36 カーテシー
婚儀までに、ロッテに礼儀作法や立ち振る舞いについて教えて貰う。時間がないので、外せないことだけを徹底的に教えて貰う。
その間プチサイズのフェンリルたちがレオの子守をしている。
浄化の魔法があるのでおしめの必要がないと聞いて驚いた。そう言われればそうだ。
女官長候補となるだけあって、ロッテは若いのに優秀だ。ジークとロッテはまさにエリート夫婦。主が私で申し訳ない。
ロッテと呼び捨てているのを聞いたジークが、「私のこともジークと!」と力一杯訴えてきたので、遠慮なくジークと呼ばせて貰っている。よく考えれば、ジークは私より年下だ。しっかりしていて物腰も落ち着いているので、ついつい年上のように感じてしまう。ロッテは更に年下なのに、同い年くらいの感覚だ。私が幼すぎるのだろうか……。
「そうです。そのまま、上体がぶれないよう」
挨拶するときの姿勢が地獄だ。
ドレスを軽く持ち上げ、腰を落とし、目線を下にしてそのまま静止。声がかかるまでその姿勢を維持する。いわゆるカーテシーなのだが、中腰がキツイ。腹筋の無さが堪える。曲げた足がふらつく。いっそのこと膝を突いてしまいたい。男子は楽でいいな。
「陛下の御前ではさらに上体をそのまま前に倒します」
そのまま私も倒れました……。ロッテが笑いを堪えている。笑っていいよ。
「リーエ様より高い身分の方はそう多くはないですから、上体を倒すのは国内では陛下の御前くらいです。それ以外は上体を倒さず、腰を落とすだけで直ぐに元の姿勢に戻って構いません。陛下の御前では……堪えてください」
その後なんとかロッテから及第点を貰ったときには、足がぱんぱんになっていた。
お昼を食べに来たルドルフに成果を見せると褒められた。もっと褒めて。褒められて伸びる子だよ、私。
ジークさんと一緒に頭にプチゴルトを乗せたレオがプチシュヴァルツの背に乗ってやってくる。その横を歩くプチフェンリルが、てちてち側にやってきて、ぺろんとふくらはぎを舐めると、足の張りが消えた。
「ありがと、フェン」
「どういたちまちて」
「……フェン、赤ちゃん言葉になってるよ」
フェンリルがふがふが照れた。いつも威厳たっぷりなフェンリルの赤ちゃん言葉……破壊力抜群だ。思わずフェンリルをわしわしとなで回してしまう。プチサイズ、かわいい。ついでに肉球を触ろうとしたら逃げられた。ちぇ。
「この後母上たちが来るそうだ」
食後、ロッテが入れてくれた紅茶を飲みながらルドルフが告げた。
「そうなの?」
「リーエのドレス合わせだそうだ」
「ドレスって、オーダーメイドじゃなかったっけ?」
「母上の女官長が、リーエと体型の近いものでドレスを仕上げている。今日は細かい調整をしたいそうだ。この後執務室まで一緒に行くぞ。ロッテ、支度を」
ロッテにドレス合わせに邪魔にならないようにと、髪を結い上げられた。
「服装はこのままでもいいと思う?」
「先王妃殿下は全てご存じですし、ルードルフ様の執務室からは出ないでしょうし……。いずれにしましてもフロレンツィア様が心得ておりましょう」
「お土産、持って行った方がいいかな?」
「喜ばれるかと」
クッキーの缶を二つ抱え、仕事部屋からルドルフの執務室に転移する。
既にティーナさんとツアさん、長男嫁で王妃様のエルさんと、次男嫁のティアさんもいた。しまった、クッキー二缶しか持ってこなかった……。
「ティーナさん、こんにちは。本日はよろしくお願いします」
ティーナさんにいつも通り挨拶し。エルさんとティアさんとも挨拶を交わし、ツアさんにはクッキー缶を渡しながら小声で挨拶した。
「では早速……」
ツアさんにルドルフの執務室の隣にある仮眠室に連れ込まれる。
