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L-01

 出会った瞬間、これは俺のものだと解った。


 漸く出会えた俺の唯一。得難き存在。





 渡り人が現れると解り、アルバの街に滞在すること数日。

 渡り人は何故かアルバの街周辺に現れると云われている。 

 その気配を感じ転移すれば、アルバの街から徒歩で一刻ほど離れたその先の、小高い丘の上に此度の渡り人と思われる人影がある。


 どういうことだ?


 驚くことに立っている。

 伝え聞く渡り人は発見時皆力なく横たわり、体を動かすことも言葉を話すこともなかったと云うのに。

 どういうことなのかを確かめるため、その目の前に転移する。万が一を考え、何時でも捕獲できるよう身構えながら。


 彼女を目にした瞬間、これは俺のものだと解った。

 漸く出会えた俺の唯一、得難き存在だと解る。



 「俺の言っていることが分かるか?」


 渡り人は皆、最初のうちは言葉を声にすることは出来ないが、言葉自体は理解出来ると云われている。

 ところがこの渡り人には言葉が理解出来ていないようだ。それどころか、何を言っているのかは分からないものの、声が出ていることに驚く。もしや話せるのだろうか?

 この国の言葉を話せるよう魔法を掛け、再度同じことを問えば、「分かる」と返ってきたので驚いた。まさか本当に話せるとは。渡り人ではないのだろうか? そもそもこの膨大な魔力はなんだ?


「おまえは何だ?」


 驚きのあまり、思わず口走ってしまった。

 渡り人はカトゥと名乗った。

 これほどの魔力、人型の魔獣かと思ったが、人だと言う。一瞬俺の唯一はもしや魔獣かと絶望しかけたが……よかった。


 こちらも名乗れば、なかなか名を聞き取ることが出来ないらしい。

 まだ年若い彼女の口から俺の名に似た音が、たどたどしくこぼれる。

 唯一の存在に名を呼ばれることがこれほど嬉しいとは。そのたどたどしい様子に顔が崩れそうになる。まずい、人前で呼ばれたら耐えきれるだろうか。これは二人きりの時に限るな。

 人前ではミドルネームで呼ばせようとするも憶えられないと言う、先生との代替案も嫌だという。

 自分の呼ばれ方を考えながらも、その膨大な魔力をいい加減抑えさせねばと思い、口にする。少し意地の悪い言い方になってしまったのは、あの舌っ足らずな口調で先生と呼ばれてみたかったからではない。


 カトゥは暫し考えるような顔をしていた。かと思ったら、何かを解したような顔となり、その瞬間あの膨大な魔力が瞬時に抑えられた。しかも詠唱すらしていない。


「おい、詠唱もせずにどうやって魔力を抑えた?」


 再度思う。一体彼女は何だ?

 詠唱なしで魔力を使えるなど聞いたことがない。本当に人なのか?

