。フェンリルたちが了承し、揃って玄関から外に出る。
我が家の横に立つジークさんの家を見て、ジギスさんが叫んでいる。
「おい! まさかこの立派な家がジークの家なわけないよな!」
「私の家ですが?」
「何でお前の家が俺の家より立派なんだよ!」
「ルードルフ様とリーエ様のおかげです」
「俺もルードルフの侍従長になる!」
ジギスさんはルドルフに「お前うるさい!」と言って、後頭部をすこーんと叩かれていた。コントだ。
うるさいジギスさんを放置し、フェンリルたちが本来の姿に戻った。あ、バスローブ……。ジークさんが家の中に戻っていった。バスローブを取りに行ってくれたらしい。
「格好いいな! お前たち!」
フェンリルたちを代わる代わる見てジギスさんが興奮している。なんだろう、着ぐるみに群がる子供みたいだ。特にシュヴァルツに興味があるらしく、しきりに「格好いいな」「すごいな」と言っている。
ジギスさんの様子にフェンリルたちも満更ではなさそうだ。これだけ純粋に褒められたら、悪い気はしないだろうな。
「決めた! おれもシュヴァルツみたいな奴にする!」
ジギスさんの言葉に一々力が入る。興奮しすぎだよ。落ち着け、ジギスさん。
「それにしても、この銀色のでかい狼、どっかで見たことがあるような……」
ジギスさんはフェンリルに加護を与えられたことを憶えていないそうだ。
「汝はまだレオほどだった故、憶えてないだろうな」
「そうか。憶えてなくて悪いな。でも、ありがとな。助かっているんだ、この能力」
フェンリルが笑ったような気がした。
では、ということで、ルドルフと私の肩に手を置いたジギスさんが、魔獣を呼ぶ。
さすがに真面目な顔をしている。
「俺の魔獣よ、俺の魔獣、俺のところにやって来ーい」
……真面目な顔して小声で呟いている。ルドルフを見れば、呆れた顔をしていた。
何度も繰り返し怪しげな呪文を唱えるジギスさん。真面目な顔をしている分、ちょっとコワイ。
「……もういいだろう」
溜息をつきながらルドルフがそう言って、ジギスさんを連れて仕事部屋に戻った。
ジークさんがフェンリルたちにバスローブを渡していたのだが、人型になったフェンリルたちは、ちゃんと洋服を着ている。
「フェンたち、洋服着たままで姿を変えられるようになったの?」
「ああ、……レオの教育に良くないからな」
……ジークさんと顔を見合わせる。さてはロッテに怒られたな。
仕事部屋に戻れば、そのロッテがコーヒーとロールケーキを用意してくれていた。
「お前たち! 毎日こんなに旨いもの食ってるのか!」
ジギスさんがうるさい。ルドルフにまた後頭部を叩かれていた。やっぱりコントだ。
魔獣との契約については、まずはジギスさんが契約し、その後徐々に特殊部隊の人も契約するらしい。特殊部隊は皆大きな魔力を持った、魔力隊の最強集団なのだそうだ。
そう説明してくれるジギスさんは、ロールケーキを食べながらまったりしている。仕事に戻らなくていいのか?
