25 生意気
早朝から次男がやって来た。
朝起きて朝食の準備に向かったら、カフェコーナーで書類を片手に寛いでいる次男がいた。爽やかに「おはようございます」と言われたのだが、不法侵入って言葉はご存じでしょうか? ……なんて怖くて聞けない。オートロックをどうやって解除したのかも、怖くて聞けない。
「おはようございます。随分と早いですね」
「ええ、朝食でも一緒にいかがかと」
……朝食をたかりに来たらしい。なんというか、王族だよね?
そしてそのセリフは本来私のものですよね。用意するの私ですよね。
「城の食事よりこちらの食事の方が格段に美味しいですからね。今朝はクロワッサンというものが食べられると聞きました」
……誰に聞いたのやら。自分が食べたいだけだろう。
と言いつつも用意する私は小心者だ。だって次男、怖いんだもん。
クロワッサン、ベーコンエッグ、サラダ、コンソメスープ、ヨーグルト、フルーツを用意した。
クロワッサンにご満悦な次男は、コーヒーも所望したので、エスプレッソを用意してみた。お気に召したらしい。
「そう言えば、ルードルフはまだ起きていないのですか?」
昨日フェンリルが何処で寝るかで揉めた。
フェンリルは私と一緒に寝ると言い張り、それを聞いたルドルフがいつものごとく未婚の女性が云々と始まり、フェンリルはペット扱いだから一緒でもいいだろうと私が言ったら、更にルドルフがうるさくなった。
結局面倒くさくなった私は二人を放置し、さっさと自分の部屋で寝た。
「カールハインツ、もう来ていたのか」
噂をすれば影である。ルドルフが起きてきた。
「おはよう、ルドルフ。
ねえ、フェンは何処で寝たの?」
「ああ、テラスじゃないか? 『主を側で守れないなら家ごと守る』とか何とか言って、そこから出て行ったぞ」
……まあ、腐っても魔獣、外でも大丈夫だろう。
「フェンというのは、契約した魔獣ですか? 今どこに?」
「庭じゃないですか? 呼んできましょうか?」
「お願いします」
ルドルフにカールさんと同じ朝食とカフェラテを用意し、フェンリルを探しに行く。
「主、呼んだか?」
呼ぶ前なのに、呼ばれて来たらしい。便利だな、契約。
テラスから入ってきたフェンリルはなんだか薄汚れている。さては庭でごろごろしてたな。
「フェン、ちゃんと浄化してから家に入ってね」
フェンリルを浄化し、何故かまたバスローブ姿になっているフェンリルを着替えさせ、ダイニングに顔を出すと、ルドルフが朝食を食べずに待ってくれていた。カールさんにもカフェラテを用意し、朝食に付き合って貰う。
朝食後、リビングに場所を移し、次男の事情聴取が始まる。
主にルドルフが答えており、私はただ頷くだけで済んでいる。横でフェンリルがあくびをしている。
昨日の出来事をあらかた話し終わった。
「昨晩陛下と話し合ったのですが、ひとまずは私とルードルフ、それと事情を知るジークヴァルトの三人で、我々でも魔獣との契約が出来るか試してみようと思うのですが」
フェンリルを見ながら次男が言う。
「呼べば来るだろう」
フェンリルの答えは短い。
「呼べば、とは、いかにして?」
「主となるものが絆を思い、強くそれを望む。さすれば我のように駆けつけるものがあるだろう」
「……リーエはどのように呼んだのですか?」
「私は、この世界にも犬っているのかなぁって思っただけで……。
そういえば、実家のシロと散歩することを考えていたかも。絆ってリードのことかなぁ。
具体的には犬の首輪に繋がった紐を手に持って、一緒に歩いている様子を思い浮かべました」
意識して呼んだわけじゃないからよく憶えてない。でも強く明確にイメージすればいいことは解る。
「なるほど、何となく分かりました。本日ジークヴァルトは?」
「もうすぐ来るだろう。仕事部屋からこちらに顔を出すよう言ってある」
そう言っているうちにジークさんが顔を出す。
三人揃ったところで早速魔獣を呼んでみようと言うことになった。
「三人とも契約出来るかな?」
「主の体液を与えれば確実だろう」
フェンリルが余計なことを言ってしまった。
慌ててルドルフを見ると、ルドルフも慌てている。フェンリルに口止めし忘れたらしい。
「ルードルフ、リーエの体液とは?」
いい笑顔で次男が言う。目が笑ってない。コワイ……。
結局体液のことも話すこととなり、ルドルフが次男にいい笑顔を向けられていた。怖すぎる。
「ルードルフはリーエのこととなると秘密主義ですね」
どうやら最初に私の存在を隠していたことを根に持っているらしい。自分だけ毎日美味しいモノを食べていることもよく思っていないらしい。そもそもこの家に暮らしていることが気に入らないらしい。あのお酒が飲み放題とか万死に値するらしい。
とてもいい笑顔で懇切丁寧に不満を言っている次男は、本当に怖い。夢に見そうだ。
「まあまあ、カールさん。
ルドルフにはルドルフの考えがあったんでしょうし、私のことはルドルフに一任していますから、ルドルフが判断したことは私の判断ですので……えーっと、つまりは、私の責任?」
「いえ、リーエのことを考えれば、体液のことは極力人に話さない方がいいでしょう。ですのでルードルフの判断は間違っていません。間違ってはいませんが、ルードルフのくせに生意気なので苛めているだけです」
……なるほど。わかりました。仲良しですね。某いじめっ子のセリフと同じですね。
弟に隠し事をされたお兄ちゃんに、「よろしければ昼食もご一緒しませんか、帰りにお土産も用意致しますね」と言えば、とてもいい笑顔を頂いた。ちゃんと目が笑っていた。よかった。
結局、体液を摂取することなく魔獣を呼んでみることになった。
「強く、明確に、自分だけの魔獣と仲良く一緒にいる様子を思い浮かべてください」
右腕にカールさん、左腕にジークさん、両肩にルドルフ、三人の両手が私に触れている。
フェンリルの、「主に触れているだけでも効果があるだろう」との一言で決まった。
フェンリルも含め四人もの男性に囲まれているのに、まったく甘酸っぱい要素がない。
なんだろう、この私の残念感。
異世界で逆ハーとか、やっぱりあれは小説の中だけなのか。王族とも知り合っているというのに、それ系の恩恵が全くない。むしろ搾取されている気がする。何故だ……。
出会ったイケメンは残念だし……。
思わずフェンリルを見れば、嫌そうな顔をされた。繋がりがあるからか、伝わってしまったらしい。ごめん。
ルドルフの両手が肩に食い込む。地味に痛い。繋がってないのに伝わってしまったのだろうか。




