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L-02

 翌朝、カトゥは昨晩のことを憶えていなかった。

 俺が昨晩額に落とした子供だましのまじないが効いたのだろうか。まさかな、とは思うものの、昨晩の様子はみじんも感じさせない平常な様子に安堵する。憶えていないならばそれでいい。


 朝食後、市に連れて行けば、ほんの僅かな物ばかりで十分だという。

 多くの物を用意してやりたいところだが、今はやはり目立つことは避けた方がいい。不自由だとは思うがしばらくは我慢して貰う必要がある。

 話のついでに、俺の稼ぎや魔力の大きさを伝えてみるも、反応はあまりよくない。カトゥにとっては何が魅力となるのだろうか。


 夕食を宿屋の食堂で済ませ、明日はどうしても外せない仕事で、側を離れることになるとカトゥに伝えると、ならば自分は一日部屋でおとなしくしていると言う。部屋を出ないよう伝えるつもりだったので、その答えは都合のよいものだが、一時でも一人にして大丈夫だろうか。昨晩の様子が脳裏によぎる。いっその事一緒に連れて行こうかと悩む。


 互いの部屋に戻ってしばらくすると、カトゥの部屋から魔力を感じた。慌てて部屋に向かえば、誰に教わらずとも浄化の魔法を使っていた。

 その際、古代語が上手く通じていないことから、この国の言葉だけではなく、この世界で使われている全ての言語を理解できるよう、魔法を掛け直そうとすれば、カトゥは自分でやってみたいと言う。

 再度目の前で無詠唱での魔法が行使される。何度見ても信じられない。だがしっかり言葉が通じている。



 部屋に戻り寝台に体を横たえた瞬間、またカトゥが呼んでいる。頭に直接響く、あの呼び方で。

 昨晩のことが頭に浮かび、褒められたことではないが、直接カトゥの部屋に転移する。

 昨晩と違わず、寝台で丸まり震えているカトゥがいた。

 

「ルー……」


 同じように手を伸ばし、同じようにしがみつき、同じように顔を胸に埋め、涙を流す。膝の上に抱えられたカトゥは、昨晩と同じく壊れそうだった。

 その怯えは昨晩よりも強いようにも感じる。

 昨晩よりもしっかりと抱きしめ、「大丈夫だ」、「俺がいる」、「一人にはしない……」と、涙に濡れる瞼に頬に、唇を寄せながら声を掛け続ければ、やはり泣き疲れて眠ってしまう。


 一度不安や怯えを吐き出した方がいいのではないだろうか。

 記録にある渡り人はみなこの世界で寿命を終えている。つまり元の世界に戻ったという記録はない。ならばカトゥもこの世界で生きていくことになる。

 身勝手だとは思うが、俺もカトゥを手放すつもりはない。


 眠ったカトゥを寝台に横たえ、その額に口づけを落とす。


 自分で納得出来るまで泣いてごらん。

 一人じゃないから、側にいるから、だから安心して一人で泣いてごらん。

 一人が怖くなったら俺を呼べばいい。

 何時でも直ぐに抱きしめてやるから。


 子供だましのまじないを昨晩同様施す。



 翌朝、宿屋の女将にカトゥを頼む。

 なるべく部屋から出さないよう、食事は部屋に運ぶよう、その時様子を見てくれるよう、必要以上に声を掛ける必要はないことも伝える。

 気が済むまでは出来るだけ一人で泣かせた方がいいと解るため、極力一人にするように。


 その日から三日間、明るい内は一人で泣いているが、夜になると一人でいることに怯える。

 呼ばれれば直ぐに転移して抱きしめる。「一人じゃない」、「側にいる」とささやきながら、彼女が眠るまで膝に抱え、温もりが伝わるようしっかりと抱きしめる。

 そして眠ったカトゥに口づけて、子供だましのまじないを施す。


 カトゥに呼ばれない昼間は、渡り人の記録を調べる。前回の渡り人を知る爺様に直接聞きたいところだが、他言無用と縛られているため、聞くに聞けない。地道に過去の資料を読み漁る。


