32 魔力増大
ジークさんは大きくなった魔力をしばらくは隠すそうだ。
魔獣の契約を公にしていない以上、いきなり大きくなった魔力は不自然極まりないと言う。
ゴルトはジークさんと縁のあるロッテさんとも繋がったらしく、ロッテさんの身も守って貰えるとジークさんは喜んだ。
私と常に一緒にいることになるロッテさんも、私同様狙われる可能性があることに今更ながら気付いた。自分の考えの足り無さに嫌になる。
「危険な目に遭わせてしまうかも知れないなら、女官長なんていらないよ」
「そういうわけにはいかない。誰かしら女官長は必要だ」
立場的に女官長がいないというのは良くないのかも知れないけど、ロッテさんを危険に巻き込んでまで側にいて欲しいわけじゃない。
「それでも。リーエ様の女官長になるのは私です!」
「自分もいるから大丈夫だ」
力一杯ロッテさんが宣言してくれる。それにゴルトの言葉が続く。
そんな真っ直ぐな好意が申し訳なくも嬉しくて、思わずロッテさんとゴルトに抱きつけば、フェンリルとルドルフにゴルトだけが引き剥がされていた。二人の過保護加減が日に日に増している。
「そういえば、ゴルトは早く着いたんだね。フェンリルは明日になるって言ってたけど」
「自分は空を飛べますから」
「我らが空を駆けるのとゴルトとではその早さが違う。我が思っていた以上にゴルトは早く飛ぶようだ」
「すごいんだね、ゴルト」
ゴルトは然もありなんって顔をしているのに、何故かジークさんが照れている。ゴルトが褒められて嬉しかったのだろうか。繋がるって不思議だ。ロッテさんも嬉しそうにしている。
「結界を張っていたのが我らだったゆえ、あらかじめゴルトを結界内に入れることが出来た。これからも結界は我らが張るが良いか? さすればいざという時には我らの蛮族も結界内を守ることが出来る」
「この家には、我が主やリーエ様の許可なき者は入れないよう結界を張ろうと思うのですが、よろしいですか?」
フェンリルとシュヴァルツがルドルフに聞いている。
「そうだな。外の結界は今まで通り人の真似で頼む。この家の結界は古代魔法で頼めるか?」
こうなると長い。
ジークさんやゴルトも加わって、男同士で魔法談義が始まった。
私はロッテさんを誘い昼食の準備をする。
御披露目が思った以上に簡単に終わったので、まだお昼前だ。
「お昼だよー」
ルドルフとジークさんに声を掛け、皆で同じ席に着く。相変わらずジークさんとロッテさんは遠慮がちだ。私たちと一緒にいるならなんとか慣れて貰いたい。
元々ルドルフは魔力隊では割と気安く振る舞っているらしく、ジークさんはそこまで抵抗はないようなのだが、ロッテさんはこっちが悪いことを強要しているのではないかと錯覚してしまうほどに恐縮する。
ルドルフは王族だが私は庶民だ。我が儘だとは分かっているが、家でまで傅かれるのは遠慮したいと言えば、一応は納得してくれた。
昼食を終え、デザートのプチケーキを魔獣組も加わってみんなで食べていたら、ルドルフが思い出したように言う。
「そうだ、リーエ。結界内にジークたちの家を建ててもいいか?」
ジークさん夫婦が私たちの侍従長や女官長になるならば、いずれは常に側に控えることとなるためだそうだ。王城ではそれぞれ専用の住居が用意されるらしい。
「うん、多分大丈夫」
「ああいや、リーエが建てるのではなく、俺が建ててみようと思ってな。
格段に大きくなった魔力を抑えるのになかなか慣れなくてなぁ、一度解放しておきたい」
「それはわかります。私もゴルトと繋がったからか、今までと同じように抑えていると漏れてしまいそうで」
ルドルフもジークさんも今までの倍どころか五倍近く魔力が膨れあがったそうだ。
「魔力熱が出るんじゃない?」
「リーエじゃあるまいし。俺たちは今までがあるから何とかなる」
「私は、今晩あたり軽く出そうです」
ジークさんが恥ずかしそうに言う。
魔力熱ってそんなに恥ずかしいことなのか……。七日間も寝込んだ私って……。軽く落ち込む私の頭をルドルフが撫でてくれた。ロッテさんもジークさんに寄り添って「大丈夫?」と心配している。
なんだこの妙に甘酸っぱい空気は。
「ところで、どんな家にするの?」
甘酸っぱい空気を追い払うべく声を上げたら、ちょっとうわずった声になってしまった。
「ん? そうだな、この家ほどの大きさはいらないだろうが、どうだ?」
「よろしいのですか? 隣に居を構えても。転移で通うことも可能ですが」
「この結界内の方が安心だからな。お前たちもそうだが、いずれは子供たちのことも考えた方がいいだろう」
通常、二十四時間主に仕えることとなる女官長は子育てが出来ない。
女官長以下の女官であれば交代での勤務となるため可能だが、常に主に付き従う女官長には難しい。それゆえに女官長となる人は子育てが終わった者が多い。侍従長も同様だ。
ルドルフはジークさんとロッテさんにいずれは子供をと思っているらしい。急に若くして侍従長となるジークさんと、それに伴ってやはり若くして私の女官長になるロッテさんへの、ルドルフなりの気遣いのようだ。
「今すぐには無理だが、いずれ落ち着いたら俺たちも子を授かるだろう。その時にジークたちの子がいてくれたら、俺もリーエも心強い。王城ではなくここで子育てするだろうからな」
ルドルフがジークさんをしっかり見据える。
「だからな、ジーク。養子に出した子もここで育てろ」
「ルードルフ様……ご存じでしたか」
「知らぬ訳あるまい。ジギスヴァルトも心配していたぞ」
「どういうこと? 養子って」
ジークさんたちは夫婦揃って私たちに仕えるために、一人息子を急ぎジークさんの長女夫妻の養子としたそうだ。
自らの子を手放してまで私たちに仕えるなんて、それは駄目だ。この世界では当たり前なことなのかも知れないけど、私には無理だ。その罪悪感に耐えられそうもない。
「そんなことまでして私たちと一緒にいなくても……。一緒にいてくれるなら、みんな一緒がいいよ。親子が離ればなれになるなんて……よくないよ。二人は子供と離ればなれなのに、その二人の前で平気な顔で子育てなんて出来ないよ」
ルドルフも頷いている。
ジークさんははっとしたように私を見て、ロッテさんはその顔を歪めた。
「よし! ルドルフ、明日は丁度お休みだし、ジークさんたちの家を建てちゃおう。ジークさんたちは明日までにどんな家にするか考えといてね。ちゃんと子供部屋も作るんだよ!」
堪えきれず涙を零してしまったロッテさんと共に、ジークさんが膝をつき、ルドルフに改めて忠誠を誓っている。
ルドルフは私の知識から、子育てについて知ったのだろう。通常妃は自分で子育てをしない。だからこそ、私自身が子育てできるよう考えてくれている。その準備をしてくれている。
ルドルフから私に関する強い思いが伝わってくる。
私はその気持ちにちゃんと応えられているのだろうか。
フェンリルも、シュヴァルツも、ゴルトも、静かに様子をうかがっていたが、子供が来ると分かって嬉しそうだ。特にゴルトは二人と繋がっているからか、すでにお兄ちゃん気分らしい。
「主たちの子も楽しみだ」
フェンリルが余計なことを言っている。そういうことを大きな声で言うんじゃありません。




