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05 浄化

 この世界に来て三日目にして、漸く私はこの世界に来たことの実感がわき三日間部屋に引きこもって泣いた。


 元の世界には戻れず、この世界で生きていくしかないと解ってはいる。

 解っているからこそ、戻れるかもしれないという希望がない。

 なぜ私だったのか。使命などがあるわけでもなく、唯々この世界に紛れ込んだ。

 私はどこにでもいるただのOLだ。特別仕事が出来るわけでも無く、出来ないわけでもない、全てが人並みな、どこにでもいるただの二十六歳の女だ。

 なぜ私だったのだろう。それが知りたい。それだけが知りたい。



 三日間、思いっきり落ち込んで、思いっきり泣いた。

 気が済むまで落ち込んで、気が済むまで泣けたからか、四日目にして開き直った。希望がないなら開き直るしかない。

 もう少し若かったら、もっと足掻いたのかも知れない。だが二十六にもなれば、色んな事に折り合いを付けて、諦めることが出来るようになる。開き直って、嫌なことを避け、前に進むことも出来るようになる。出来るようになりたい。


 落ち込んで泣きながらも、運ばれた食事はしっかりと食べた。落ち込んでいてもお腹はすく。泣けば尚更お腹がすく。

 落ち込んで泣きながらも、しっかりと寝た。落ち込んでいても眠くなる。泣けば尚更眠くなる。



 引きこもる前の晩、寝る前にはお風呂に入りたい……と考えながら、お風呂上がりのさっぱりとした感じを思い浮かベていると、体から出た魔力がほわんと体全体を覆ったかと思ったら、次の瞬間にはお風呂上がりのさっぱりとした状態になっていた。

 着ていた洋服もきれいになったようで、スープを飛ばして出来ていた小さなシミも消えていた。


 隣の部屋にいたルドルフが、魔力の気配を感じて慌てて部屋に様子を見に来た。


「おい、何をした?」

「うーん、なんというか、体を清潔な状態にしたいなーって考えてたら、魔力がぶわっと出て、一瞬体がほわんと包まれた? 感じになって、見たらきれいになってた?」

「……それは、*****の魔法だな」

「へ? 何の魔法?」

「*****だ」

「その言葉? 単語? が分からないかも」

「あぁ、魔法言語は古代語だからな。昨日カトゥにはこの国の言葉が分かる魔法をかけたんだが、古代語は分からないのか。

 一度解除して、この世界の言葉が分かるよう掛け直すか」


 ならば自分でやってみたい。

 ルドルフに一旦解除してもらった後、この世界の全ての言語が日本語に聞こえるようにと考えていたら、再び魔力に包まれた。


「私の言葉、分かります?」

「分かるぞ」


 ルドルフに一通りこの国の言葉や、他国の言葉を話してもらうと、私には全て日本語に聞こえた。

 この国の言葉での質問にはこの国の言葉で返し、他国の言葉での質問にはちゃんと他国の言葉で返しているらしい。言語の違いは解るが、私にとっては全て日本語でのやりとりだ。


 そしてさっきの魔法は、浄化の魔法だと教えてもらった。

 以降、全身浄化、顔の浄化、手の浄化などと頭に思い浮かべるだけで、浄化の魔法が使えるようになった。



 その浄化の魔法のおかげで、三日間思いっきり泣けた。

 泣いてぐずぐずになった顔も浄化すればすっきりさっぱり。浄化さまさまだ。

 浄化してはぐずぐずになり、また浄化してはまたぐずぐずになる。それを何度も繰り返した。


 引きこもっていた三日間、ルドルフには放っておかれた。

 仕事に行くと言って出掛けたきり、もう五日も宿屋に帰ってない。放置である。

 四日目になってもルドルフは帰って来ず、ちょっと心配になって、宿屋の女将さんに尋ねてみたら、明日には帰ってくるだろうと言われた。

 もしや捨て置かれたかと思っていたので、それを聞いて安心した。

 ルドルフが前金で宿代を払っていてくれていたらしく、追い出されることもなく、朝夕の食事も用意してもらえている。



 ルドルフが出掛けてから四日目、つまり開き直ったその日、ようやくこの世界やあの門とは何かを考えた。


 どうやら世界はミルクレープのように重なり合っており、クレープ生地が元の世界やこの世界のように肉体を持った世界だとすれば、クリームの部分は緑と青の世界のような精神だけの世界であることが解った。

 それらが何層も何層も重なっている。

 肉体を持つ世界は精神だけの世界に挟まれており、精神だけの世界は肉体を持つ世界に挟まれている。

 ごく稀に、接し合うそれぞれの世界の門をくぐり抜けてしまう人もいるようだが、私のように一度に2つもの世界の門をくぐり抜けた人は過去に例がない。

 何故私だけが二度もあの門をくぐれたのかは解らない。解らないということが解った。何故私だったのかも、解らない。



 宿屋の女将さんが運んでくれた朝食を食べたあと、ベッドに寝転びながら考え始め、解らないことが解ったところで、再度女将さんが夕食を持ってきてくれた。

 どれだけ長い時間考えていたのか。


 ちなみに朝食は朝の七時頃、夕食は夜の七時頃に女将さんが部屋に持ってきてくれる。食堂が一段落してから持ってきてくれているようで、食堂で用意される時間より一時間ほど遅めだ。


 この世界は元の世界と同じく一日は二十四時間で、二時間ごとに一刻、二刻と数え、一日は十二刻、元の世界と同じく真夜中で日付が変わる。

 朝の七時は三刻半、夜の七時は九刻半となる。

 二刻ごとにどこかで刻限と同じ回数鐘が鳴り、時間を教えてくれている。


 夕食を食べ、食べ終わった食器を浄化し、部屋の扉の外に出しておく。

 そして全身を浄化して寝た。

 考えすぎて疲れたからか、まだ寝るには早い時間だったにもかかわらず、すこんと夢も見ずに眠れた。



 この三日間、元の世界の夢を見ては目が覚めて泣く、ということを繰り返していたので、夢も見ず、目覚めても泣かなかった翌朝は、ものすごくすっきりとした目覚めだった。


 宿屋の女将さんによれば、今日はルドルフも帰ってくるのだろう。

 今日は今後どうするかを考えて、帰ってきたルドルフにその結果を話してみようと思う。

 ルドルフは本当に帰ってくるのだろうか。






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