 三日間泣き続けたカトゥは、四日目に落ち着きを見せた。

 その日一日様子を見れば、夜になっても呼ばれることはなかった。念のためカトゥの部屋に転移して様子を見ると、少しの不安は見えるものの、今までになく落ち着いた表情で眠っている。

 安堵の一方で毎晩膝の上に抱えていた、あの軽く頼りない体の重さを恋しく思う。

 その日はまじないではない口づけを、そっとその甘く柔らかい唇に落とす。


 子供だましのまじないは、子供だましなどではないと分かる。

 翌日、一通り渡り人の資料を昼前に読み終え、何食わぬ顔でカトゥの部屋を訪ねてみれば、「お腹がすいた」と元気よく訴えられた。

 さりげなく夜の様子を聞いて見るも、やはり憶えていないようだ。憶えていないなら憶えていない方がいいと思う一方で、一抹の寂しさを覚える。


 昼食に連れて行けば、「俺しか頼る者がない」と言うカトゥに、先ほどの寂しさを打ち消すほどの喜びがわく。

 そんな可愛いことを言う唇を塞いでしまいたい。胸が一杯で食事どころではない。思わずカトゥに「俺の分も食べるか?」と皿を差し出してしまう。



 今後のことを相談したいと、宿屋に戻れば部屋に招かれる。

 そういう意味で誘っているわけではなさそうだが、寝台を目にすれば、カトゥの甘く柔らかい唇の感触がまざまざと思い浮かんでしまう。

「未婚の女性が男と密室で二人きりになるな」と言えば、「気にしない」と返ってくる。もう少し危機感を持って欲しい。ここ数日間十分に思い知らされたことだが、カトゥは無防備すぎる。憶えていないだけで、その唇は既に俺に奪われているんだ!

 ……勝手に奪った俺が言うことではないが。


 そして「いきなりだが家を持ちたい」と言う。

 しかも一人で生きていくこと前提だ。

 未婚の女性が一人で居を構えることは難しいと言うより、実質無理だと話せば、危険ばかりな街の外に構えるという。一度決めたらその主張を曲げない。思ったより意志が強い。あの泣いていた様子からは想像出来ないほどの頑固さだ。


 実際は、カトゥほどの膨大な魔力があり、俺が側に着いていれば、街壁の外だろうと危険はない。

 渋々ながらも了承する。

 それで気が紛れるならば、何でも思う通りにしてみればいい。後のことはどうとでもしてやる。



 翌朝朝食を一緒に取る約束をして、部屋に戻る。

 寝台に横になり、カトゥはどんな居を構えるのだろうかと、楽しみにしている自分がいる。出来うる限り、カトゥのやることに心配はするが反対はしたくない。

 つらつらとカトゥの今後を考えていたら、呼ばれた。昨晩は呼ばれなかったため、もう大丈夫かと油断していた。

 慌てて彼女の部屋に転移すると、寝台に横になり、俺が置き忘れていった椅子をじっと見ているカトゥがいた。よかった、泣いていない。


「……家は、どうしても、欲しい……でも、本当は、一人は、嫌……怖い……」


 表情を無くしたカトゥが、一言一言心の中から零すように言う。


「分かっている。一緒にいると、側にいるといつも言っているだろう。大丈夫だ、カトゥは一人じゃない、俺がいる」


 いつものように繰り返せば、表情のなかった顔がゆっくりと綻び、笑みが浮かぶ。


「……側に、いて……」


 腕を伸ばし、俺の腕を取り、寝台に招かれる。

 カトゥの寝台に入り腕に抱けば、もぞもそと擦り寄り胸に頬を寄せる。ゆっくりその背を撫でていればば、カトゥの体からゆっくりと力が抜け、眠りに落ちた。

 いつものようにまじないの口づけを落とし、夜が明けるまでカトゥの寝顔を眺め、カトゥが目覚める前に部屋に戻った。

 ……俺は我慢強い。






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