L-07
婚儀の準備が進む。
リーエのドレス合わせや、各所での打ち合わせ、確認が行われた。ジルの婚儀との兼ね合いもあり、婚儀が重なることになった周りは右往左往している。俺の婚儀がねじ込まれたことによる混乱なので、積極的に協力している。
リーエもロッテから色々詰め込まれているようで、帰ると心なしかぐったりとしているため、そんなリーエを食べるわけにもいかず、このところの俺は我慢強くなっている。
そんな中、普段魔力隊本部の執務室に詰めているはずのジギスが、王城の執務室に乗り込んできた。
「いつになったらお前の嫁を俺に紹介するんだ! ジークはすっかり親しくなっているというのに! お前の右腕の俺はいつまでお預けなんだ!」
わざわざここまで来て何を言うかと思えば、未だリーエを紹介して貰っていないと言う。ジギスに会わせてなかっただろうか。
このところ俺の仕事を全て肩代わりしているジギスが拗ねると面倒なので、早速リーエと対面させる。ちなみにリーエもジギスに会った気でいた。そうだよな。
ジギスが気取って自己紹介をするものの、あっという間に素が出た。ジギスのこういうところが嫌いではない。
披露宴についてをジギスが話す。
出来るだけリーエを見せたくない故「小規模でいい」と言えば、ジギスにリーエの魔力の大きさとの関係を指摘された。そう言えばジギスは特殊能力持ちだった。
カールやジークの魔力の大きさの変化についても気付いていたらしい。
ジギスの特殊能力は素晴らしい。ジギスによって今の隊の編成が格段に向上した。特殊部隊を編成出来るのはジギスの能力あってこそだ。
ジギスの特殊能力について考えていると、ジギスにこの能力を与えたのがフェンリルだと解った。リーエも解ったらしく、ジギスに確認している。
早くジギスをこちら側に引き入れたいものだ。ジギスに話せば解決するだろう事が多くある。
日々慌ただしく過ごしているうちに、婚儀まであと三日となった。
その日、リーエが母上の前で無詠唱で魔力を使ってしまった。それだけ母上に気を許しているのだろう。リーエの大きな動揺を感じ、即座に転移すれば、母上に抱かれて慰められているリーエがいた。
母上に知られたなら、父上に知られるのも時間の問題だ。
選ばれし唯一は、選びし唯一に隠し事が出来ない。何となく知られてしまうのだという。だからこその唯一なのだが、気をつけないと秘密が漏れる。直系男子以外はこの事実を知らない。その伴侶たちは気付かぬうちに己の唯一のために不穏の芽を摘む役割を果たす。
父上と爺様には事実を話しておく方がいいだろう。そして二人には魔獣と契約させよう。事実を知るものがリーエを裏切ることのないよう。己の肉親であってもそれは許されない。
その晩、リーエをひたすら甘やかした。自分の失態を悔やみ落ち込むリーエを、言葉と体で甘やかす。
このところの我慢強さを挽回する気なんてない。だが思わず挽回してしまったのは仕方のないことだ。
「ティーナさんたちがいるのに……」と言いながら乱れるリーエがたまらない。防音の結界を施していることなど、もちろん教えない。堪えきれず漏れる声というのがなんともいい。我慢の甲斐もあるというものだ。
翌日父上と母上、爺様にリーエのことを話し、その内容を縛るようリーエに契約を施させる。魔獣と血の契約をすればその必要はないが、今はまだ契約前のカールとロッテにも施させる。ジークには必要ないが理由を聞かれては不味いので、ジークも加える。ジギスは俺に忠誠を誓っているから大丈夫だ。
父上と爺様に魔獣との契約を勧め、その場で爺様が魔獣と契約する。フェンリルも抜かりがないな。
爺様の魔獣はフェンリルの眷属だという灰色の狼だ。なんと女性だった。思わずその姿を凝視していたら、リーエに怒られた。俺はリーエにしか反応しない!
