31 御披露目
結果から言えば、無事に終わった。
無事に終わったというべきかなのか、私は一言も話さずに済んだ。
ルドルフは、私が自分の伴侶であること、私はお爺様の養女であること、婚儀は早々に行うこと、婚儀後はラウつ……ラウなんとかを名乗ること、他にも細かいことをつらつらと一気に話した。
いくつか上がった質問にも全てルドルフが答え、陛下の了承を受けて終わった。
その間私はおじいちゃんから、ここにいる人たちのことを聞いていた。
ここに集まっているのはいわゆる直系男子だそうだ。ルドルフの兄弟、ルドルフのお父さんの兄弟、ルドルフのお父さんのお父さん、つまりはおじいちゃんの兄弟だそうだ。
みな唯一の存在のことを理解している者たちばかりだからこそ、特に反対もなく了承されるという。
漸く現れたルードルフの伴侶だと皆が喜んでくれ、思った以上に好意的で驚く。どこの誰とも知れないのに、いいのだろうか。あまりにあっさり受け入れられ、むしろこの国は大丈夫だろうかと、余計な心配までしてしまった。
唯一の存在とは、それほど揺るぎなく確かなものなのだそうだ。
この国には後宮のようなものがないため、税を無駄にすることなく、そういう意味での争いもない。そこのところは実に平和だとおじいちゃんが言う。「女はコワイからのぉ」だそうだ。私も女ですが……。
質問された中には、やはり魔石に関するものもあった。
「魔石を見る限り出会ったのは随分前のようだが、何故今まで隠していたのだ」
「見せたくなかったからです。これからも極力人前には出しません」
……思わず半目になってしまった。
独占欲丸出し発言のルドルフに対しても、唯一とはそういうものだと納得されてしまう。納得していいのだろうか。実際に出会ったのは最近なのに……。
私の素性についても、適当な話を作り上げていた。
「余程のことがあったのか、出会ったときから過去の記憶が曖昧だった彼女を、一目で気に入った爺様が養女にしたらしい。自分とは爺様を通じて出会った」
適当すぎたのか、ルドルフは棒読みだ。
「アウグスティーン、養女にしたならなぜ知らせなかった」
「見せたくなかったからじゃ」
おじいちゃんがルドルフを真似て、だが極々まじめな顔で答えていた。これには周囲が沸いたが、おじいちゃんは素知らぬ顔だ。
おじいちゃんが後見となるなのであれば、うるさく言う者もいないだろうということで、すんなり了承され、私のお披露目はあっという間に終わった。
私はルドルフの「声を聞かせたくありません」の一言で自分で自己紹介さえしていない。
本当に色々これでいいのだろうか。
これより私はルドルフの婚約者となり、二節目の幸の日に婚儀を執り行うこととなった。あと一ヶ月もない。準備は間に合うのだろうかと思っていたら、五男も同じ日の婚儀だそうで、ルドルフはそれに便乗する気らしい。
ルドルフの執務室に戻る。
前におじいちゃんと五男、私の左右にはルドルフと四男、後ろには次男、その後ろに扉の外で待機していたジークさんとロッテさんが続く。行きの陣形に次男が加わった。
「私も一度は一通りお酒を確認してみたいですね」
執務室に入った次男の第一声がこれだ。
私のお披露目の間に、四男と五男から再訪問を聞き出したらしい。
さすが次男、抜かりないなと思っていたら『本当にな』とルドルフから伝わってきた。
「……ご一緒にどうぞ」
「ありがとうございます」
「あっ、そう言えば、フェンが明日くらいにカールさんの呼んだ魔獣が到着しそうだって言ってましたよ」
「おお! ならば早速明日にでもお邪魔します」
次男、四男、五男が連れ立って、「明日の予定は……」と言いながら出て行った。
「儂は誘っては貰えぬのか……」
おじいちゃんが態とらしく溜息をつきながら言う。この一族は……。
「おじいちゃんもぜひ」
この分だと長男も一緒にやって来そうだ。
おじいちゃんまでもが「儂も明日の準備を……」と言いながらいそいそと退室していった。背中がものすごく楽しそうだった。
「そう言えば、結婚後はラウなんとかを名乗るって言ってたけど、ラウなんとかってなに?」
「ラウツェニングな。婚儀後はミドルネームが変わる。俺はラウツェニング家の当主となるってことだ」
「つまり私は、リエ・ラウなんとか家の妻・日本の加藤家ってこと?」
「いや、爺様の養女になるから最後はファルファラーだな」
「あ、そっか。今日からふぁ、ファルふぁ、ファルファラーになるのか」
ふーん。なんか変なの。自分の名前なんだから後でちゃんと憶えよう。リエ・ラウ…なんとか…ニング家の妻・ファルファラーだっけ?