「……早いな」
ふいにフェンリルが言う。シュヴァルツも「早すぎますね」と言っている。まさかもう来たのだろうか。
「少し様子を見てくる」
フェンリルとシュヴァルツが消えた。転移したらしい。珍しいな、二人が転移で移動するなんて。ああ、結界の外に出たのか。
「なんだ?」
ジークさんの分とルドルフの分までロールケーキを食べたジギスさんが首をかしげている。お兄ちゃんなのに……。
『ルドルフ、皆を連れて我の元まで』
フェンリルから伝わってきた言葉にルドルフと顔を見合わせる。フェンリルが私たちを呼び付けるのは珍しい。
ジギスさんとジークさんを連れてフェンリルの元まで転移する。
「ここは、我とシュヴァルツ、互いの結界の狭間を広げた空間だ」
「この結界すごいな」
ジギスさんが真面目な顔で呟いている。
フェンリルとシュヴァルツの後ろに、ゴルトと一緒に白い馬がいる。ジギスさんが呼んだ魔獣だろうか。いつもみたいに結界の中に入れないのだろうか。
「此奴は我やシュヴァルツと同じ上位だ。だがあまりに勝手が過ぎ、皆から無き者とされていた。
ルドルフ、爺の前の代ほどだろうか、一つの小さき国が滅ぼされたであろう、此奴の所業だ」
ルドルフが言うには、爺様が子供の頃、とある小国が一晩で滅んだという。アルバの街を倍にしたほどの小さな国だったが、一晩でその国の全ての人が消えた。当時はその理由が分からず、皆恐れ戦いたそうだ。
フェンリルが言うには、自分の力を誇示したいためだけに、一つの国を滅ぼしたその傲慢さに、上位体の皆から無き者とされたらしい。
フェンリルたちは自分たちより力ないものには不可侵を決めているそうだ。
「今の此奴は契るに足る。だが人の世では許されることではなかろう」
ルドルフが難しい顔をしている。迷っているのが伝わってくる。
「なあ、お前たちは小さいとは言え国を一つ滅ぼすほどの力を持つのか?」
ジギスの言葉にフェンリルが答える。
「そうだな、上位体であれば可能だろう」
「その上位体ってどのくらいいるんだ?」
「片手の指の数より多く、両手の指の数より少ない」
「その上位体と契約できる人間はどれくらいだ?」
「今は我が主とルドルフのみ」
ジギスの問いに答えながら、フェンリルから『我が主の子も可能だろう』と伝わってきた。
「じゃあ、俺では契約できないのか?」
「いや、此度は此奴が汝との契りを望んでおる。汝であれば可能だろう」
ジギスさんがじっと考えている。
ジギスさんが考えている間、白い馬をじっくり観察すると、眉間に折れた角があることに気付いた。
「あれ? もしかしてユニコーン?」
「ん? ゆにこーんとは……ああ、なるほどな、なんだか似てるな」
ルドルフが私の知識からユニコーンについて解ったらしい。
ゆっくり白い馬に近づく。
「さわってもいい?」
聞けばゴルトが、「いいそうですよ」と教えてくれる。そっとたてがみを撫でるとさらさらとした心地いい手触りだ。
「この角は折れたままなの?」
「それがこのものの戒めだそうです」
ゴルトが通訳となって答えてくれる。
「そっか。もしかしてずっと結界の近くで待っていたの?」
「そのようです。リーエ様の存在を感じ、フェンリル様やシュヴァルツ様の気配を感じ、その力の及ぶ外れで待機していたそうです」
「ふふ、シュヴァルツと同じだね。でもそれにしても来るの早かったね」
「このものの早駆けは随一ですから」
私がゴルトを通じて白い馬と話していると、考え込んでいたジギスさんが声を上げた。
「ルードルフ」
「ああ」
ルドルフとの会話はそれだけだった。
近づいてきたジギスさんが白い馬の前に立つ。事前にやり方を聞いていたのだろう、ジギスさんは自分の指を噛み切り、その血を白い馬に与えた。
ジギスさんの魔力がほわりと白い馬を包み、その体に消えていく。本当に、何度見ても幻想的で美しい。
続いてジギスさんが言う。
「名の契約を。
お前の名はユニコーン、ユニコーンと名付ける」
「私の名はユニコーン、ユニコーンと名を賜う」
再びユニコーンはジギスさんの魔力に包まれ、その魔力がその体に消えていく。
「え? ユニコーン?」
幻想的な雰囲気より、その名に驚く。
「だって、ユニコーンなんだろ? そいつ」
ジギスさんの答えに何とも言えなくなる。間違ってはいない気もするけど……。
「ジギス、お前、名が思い浮かばなかったんだろう」
「そ、そんなことはない!」
そんなことらしい。いいのか、ジギスさん。
その間に、人型になったユニコーンの腰に、ジークさんが自分の上着を巻いていた。しまった! 見逃した! と思っていたら、ルドルフに睨まれた。……伝わってしまったらしい。