「まずはこちらを身に着けて頂きます」
渡されたのは久しぶりに見るステテコとコルセットだった。それらを身につけ、ぎゅぎゅっとコルセットの紐を背後で絞られ、ぐえっとなりながらツアさんとロッテにドレスを着せられた。一人で着られる気もしないが脱げる気もしない。それにしてもツアさん、採寸してないはずなのにぴったりです。
「もしかして、御披露目の時のドレスを用意してくださったのもツアさんですか?」
「さようにございます。リーエ様、ツアと」
「う−。でもツアさんはツアさんなんだけどな……皆の前では気をつけます。ドレス、ありがとうございます」
ツアさんが苦笑いしながら頷いてくれた。
ツアさんが執務室への扉を開き、執務室に連れ出される。
「あら、いいですわね」
「そうですわね」
エルさんとティアさんがクッキーをつまみながら言う。ジークが用意したのだろう。紅茶まで用意されている。
限りなく白に近い薄い水色のプリンセスラインのドレスを軽く持ち上げながら、膝を折る。
「よろしくお願い致します」
「あら、なかなか様になっていますわ」
「ええ、とてもいいですわ」
ロッテ指導の成果です。そのまま前に上体を倒してみる。
「良いですね、頑張りましたね」
ティーナさんが褒めてくれた。
上体を起こして元に戻れば、揃ってふふっと笑い出した。
「歩くときにもう少し姿勢がよくなると更に良くなりますわ。今回は仕方ありませんが、作法が必要な面倒なことは私たちに任せて」
「私たちは慣れていますからね」
エルさんとティアさんが言う。
ティーナさんを含め三人は、王家に生まれているので、こういう作法は朝飯前なのだそうだ。
その後ロッテに紅茶を入れて貰い、女同士で語り合う。高台での手の振り方や、晩餐会での細かい注意も、面白おかしく教えて貰う。
「あなたは静かに微笑んでいればいいわ。あとはルードルフ殿下が何とかなさるでしょう」
エルさんがルドルフと同じことを言う。
「あの、私のこと、皆さんで守ってくださって、本当にありがとうございます」
エルさんとティアさん、ティーナさんが顔を見合わせる。
「何を言うかと思えば。
あなたはたった一人でこの世界に降りたのでしょう。
私たちは家族になるのです。助け合うのも守り合うのも当たり前のことです」
「そうですよ。慣れている人が慣れていることをしているだけ。あなたはあなたが出来ることをすればいいのです」
ティーナさんとエルさんが当たり前のように言う。
「そのままのあなたを皆が好ましく思っています。ですから、あなたはこれからもそのままで」
甘やかされてるって分かっていてもすごく嬉しい。もっと頑張ろう。姿勢良く歩く練習もしよう。
「次は私、ヴィルヘルミーナと同じように露天風呂に入ってみたいですわ。ヴィルヘルミーナが肌が綺麗になったと言っておりましたから」
「たしかに露天風呂に入ると肌の艶が良くなりますね」
ティアさんにティーナさんが同意したからか、エルさんも興味津々だ。
今私の出来ることは、家を皆に開放することらしい。お安いご用だ。
「でしたら、今度、お休みの前の日から泊まりがけで遊びに来ませんか?」
「良いのですか?」
「ルドルフ、いいよね?」
姦しい横で執務中のルドルフに声を掛けると、片手をあげて了承してくれた。
公務の時間が来たエルさんとティアさんが退出するまで、姦しさは続く。
その後、ティーナさん監修の元、私のドレスの調整が行われた。更にぐえっと絞られた。これ以上はコルセットが裂けると思われるぎりぎりまで絞られ、余分なお肉を全て胸にかき集められたにもかかわらず、思っていたよりも足りなかったらしい。ティーナさんが見たこともないほど険しい顔をしていた。……泣ける。




