29 女官長候補
フェンリルとシュヴァルツに私のことを頼んだルドルフは、いつも通り仕事部屋に向かった。今日は登城して、私とのことを報告するつもりらしい。
フェンリルとシュヴァルツと共に、テラスで日向ぼっこしながらまったり過ごす。ぽかぽかして気持ちいい。フェンリルもシュヴァルツも元の姿に戻って日向ぼっこしている。
「そう言えば、カールさんとジークさんの呼んだ魔獣はまだ来ないの?」
「まだだろうな、あと一晩か、二晩後になるだろう」
「どんな魔獣かなぁ」
「しなやかな体躯を持つものと、翼のあるものだろうよ」
フェンリルの言葉に、シュヴァルツが頷く。
「え! 分かるの?」
「ああ、こちらに向かってくる魔力を感じる」
あとでジークさんに教えてあげよう。
「そうだ、二人とも私の代わりに結界を張ってくれてありがとう」
熱も下がり、すっかり元通りとなった私が、再び結界を張ろうとすれば、フェンリルは「このままでよい」と言う。人の魔法を真似るのが思った以上に面白いらしい。
「念のために、この家自体にも結界を張りたいのですが」
シュヴァルツは、この家には私が許可した人しか入れないようにしたいそうだ。それならルドルフの仕事部屋やラウンジを除く、オートロックよりこちら側に張って欲しい。そうすればもうオートロックは必要ない。……オートロック、実はいちいち面倒だったのだ。後でルドルフに相談しよう。
フェンリルやシュヴァルツは、魔力が特に大きく寿命が長い上位体といわれる存在だそうで、ルドルフが言う古代魔法を無詠唱で使う。
古代魔法は失われた魔法と言われており、フェンリルとの契約時に私の指に掛けられた治癒魔法を見たルドルフが、熱心にフェンリルに聞いていたそうだ。
この世界の人は病気にならない。
だからなのか、古代魔法の中でも特に治癒に関する魔法が失われたそうだ。病気による死からは免れているが、治癒の魔法が失われたために、怪我による死からは免れないという。子だくさんの割に人口が増えないのも、病気がないのに寿命がそれほど延びないのも、些細な怪我でさえも死に繋がることがあるかららしい。
昼食の準備をしてルドルフを呼びに行くと、会わせたい人がいると言う。昼食はその分も合わせてラウンジに用意するよう言われ、ジークさんの手を借りてラウンジに運ぶ。
今日の昼食は手作りミートソースのパスタである。ちょっと浮かれてミートソースも頑張って作ってみた。料理嫌いの私にとっては快挙である。三人分を四人分に分けたので、いつものクラブハウスサンドも用意しておく。食後に焼き上がるよう、アップルパイをオーブンで焼いている。
「ジークさんの呼んだ魔獣は、二日後くらいに着くそうですよ」
食事を運びながらジークさんに伝えると、「楽しみです」と笑った。
ラウンジに食事の準備をし、再度ルドルフを呼びに行く。ジークさんが入れ替わりに部屋に戻り、転移扉から消えた。
「ジークの嫁さんを紹介しようと思って」
ジークさんは自分の奥さんを呼びに行ったらしい。なるほど、私の友達候補か。
「リーエの女官長候補だ」
「へ? なんで女官長候補? 友達じゃないの?」
「一応これでも俺は王族でな、その伴侶は妃となり、それぞれに女官長を始めとする女官が専属で仕える」
「えー……お妃教育とかされちゃう?」
「多少はな。王妃ではないからそれ程ではないだろうが、人前に出て恥ずかしくない程度には……。リーエは人前には出さないからいいか。うん、お妃教育は必要ないな」
人前には出さないって……。ルドルフの立場的にそれでいいのだろうか。まあ、それでいいならいいか。
この国のことをなにも知らない私が、この国の代表の一人となるのは、正直どうかと思う。そういう意味でも、人前にはなるべく出ない方がいいだろう。本当なら妃になること自体どうかと思うのだが、そこは見逃して欲しい。
「よろしいですか」
ラウンジにジークさんの声が掛かる。
ジークさんに続いて、ビクスドールのようにかわいらしい、ふんわりとした印象の女の人が入ってくる。