そう言えば、魔獣と契約すると寿命が延びる話しはしていない。まあ、爺様は残りが倍になる程度、父上やジークはそれ程元の魔力が大きくなかったことから長寿の範疇に収まりそうだ。カールについては……そのうち話そう。
婚儀である。
既にリーエと番となっている俺にとっては、単なる面倒な儀式である。
俺の支度はあっという間に終わり、同じく支度を終えた兄弟が控えの間に集まる。
カールに、リーエが契約を施したことを話せば、既に理解していたらしい。それよりティア殿がヴァイスを気に入って離さないと愚痴られた。爺様も魔獣と契約したことも既に耳に入っているらしく、父上が魔獣との契約を楽しみにしているらしいことも掴んでいた。
リーエから強い感情が伝わってくる。フェンリルからは「心配ない」と伝わってくるが、念のためにカールに断って転移する。転移したところが母上の私室だったために、久しぶりにしこたま注意された。
リーエが幸せそうで、俺も嬉しい。そんな俺を見て母上が呆れていた。
リーエを伴い契約の間に向かう。兄上の前で跪けば、その横でリーエも腰を落とす。ロッテとの練習の成果か、危なげなくやり遂げている。
誓いの書への署名が終わり、高台へと移動する。
ジルの伴侶となったアンゲーリカと共に緊張しながら、広場に集まった民に手を振っている。唇をほとんど動かさずに愚痴り合う二人に、ジルと顔を見合わせ笑ってしまう。俺たちが笑ったことで民からの声が一層上がる。普段の俺はジギスに言わせると愛想がないらしく、珍しいものが見られたと民が喜んでいる。少しばかり悲しい事実だ。リーエには知られないようにしよう。
晩餐会までの空き時間、露天風呂に入りに家に戻る。留守番のレオとゴルト、シュヴァルツに変わりないかを確認し、俺も露天風呂に向かう。嫌がるリーエを丸め込み、まんまとリーエの体を目で楽しむ。こういう楽しみがなければこんな面倒なことなどやってられない。リーエを味見しようとしたところでロッテの声が掛かり、お預けとなった。
晩餐会の控え室に向かえば、リーエが母上とエル殿にアベラールの第五王女に注意するよう言われている。あの王女が来ているのか。面倒だな。姉上に目で訴えられた。大丈夫だ、俺が守る。
兄上から順に入場する。晩餐会の開始だ。
席に着くと呆けているリーエがいた。人の多さに驚いたのだろう。子だくさんと言うこともあり、王族は多い。晩餐会はこの国の王族と各国からの賓客のみが参加する。
アベラールの例の王女がリーエをこれでもかと言う程睨んでいる。さりげなくその視線からリーエを守るよう、結界を張る。女って怖いな。あの王女は特別おかしいが。
人の多さに呆けたままのリーエに、頭の中で指示を出せばその通りに動く。面白い。思わず笑えば、それを見た周りが少しざわめく。普段の俺の愛想の無さを悔やむ……。
頃合いで一旦退出し、俺たちやジルたちはそれぞれの披露宴会場に向かい、他は再度大広間に戻り社交の時間となる。先に退出していたエル殿がリーエを褒めているが、呆けていたリーエは憶えてないだろう。
呆けていたことを悔しがるリーエと再度家に戻り、衣装を変える。
リーエは以前贈ったドレスの色を変え身につけている。色が違うだけで随分と印象が変わる。俺も王族としての正装から魔力隊としての正装に着替える。
ロッテを留守番に残し、ジークと共に披露宴会場となる魔力隊本部の執務室まで転移すれば、ジギスが待ちかねていた。昨日リーエと共に作ったクッキーをつまみ食いして、「旨い!」と叫んでいる。俺も昨日叫んだ。
会場へと向かう途中、野次馬が湧いているとジギスが言うが、あいつらにリーエは見せん。
会場へと入れば、祝いの言葉を掛けられる。リーエが挨拶するが、よろしくさせるつもりはない。
魔力隊では身分を気にするものはあまりいない。むしろ魔力の大きさを気にする。だからか皆砕けており、早い話、品がない。粗野な印象を受けやすい武力隊の方が、よほど身分に厳しく品がある。
女性部隊の存在を知ったリーエから、自分もそこで稼ぐことが出来たと詰られたが、教える以前に選択肢など最初からない。こそこそと話していたら、ジギスが余計なことをリーエに言ったために、リーエが誤解している。俺に元カノはいない! ……元カノの意味が分かってしまう辺り、リーエの知識に毒されてる気がする。
和やかだった会場に、招かざる客が紛れ込む。警備はどうなっているのかと思うが、他国の王女を止められるはずの俺がここにいるのだから仕方ないか。それでも何とかしろよ、お前ら。扉の向こうの山のような野次馬を睨む。面白がっている気配がそこかしこでする。あとで憶えてろ、フェンリル仕込みの扱きをお見舞いしてやる。
王女がリーエに放つ蔑みの目に苛立つ。この女は、王女であり、魔力がそこそこ大きい、見目のいい自分こそが俺にふさわしいと思い込んでいる。全てにおいてリーエに劣っているとも知らず、リーエを蔑む。聡明なエル殿の妹だとは思えない頭の作りだ。そのエル殿でさえ自分より魔力が小さいと蔑んでいるのだから始末に負えない。
何を言っても聞かない王女に我慢ならず、思わずリーエに口づけた。貪るように口づけていると、リーエから、「怒りながら口づけされても嬉しくない」と伝わってきたことで一気に頭が冷え、リーエに謝罪すれば、面白がっていた野次馬からヤジが飛んだ。思わずリーエを背中に隠す。お前らは見るな!
ようやく王女のお目付役がやって来て、王女を会場から連れ出す。あのお目付役は毎回本当に役立たずだ。見ればエル殿の女官長も手を貸している。あとで礼を言わねば。
王女のおかげで場が異常に盛り上がり、リーエのクッキーの争奪も始まり、結局はいい披露宴となった。
ジギスに、「お前すごいな」とよく分からない褒め言葉を貰った。