「あ! あとね、ティーナさんとツアさんにお礼を言いたいんだけど、会えるかな?」
ツアさんはティーナさんの女官長だ。女官長と呼んでいたら、「いずれロッテも女官長だぞ」とルドルフに言われ、なるほどと女官長の名前を教えて貰った。相変わらずちゃんと発音できていないらしい。
最初の魔力熱の時の事を思い出した際、駆けつけてくれていたと聞き、お礼が言いたかったのだ。
「ああ、あれは勝手に俺が呼んだんだ。リーエはあの時意識がなかったし、礼なら俺から言っておいた」
ならば、お礼の品を届けて貰えばいいかな。今度会ったときにちゃんとお礼を言おう。
ルドルフの仕事部屋に書棚の扉から戻る。うん、何も言うまい。
ルドルフ、私、ロッテさん、少し遅れてジークさんが家に戻り、共に一休みするためにリビングに向かおうとホールに入れば、フェンリルとシュヴァルツと一緒に、黄金色の大きな鷹のような魔獣に出迎えられた。
「ジークとやらの呼びかけに応えたものだ。
此奴は中位ゆえ我らのように人型とはなりえぬ。意思の疎通も主としか出来ぬ。
それでもよいか」
黄金色の大きな鷹は、鋭い目つきでジークさんを見ている。
ジークさんもフェンリルの言葉が聞こえていないかのように、じっと鷹の魔獣を見ている。
「私と契約しますか?」
ジークさんが言いながら指を噛み切り、血の滲む指を鷹の魔獣に差し出した。
鷹の魔獣が一舐めすると、ジークさんの魔力が鷹の魔獣を包み、その体に消えていった。
「名の契約もしますか?」
クケっと鳴く。
「では、名の契約を。
汝の名はゴルト、ゴルトと名付ける」
ヒョーっと一声ゴルトが鳴くと、再びジークさんの魔力がゴルトを包み、その体に消えていった。本当に綺麗な一瞬だ。
人ほどの大きさだったゴルトが、ジークさんの肩に乗る程までに小さくなった。
肩に乗っているゴルトの頭を、ジークさんは嬉しそうに撫でている。
「ジークよ、今より大きな魔力を望むか?
なれば、ゴルトに我が主と血の契りをさせよ。さすればゴルトは上位体となり、ジークの魔力も更に大きくなるだろう」
「本当ですか!」
ジークさんの目の色が変わった。
フェンリルが言うには、ゴルトは上位に近い中位だそうで、私を守ることにも役立つから血の契約をすれば位が上がり上位になるだろうと言う。
ルドルフもジークさんに、「リーエのためにもなる」と勧めている。
ジークさんはロッテさんを見ながら暫し考え、ゴルトに「いいか?」と聞いている。
「リーエ様、厚かましくもお願いしてもよろしいでしょうか」
「もちろんだよ。むしろこちらの都合でごめんなさい」
そう言って指を噛み、滲んだ血をゴルトに与える。
私の魔力がゴルトを包み、吸い込まれて消えると同時に、ゴルトが人型になった。
金髪に金色の瞳、その肌はほんのり褐色で、ルドルフよりほんの少し小さいくらいだ。目つきの鋭い、クールなイケメンがそこに立っていた。
ジークさんはすかさずロッテさんの目を隠していた。
シュヴァルツがバスローブをゴルトに羽織らせている。いつの間に用意していたのか。シュヴァルツ、出来る魔獣だ。