「私の妻のロッテローレです」
「お初にお目に掛かります。ロッテローレにございます」
そう言って、ちょこんと腰を落として挨拶してくれる。声まで可愛い。
「初めまして、リエ・カトウです。出来れば親しい人と話すように話してください。そして出来れば友達になってくださいっ」
あまりの可愛らしさに緊張してしまい、焦って一気にそう言えば、「恐れ多いことにございます」とロッテさんが可愛い声でほわりと言う。うーっと唸っていたら、ジークさんが笑いながら、「リーエ様の前でのみリーエ様の望むようにすればいい」とロッテさんに言ってくれた。さすがジークさん、心得てる。
うんうんと頷きながら、気疲れするので是非そうして欲しいと告げれば、ロッテさんが少し困ったように笑って了承してくれた。
その後、自分のことは呼び捨てるよう、自分には敬語は使わないよう、やっぱりほわりと言われたのだが、そこは笑って誤魔化した。
ロッテさんはすでに機密契約を施されているそうで、私に会える日を楽しみにしてくれていたそうだ。
ロッテさんは姿ばかりではなく、その仕草や話し方もとても可愛いらしく、まさに女の子って感じだ。それが嫌みにならないあたり、きちんとした人なのだなと思う。
ジークさんがにこにこしながらロッテさんを見ている。ロッテさんのことが可愛くて仕方ないんだろうな。
共に食事をと言えば、やはり最初は断られたものの、再度ロッテさんに「リーエ様の望まれるがままに」という苦笑混じりのジークさんの一言で、一緒に食事を取ることとなった。
最初は同じように遠慮していたジークさんも、今では一緒に食事を取る。
美味しさに感動して涙目で震えるロッテさんは、猛烈に可愛い。頑張って作った甲斐があった!
そんな可愛いロッテさんを見て、ジークさんもひそかに悶えていた。そのジークさんを見てルドルフが笑っていた。
焼きたてのアップルパイにバニラアイスを添えて出せば、ロッテさんはその美味しさに、思わず「んー!」と唸っていた。ジークさんも同じく唸っていた。
この夫婦、可愛い。ルドルフと顔を見合わせて思わず笑ってしまった。
「ジークとロッテの控えの間を、このラウンジとしたいのだが、いいか?」
「二人がそれでよければ。家具とかもこのまま使えばいいし、足りないものは用意できるだろうし。好きなように模様替えすればいいよ」
「だそうだ、ジーク」
「ありがとうございます」
控えの間となるラウンジは二十畳ほどだ。半分は応接間として、半分は二人の控えの間として使えるよう整えることとなった。
控え室はジャスミンの部屋を使えばいいのにと提案すれば、二人揃って固辞された。
ならば、間に間仕切りがあった方がいいと、使っていなかった仕事部屋のクローゼットを間仕切り代わりに移動させたり、ホールのカフェテーブルやチェアを持ってきたり、そういった力仕事は紹介がてらフェンリルとシュヴァルツに手伝って貰う。魔力でちょちょいである。
二人とも魔獣であると聞いたロッテさんは、最初こそ怯えていたものの、後半はしっかりあごで使っていた。可愛いのに逞しい。
「気が合いそうか?」
ルドルフが、私の女官長を勝手に決めてしまったと心配して、こっそり耳打ちしてきたが、あのロッテさんの可愛らしさを嫌う人なんていないと思う。
「そういえば、ジークが必死になって口説き落としたと言っていたな」
そうだろうと思う。これだけ可愛いのに気立てがいい上、優秀なのだ。引く手数多だったはず。
「明日はリーエも登城だ」
ルドルフからいきなり告げられた。ルドルフも今日私のことを報告したら、次男にいきなり言われたそうだ。
ルドルフの婚儀を前に、主立った者にのみ正式に私を紹介する。ただし、渡り人であることは公表せず、ルドルフのお爺様の養女ということになっている。実際に私はお爺様の養女となる。その手続きも明日行う。などを説明された。
その準備のために、急ぎロッテさんを紹介されたらしい。なるほど。




