04 市
この世界に来た翌朝、ルドルフに連れられて、ひとまず必要な着替えなどを買いに行く。
六日に一度立つという市に向かう途中、大まかなお金の使い方と価値、お店での買い物の仕方などを教わった。
小さな丸い一円玉ほどの大きさの小銅貨一枚が凡そ十円くらいの価値らしい。
小銅貨十二枚で銅貨一枚。銅貨が十二枚で角銅貨一枚。角銅貨が十二枚で小銀貨一枚。小銀貨が六枚で銀貨一枚。銀貨が六枚で角銀貨一枚。角銀貨が六枚で金貨一枚だそうだ。
銅貨一枚で、食パン一斤くらいの大きさのパンがひとつ買えるらしい。
私が泊まっている宿屋の十畳ほどの一人部屋が、一泊二食付きで角銅貨四枚。トイレと洗面は部屋に付いているが、お風呂はない。
ちなみに二人部屋は同じ大きさの部屋にベッドがふたつとなって角銅貨六枚らしい。角銅貨三枚の一人部屋は六畳ほどの広さになるそうだ。
職種や立場によって違うものの、一般的には一日働いて角銅貨六枚ほどが稼げ、一区切りで銀貨六枚くらいが一般的な収入らしい。
「俺は一区切りで金貨一枚稼ぐ」
鼻の穴を膨らませ、ちょっと偉そうにルドルフが言う。
月収百万以上か! お金持ちだな、ルドルフ。でもその割にけちだな、ルドルフ。
街の中心にある大きな広場に市が立つらしい。
毎日営業している商店とは違って、市は一般の人が持ち寄った商品を販売するのだと言う。フリーマーケットみたいなものだろうか。
自分の家で採れた野菜や果物を売っている一角、着なくなった洋服や使わなくなった物などが売られている一角、その横には裁縫が得意な人たちが集まって、市で買った古着のサイズ直しをしている一角などが目に付く。料理が得意な人たちが開いているらしい屋台の一角も見える。
買い物の仕方は特に変わったこともなく、商品を選び、お金を払って商品を受け取る。ただし買い物袋などはもらえない。皆マイバッグ持参か、そのまま持ち帰るそうだ。
今着ているのと同じような、お直しが必要なさそうな長袖のシンプルなワンピースを色違いで二枚買ってもらった。
ちなみに下着はウエストを紐で結ぶ厚手のステテコのようなものと厚手のタンクトップのようなもので、タンクトップはまだしもステテコはイヤだなと、それぞれ一枚ずつしか買わなかった。ちなみにこれらは新品だ。お裁縫が得意な人たちが作ったものらしい。
ステテコはイヤだなと考えていたら、魔力を使って作ることが出来ると例の不思議な感覚で解ったので、あとで生地を買って自作しようと思う。
この世界に来たときの私は、この世界に合わせて肉体が形成されたこともあり、服装もこの世界に合ったものになっていた。……つまりステテコ着用中である。
市が立つ大広場を中心に十字に大通りがあり、それぞれが街と街とを結ぶ街道へと繋がっている。
街は三メートルほどの高さの街壁にぐるりと囲われており、大通りから街道へは街壁に設けられた門をくぐる必要がある。それぞれの門には門番が立ち、街に入るにはそこで簡単な検閲をされる。ちなみに私はルドルフと一緒だったので、並んでいる人たちを横目にするりと通り抜けられた。
「ルドルフって偉い人なの?」
「俺はこの国で一番大きな魔力を持つ魔法使いだ」
やっぱり鼻の穴を膨らませながら教えてくれたのだが、偉い人はやっぱり顔パスなんだな、とどうでもいいことを考えていた。
私たちが街に入るときに多くの人が並んでいたのは、今日市の市をめがけて近くの小さな町や村から人が集まっているからだと、鼻の穴を膨らませたままのこの国一番の魔法使いが教えてくれた。
「現時点でのこの国の一番は私になってしまいましたね」
ルドルフだけに聞こえるよう小声で告げると、この国の二番になってしまった魔法使いの鼻の穴が萎んだ。二番じゃダメらしい。
十字に走る大通りにはそれぞれの名前が付いているそうなのだが、これまた長ったらしい名前だったので憶える気になれなかった。
私たちが泊まっている宿屋は、大通りから少し入った広場に近い場所にある。
市を一通り眺めながら必要な買い物を済ませ、ついでに昼食も屋台の薄味のサンドイッチで済ませ、帰りがけに一般の商店で針と糸、肌触りのいい六十センチほどの幅の生地を二メートルほどを購入し、宿屋に戻る。
ちなみに宿屋の名前もやっぱり長い。通称青い看板の宿屋だそうだ。私の中では青い看板の宿屋を正式名称とした。
青の看板の宿屋に戻り、さっそく下着作りに挑戦する。
ルドルフが夕食だと呼びに来てくれるまで、無心に魔力を使っていたが上手くいかない。生地に伸縮性がないので、体にフィットしない。だからステテコなのか。せめてショートパンツくらいにしよう。
昨夜同様宿屋の食堂で夕食を取る。頼めば部屋まで食事を運んでもくれるそうだ。
メニューは昨晩と変わらず、パンと野菜や肉を煮込んだスープ、それにお茶のような飲み物かお酒が一杯付く。
元の世界と似たような野菜と、牛のような生き物の肉が使われていることが分かった。塩で煮込んだだけのようで、まずくはないが美味しくもない。朝食は、夕食とは違う種類のパンと夕食より具も量も少ないスープ、夕食と同じお茶のような飲み物だった。
お昼に食べた屋台のパンもそうだが、今まで食べていたパンのように柔らかくはない。ぱさぱさとした堅めの、パンというよりナンのようで、やっぱりまずくはないが美味しくもない。
「明日、俺は朝からどうしても外せない仕事があるんだが、カトゥはどうする? 一人となるが大丈夫か?」
食べ終わったルドルフが、お酒のような物を飲みながら、少し心配そうに聞いてきた。
私としては、まずは何よりこの“解る”というこの不思議な感覚を理解したい。
「色々考えたいことがあるので、おとなしく部屋に籠もっています。一日くらい一人でも大丈夫ですよ」
「そうか、では明日は部屋でのんびりしているがいい。女将にも伝えておく」
答えた私を何とも言えない表情で眺めていたルドルフは、私が食べ終わるのを静かに待ち、その後連れ立ってそえぞれの部屋に戻った。