40 婚儀
ついに婚儀当日。
前日ルドルフと二人、まったり過ごせたからか、なんとなく落ち着いている。
ティーナさんの私室で準備を済ます。
ティーナさんの私室は、アイボリーを基調とした柔らかい雰囲気のシンプルな内装だ。シンプルだけど手もお金も掛かっているのが一目で分かる調度品に囲まれている。
一応王城には私の私室も用意して貰ってはいるのだが、一度も使ったことがない。それもあってか、ティーナさんが是非にと誘ってくれたので、遠慮なくお邪魔している。
ティーナさんの私室はツアさん以外は出入りさせないようにしていると聞いたので、ティーナさんが気に入っていたスキンケアグッズを手土産にしている。ツアさんと二人分だ。
ツアさんはティーナさんと同じものは使えないと遠慮していたが、ティーナさんが「ツア! 二人で美しくなりましょう!」と妙に気合いを込めてツアさんに一式渡していた。
コルセットをぐえっと絞られ、ドレスを着せられた私は、ドレスに着られている。……こればかりは仕方がない。似合っていないわけではないので良しとする。所詮は庶民の精一杯だ。
御披露目の時にルドルフから貰った魔石を身につける。今日は左耳のピアスにフェンリルが宿っている。
「リーエ、これを。私が輿入れの際、身につけた物ですが……」
そう言ってティーナさんがティアラを頭に乗せてくれた。
「本来なら新たに用意する物ですが、今回は時間がなかったので。私の物でごめんなさいね」
ティーナさんが申し訳なさそうに言う。
「ティーナさん……。ありがとうございます。すごく、すごく嬉しいです。
花嫁は、古い物、新しい物、借りた物、青い物の四つを身につけると幸せになれるという言い伝えがあるんです。
ティーナさんのティアラ、ルドルフの魔石の青、この新しいドレス、そしてこのドレスの飾りの一部はティーナさんのドレスから頂いたとツアさんに聞きました。
サムシングフォーと呼ばれるのですが、それが全て揃っているんです。偶然とは言え、こんなに幸せなことはありません」
そう言うと、ティーナさんが抱きしめてくれた。私も抱きしめ返す。どうしてこんなに優しくして貰えるのか。本当に嬉しい。
出来れば両親にも見て欲しかったな。
普段考えないようにしている元の世界のことを思い出したからだろうか、胸にこみあげてくるものがある。叫び出したいような、泣き出したいような、吐き出したいような。
私の感情の高ぶりを感じたルドルフが、ティーナさんの部屋にいきなり転移してきて、ティーナさんに怒られている。
「リーエ、大丈夫か?」
ルドルフは過保護だ。
でも今はその過保護さに救われる。こみあげてきた全てを胸に納めて、今は幸せだけを感じていたい。
正装したルドルフはいつもより格好良く見える。
真っ白なシャツの上に、ルドルフの色である青のチュニックは金のボタンや肩飾り、赤や白の細いラインがアクセントになっている。羽織った短いマントのような、ケープと言うのだろうか、それも王子様っぽくてちょっとときめく。
ただ、全体的にひらひらしているのが、なんとなくルドルフのイメージとは違うような気もする。ルドルフもひらひらが気になるらしい。
とはいえ、いつもの魔法使いさながらのローブ姿より格段に素敵だ。
そのままルドルフと一緒にティーナさんの部屋を出て契約の間に向かい、国王を筆頭に並み居る王族たちが見守る中、なんとかカーテシーをやり終え、誓いの書への署名を済ませる。緊張のせいで普段より一層下手くそな、よれよれの署名になってしまった。ルドルフが横で笑いを堪えている。
同じく署名を済ませた五男夫妻と共に、ベランダから広場に集まっている国民に手を振る。うぅ、緊張して手が震える……。
ルドルフと五男に挟まれた花嫁二人は、手を振りながら「緊張するー」「手が震えるー」「顔が引きつる−」と小声でささやき合っていた。
