L-03
カトゥと出会ったあの丘に、彼女の家が建った。
三重の結界を張り、一瞬で出現したカトゥの家は、一見この世界でも違和感のない姿ではあったが、よく見ればこの世界では違和感ばかりの代物だった。
これを公にするわけにはいかない。
出現したカトゥの家を前に、頭の中では今後のことをめまぐるしく考えていた。
その一方で、どうやったら一瞬でこれほどの建物を出現させることが出来るのか、あれほどの結界が張れるのか、カトゥの魔力にもカトゥ自身にも興味が尽きない。
中に入れば、更に驚く。
違和感などと言う生易しいものではない。ここにある全てが異質だ。
どうやってこの家の存在を隠し続けるか、隠し続けることは無理だろうか、じっくり考えているとカトゥの魔力であれば可能だと解った。カトゥの結界はカトゥにとって僅かばかりの悪意すら、無意識下の悪意すら通さないと解る。あとであの結界をしっかり解析せねば。
それにしても、壮観だ。
入り口を背に中を見渡せば、向こうまで見渡せる吹き抜けの左右にそれぞれの、居室だろうか?扉が見える。それほど大きな空間ではないものの、一人で暮らすには大きすぎる空間だ。
どうやったらあの一瞬でここまでの物を出現させられるのだろうか。
しばらく呆けていたようで、カトゥに下あごを撫でられた。
どうやってあの一瞬でこれだけの物を作り出したのかを聞けば、何とも可愛い答えが返ってきた。
「出来るかなーって頭の中で考えていたら、出来るって解ったから、やってみた。って感じ?」
こてんと小首をかしげながらカトゥが言う。
その可愛い様子に頬が緩みかけるが、そんな簡単なことだろうか、これは。
これだけの物を一瞬で出現させ、その前には広範囲の結界を張っている。いくらカトゥの魔力が膨大だとは言え、大丈夫だろうか。
「なぁ、しばらく俺もここに滞在していいか?」
カトゥがなにやらごねているが、どちらにしても一人にするつもりはないのだから、この家に俺が住むことは決定事項だ。
階段を上り、適当に開けた扉の中は個室らしい。そこを自分の部屋だと宣言し、部屋の内部を観察するも、やはりここでも驚く物ばかりだ。
この邸宅、カトゥは「家」と言う。家と言うには立派すぎるだろう。
これほどの贅を尽くした空間を俺は知らない。カトゥとは何だろう。もしや元の世界では王族のようなものだったのだろうか。
この家は、カトゥの元いた世界の物が再現されていると解る。
ならばカトゥの元いた世界はなんと豊かだったのだろう。これほど豊かな物に囲まれていたなら、カトゥにとってのこの世界はなんと生き辛いことだろう。
その後、一緒に取った飲み物や食事にも驚く。
それ以上にカトゥの言う、だいにんぐきっちんとやらの設備に、驚きを通り越して最早呆れた。
正直もう驚くことに疲れた。
その後結界の確認と解析に時間を費やす。
細かく解析すれば、その一つ一つは既存のものだが、その組み合わせ方が斬新だ。だがこの複雑な結界を一瞬で張れるのはカトゥくらいだと思われる。
結界に手を加え、カトゥの情報を隠す。この結界を解析できるほどの大きさの魔力を持つ者はそうそういないが、これで万が一解析されてもカトゥの存在は分かるまい。俺が張ったように見えるだろう。
それにしても斬新だ。
帰ってから念のために「この結界を世に出してもいいか」と聞けば、否の答えが返ってくる。よかった。
カトゥの存在をカトゥ自身が公にしようという気が無いなら、その存在を隠し続けられる可能性が上がる。
そんなことを考えていたら、おずおずと名を呼ばれ、言葉が続く。
「実は私、この世界の人間じゃないんですよ。なので目立ちたくありません」
知っていると伝えると驚かれた。むしろ知らなかったと思われていたことに、こちらが驚いた。カトゥには自分が思っている以上に規格外だという認識を、しっかりと持たせた方がいいな。
知るに至る根拠と、カトゥ自身について、この屋敷について、そして記録にある渡り人についてを話せば、カトゥからもこの世界に渡った経緯や、元の世界についてをぽつぽつと話してくれる。
不安そうに、寂しそうに、悲しそうに話す姿が、また壊れそうなあの夜の姿と重なる。
「カトゥ、無理に一度に話さなくてもいい。また思いついたときに教えてくれ。俺もカトゥのいた世界に興味があるからな」
そう言えば、僅かに安堵の表情を見せる。大丈夫だ、一人にはしない。
カトゥの話を受け、俺自身のことについても話しておく。
その際、カトゥは家名であり、リーエが自身の名だと教えられる。リーエが俺の名を正しく発音できないように、俺もリーエの名を正しく発音出来てないらしい。ちゃんと呼べるよう練習しておこう。
渡り人について話している内に、以前リーエに施された契約が綻び始めた。リーエのことをこの国の国王に報告してもいいかと聞けば、「俺に任せる」という言葉と同時に契約が解除された。
この契約についてもよく分からないままだ。
この家で迎える初めての晩。
宿を引き払いに青の看板の宿屋に出向き、早々に戻れば、出掛けたときと同じ場所にリーエがいた。
リーエに勧められた部屋に入り、少ない荷物を整理していると、リーエが部屋に酒を持ってやってくる。
リーエ自らが俺の部屋を夜訪ねてくるのは初めてだ。少し様子がおかしい気がする。
案の定と言うべきか、部屋に戻ったリーエに呼ばれた。
静かに、だが急いでリーエの部屋の扉を開ける。やはり鍵は掛かっていない。
リーエは無意識なのか俺に対する警戒が低い。
同じ家に住むと言えば、最初こそ渋るものの、あっという間に受け入れる。
宿を引き払ってきた俺に、「お帰りなさい」とまで言う。まるでこの家に俺が帰ることを、当たり前だと思っているようだ。まあ、俺は嬉しいが。
寝台に近づくと、初めて出会った夜のように丸まって震えているリーエがいる。
リーエ一人が寝るには大きすぎる寝台の、その隣に潜り込めば、勢いよく抱きついてくる。
ぎゅっと抱きしめ、いつものように呟けば、さらにぎゅっとしがみついてくる。
顔をのぞき込み軽く口づければ、驚くことにリーエからも口づけ返される。
夢中になって唇を食み、口内へ舌を滑り込ませようとしたところで、リーエからの反応がないことに気付く。
安らかな表情で眠るリーエに安堵する一方で、口づけ返された興奮を持てあます。
深く息を吐き出し、リーエを抱きしめながら、いつものまじないを額に落とす。
……俺は我慢強い。俺は我慢強い。俺にもまじないが必要だ。