 どうやったのか何度聞いても、あー、んー、などと言って誤魔化される。それでもしつこく教えるよう食い下がる。


「ルドルフ待て!」


 苛つき始めていたカトゥがついに大きな声をあげた。ルドルフ……舌っ足らずに呼び捨てられた俺の名前。だめだ、顔がにやける。

 それでも無詠唱のことは今のうちに聞いておきたい。これが公になれば確実にその身を狙われるだろう。

 気を抜くとにやけそうな顔を引き締めながら、更に食い下がれば、可愛い顔に妖艶な笑みを浮かべながら言われた。


「教える代わりに、この世界で私が一人で生きていけるよう、手を貸してください」


 言われるまでもない。俺が手取り足取り教えてやろう。



 とは思ったものの、改めてこの世界のことを一から教えるとなると面倒だ。出来ればまず俺のことだけを教えたい。それ以外のことなど後でいいだろう。


「ルドルフはいくつなんですか?」

「三十二だ。カトゥは十五程か?」


 なんと二十六歳だと言う。精々でも成人したてにしか見えない。この見た目で二十六か……。悪くない。

 出会ったばかりだというのに、刻一刻と愛おしさが増す。これが唯一という存在なのか。



 ひとまず、アルバの街の俺が滞在している宿屋に連れて行くこととなった。あの宿屋ならば大丈夫だろう。

 歩きながら暦やアルバの街や市のことなどを教える。必要な物は市で揃えよう。市ならばそう目立つこともないだろう。

「金は後で返せよ」とからかえば、「けちだ」と真顔で呟いていた。俺はけちじゃない……。



 カトゥは面白いほど素直に感情が顔に出る。考えていることが丸わかりだ。

 先程、無詠唱で魔力を使ったカトゥは、彼女自身何故無詠唱で魔力が使えたのかは、分かっていないようだった。

 追々分かってくるのか、分からないままか、もしかしたら此度の渡り人特有の能力なのかも知れない。

 俺が魔力について研究しており、特に詠唱の短縮についてを専門としていることを話せば、どうやら自分は研究対象だから保護して貰えると思い込んだらしい。今はそれでいい。


 なにやら考えていたカトゥが、ふと俺の顔を見上げた瞬間、いきなり『私の存在は他言無用』との契約を施された。

 どういうことだ? 一方的な契約など……。

 驚きカトゥの様子をみると、契約したことに気付いてないのか、その自覚がないように見える。どういうことだ?

 訝しみながらも、一方的に縛られたと言うのに、怒りが湧かない。むしろこの繋がりが嬉しい。

 カトゥの魔力が大きすぎて、こちらからは契約の魔法が使えないのが惜しい。俺も縛りたい。



 アルバの街に入り、宿屋の女将に俺の隣に彼女の部屋と、人目になるべく付かないよう部屋に食事を届けて貰う。

 食堂で自分の食事を終え、部屋に戻ろうと彼女の部屋の前を通り過ぎる瞬間、何となくカトゥに呼ばれたような気がした。部屋を訪ねてもいいものかと考えていると、今度ははっきりと強く呼ばれた。声ではない、頭に直接響いてくる。

 カトゥの部屋の扉を強制解除し、慌てて開ければ、寝台の上で丸まって震えているカトゥがいた。


「どうした! 無事か? 何があった?」


 俺の声にカトゥがのろのろと顔を上げ、ほろほろと涙を流しながら両腕を伸ばしてくる。

 急ぎ寝台の際に膝をつき、その震える体を腕に抱けば、細く頼りない腕でしがみついてくる。何があったかと聞けば、顔を横に振る。


 俺の上げた声に様子を見に来た女将が、開け放たれた部屋の入り口から顔を出し、彼女を抱きしめる俺を見て驚いた顔をしている。静かに首を横に振ると、心得た女将が静かに扉を閉めた。


「どうした?」


 なるべく優しく聞こえるよう問えば、小さく細い声が答える。


「……一人……こわい……どうして……」


 寝台に腰を下ろし、彼女を膝の上に乗せ、己の胸に顔を埋めるようにしがみつく小さな体を、更に強い力で抱きしめる。この世界でたった一人。その孤独はどれほどのものだろう。


「……一人……しないで……」


 聞き取れないほどの小さな声。


「大丈夫だ。いつだって俺が側にいてやる」


 静かに涙を流す彼女に、「大丈夫だ」、「一人じゃない」、「側にいる」と何度も繰り返すうちに、しがみつく腕からゆっくりと力が抜けた。

 同じだけゆっくりと体を離し、そっと顔をのぞき込めば、涙の痕もそのままに、泣き疲れて眠ったようだ。

 その今にも壊れてしまいそうな心許ない姿は、漸く出会えた唯一を失ってしまいそうな恐怖を与える。

 起こさぬよう、ゆっくりと時間をかけて寝台に寝かせ、浄化の魔法をかける。



 俺はこの時誓った。俺の全てで守ろうと。決して一人にはしないと。


 出会ってわずか数刻で、その存在にこれほど強く惹かれるとは思ってもみなかった。たった一人の俺だけの存在。俺もカトゥのたった一人だけの存在でありたい。

 そっとその額に顔を寄せ、静かに誓いの口づけを落とす。


 今日のこの悲しみがうたかたの夢となるように。






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