五男嫁のリカさんは、その赤い髪に合わせたのか、薄いピンクのプリンセスラインのドレスだ。「赤い髪が映えて綺麗ね」と言えば、一瞬驚いたような顔をしたものの、嬉しそうに笑っていた。これまたロッテとは違うタイプの可愛さだ。可愛い女の子はドレス姿も様になっていていいなぁと、ちょっとやさぐれた。
昼食を挟み、晩餐会までは体を休めるよう言われ、ルドルフと一緒にそそくさと家に戻り、露天風呂で体をほぐした。「夫婦なんだから」「別々に浸かる時間はないから」と一緒に露天風呂に入ろうとするルドルフを阻止するのに疲れ、結局恥ずかしながらも一緒に露天風呂に浸かり、二人でまったりした。
ふうっと息を吐き出し、まったり〜と躰の力が抜けきったところで、ロッテに扉の外から声を掛けられ、晩餐会の支度に向かう。抜けた力が再び肩あたりから入ってしまう。明日は肩こりが酷そうだ。
ティーナさんの部屋でまたもやぐえっとコルセットで絞られ、ドレスを着せられ、髪を結われ、晩餐会の会場へティーナさんと一緒に向かう途中、エルさんに遭遇した。
「あら。露天風呂に入ってきたわね。ずるいわリーエ。私だってこの連日随分と疲れているのに……」
見るからにお疲れなエルさんに愚痴られた。
「これが終わったらお好きなだけどうぞ」
「ではもうひと頑張りするわ!」
エルさんが妙に気合いを入れていた。横でティーナさんが笑っている。
「いいこと、リーエ。誰に何を聞かれても、あなたは何も言わず、全てルードルフに答えさせなさい。決してルードルフから離れないように」
ティーナさんが厳しい顔をして言う。エルさんも肯いている。
「アベラールの第五王女が来ているのよ。気をつけなさい。彼女はルードルフ殿下にご執心だったから……」
エルさんが顔をしかめて言う。ルドルフへの態度があからさますぎて目に余るらしい。エルさんの妹さんだが、魔力が大きく、それゆえか少し驕りがあるのだとか。
「大丈夫ですよ。リーエには私が付いてますから」
いつの間にかルドルフが後ろにいた。ルドルフの後ろにはルドルフ一家勢揃いだ。いつの間に。
「さて、それでは行きますか」
長男がエルさんを伴って扉の向こうに消えて行った。いつの間にか会場の扉の前にいたらしい。本当にいつの間に……。なんだか目まぐるしくてよく分からなくなる。
「ほら、リーエ、呆けてないで」
ルドルフに腕を取られ、会場に足を踏み入れる。
自分が用意された席に座り、ふと顔を上げると、ずらりと並ぶ王族の数の多さに驚く。子だくさんすぎるだろう。さっきの契約の間にいたのは直系男子とその唯一だけだったらしい。
呆けていたら、『立つ』『膝を折る』『戻す』『座る』『笑顔』とルドルフから何度か指示が出た。その度に何も考えずその指示に従っていたら、晩餐会が終わった。
……いつの間にか終わっていた。
「ほら、リーエ、呆けてないで」
ルドルフに手を取られ、会場を後にすると、エルさんが待ち構えていた。
「上出来だったわよ」
とてもいい笑顔と共にお褒めの言葉を頂いたのだが……。ルドルフを見ると笑っていた。
「きっとリーエは何も覚えていませんよ」
……その通りだ。
エルさんの不思議そうな顔を残して披露宴会場に向かう。
晩餐会の会場に足を踏み入れた瞬間から、何となくしか憶えていない。
思い返せば契約の間でのことも、高台でのお手振りも、断片的な記憶しかない。なんというか、スライドショーのように場面が次々と変わったようにしか思えない。
記憶が飛ぶほど緊張していたみたいだ。
そりゃあ、緊張もするよ。庶民は経験するはずもないことを、今日は立て続けに経験したのだ。憶えて無くて当たり前……と思うことにした。
うん、気にしない、気にしない。ルードルフのおかげで失敗はしていないはず。
「ルー、……ありがと?」
「いや、大したことではない。だが呆けていた方が笑顔が自然でよかったぞ」
うくっ、悔しい。




