24 愛称
微妙な顔をして帰ってきたルドルフに、いつも通り「おかえり」と言う。変に意識すると負ける。何に? って自分にだ。
「フェンリルの服、とりあえずマクシミリアンのをいくつか貰ってきた」
「ありがとう、四男のなら大きさも大丈夫そうだね」
フェンリルの服を受け取りながら答えると、ルドルフが少し嫌そうな顔をして言葉を続けた。
「明日、カールハインツが来るそうだ」
「事情聴取みたいな?」
「それもあるだろうが、あれはどちらかと言えば自分の目で確かめてみたいだけだろう」
相変わらず欲望に忠実だな。
ちなみにマクなんとかは四男である。私にはマクシミリアンと聞こえているが、実際はやっぱり少し違うらしく、私はマックスと呼んでいる。最初語尾を取って「アンちゃん」と呼んだら、なぜか嫌がられたのだ。仕方ないのでマックスだ。もう少し短縮したかった。
最近はルドルフも長いので、ルーと呼ぶこともある。名前は二文字程度にして欲しい。フェンリルもフェンと呼ぶことにしよう。
「それでだな、リーエの体液云々はまだカールハインツには言うなよ」
「なんで?」
「なんでもだ。ジークにも口止めしておいた」
「ふーん。別にいいけど。じゃ、次男の相手はルドルフがしてね」
カールは次男である。カールなんとかだったので、カールである。思わず「カールおじさん」と言ったらものすごくいい笑顔を向けられた。目が笑ってなくて怖かった。
後でルドルフに、その無駄に挑むのはやめろと怒られた。兄弟の中で一番怒らせるとコワイのが次男なのだそうだ。もっと早く言って欲しい。
私は四男や次男と呼んでいるが、ちゃんと相手にはミドルネームで聞こえているらしい。私の翻訳魔法の不思議である。
私はどうしても日本語で考えてしまうので、この世界に適合した体になっているはずなのに、この世界の言葉が上手く馴染まないようだ。
日本語に関する一切を封印すれば、この世界の言葉を魔法なしで話せるようになると解っているのだが、まだ日本語を封印する気にはなれない。
人の名前がきちんと発音できないのは失礼だとは思うのだが、周りが甘やかしてくれるので甘えている。
続柄がミドルネームに変換されるのはルドルフ兄弟だけだった。ジークさんには四男としか聞こえないらしい。何故ルドルフ兄弟限定便利翻訳機能なのかは分からない。
ちゃんと聞こえるならと、最初の頃ファーストネームで呼ばれることを嫌がったルドルフを、「三男」と呼んだらものすごく無機質な声で聞こえるらしく、今まで通りでいいと言われた。
ルドルフ兄弟ご本人たちの前でもちゃんと名前で呼んでいる。省略されてるが、無機質な声で聞こえるよりはマシだろうと思っている。
渡り人は王族と同等の地位を与えられるそうだ。
最初の頃、不敬かもと悩んでいたのが馬鹿馬鹿しくなるほど、ルドルフ一家は対等に接してくれる。私はそれにも甘えている。皆気安くリーエと呼んでくれ、私は皆を愛称にさん付けで呼んでいる。
何故かマックスからは「さんはいらん」と言われたので、遠慮無く呼び捨てている。どうやら私が「マックスさん」と呼ぶと、可笑しく聞こえるらしい。
そうそう、この国では名前を省略することはないそうだ。
ないそうなのだが、私がジークさんのことをジークさんと呼んでいたら、いつの間にかルドルフもジークと呼ぶようになっていた。短い方が楽でしょ?
「短縮された呼び方の方が、何となくですが特別な感じがしていいですね」
そう言ったジークさんは、自分の奥さんにもジークと呼ばせているらしい。奥さんのことも短縮して呼んでいるそうだ。……ごちそうさま。
愛称、流行るといいな。みんな名前長すぎだよ。
フェンリルにルドルフが持ってきてくれた服を着せようとしたら、着せ方が解らず、結局ルドルフが嫌がるフェンリルにすったもんだしながら着せてくれた。
夕食を食べ、フェンリルは甘味だけを食べ、リビングでコーヒーを飲みながらまったりする。
ルドルフに、私の魔力で得た理解力で解った、私では解らない私自身のことを教えて貰う。
私の産む子供は、皆必ず大きな魔力を持って生まれてくること。
私の体液を与えると、量によって大きさの違いはあるが、魔力が一時的に増えること。
私の体液は、血液、膣液、唾液、涙、鼻水の順にその効果が大きく、汗や尿などは効果がないこと。
体液摂取時、私自身が与えようという意思を込めると、その効果が上がること。
そんな感じのことが解ったそうだ。
さらっと際どい単語が混じっていたが、ルドルフがさらっと言ったので、私もさらっと聞き流した。
他に、私の体液を摂取すると、ルドルフは理解力も使えるようになるらしい。これに関しては他の人にも適用されるのか解らない。いくら考えても私の意思が関係するらしいとしか解らなかったそうだ。
今のところ私の体液にしかその効果はないらしい。フェンリルたちは人の姿を真似ているだけで、元は魔力の塊であるため、体液はないそうだ。言われてみれば、鼻が湿っていなかった。
「つまりだ、魔力を欲するものにとって、リーエは喉から手が出るほど欲する存在と言うことだ」
「血液抜かれたり、強姦されたり、挙げ句自分の子供産ませたり?」
「そうだな」
ルドルフが嫌そうな顔で応える。私だって嫌だ。一気に危険度が上がった。私はほのぼの楽して生きていきたいのに。
「先程も言ったが、特にアベラールの過激な奴らに存在が知れたら、間違いなく狙われるぞ」
「絶対魔力主義国だっけ? そんなに過激なの?」
絶対魔力主義国では魔力のないものは差別を受けるそうだ。表向きは差別がないことになってはいるが、実際には差別があるそうで、同じ親兄弟であっても魔力がないものを虐げる者もいるという。
「家族なのに?」
「そうだ。一部にはそういう者もいる」
大抵は魔力がないと解った時点で他国に移り住むそうだ。逆に魔力が大きい者は絶対魔力主義国に移り住む。
いかにして魔力の大きな子が産まれるか、魔力を持つ子供だけを産み分けられるか、どうにかして魔力を今以上に大きく出来るか、そういうことを非人道的に研究している組織もあるらしい。国は黙認しているという。
「なんだか嫌な感じの国だね」
「全てではないが、そういう傾向にあるな。俺も何度も勧誘されている」
確かにルドルフが婿入りすれば、世界一の魔力が手中に!ってことだもんね。
「いつまでも独身だからじゃないの? ルドルフの研究を理解してくれるお嫁さん候補とかいなかったの?」
「あれらは俺自身が欲しいわけではないからな。そもそもファルファラーの直系男子は生涯の伴侶が解るんだ」
魔力のあるなしにかかわらず、それだけは解るのだそうだ。
どうやら前々回の渡り人を伴侶とした名残らしい。曾おじいちゃんのさらに曾おじいちゃんが女性の渡り人と結婚したらしい。ちなみに前回の渡り人は男性だったそうだ。
渡り人の子には理解力が僅かながら備わるそうで、血が薄れるに伴いそれも薄れているのか、今では魔力がないと伴侶についてしか解らなくなったそうだ。ルドルフは魔力が高いため、時々解ることもあったそうだ。以前「天啓みたいな」と言っていた感覚だ。
「へえ、どうやって生涯の伴侶って解るの?」
「出会った瞬間に解る。伴侶とは必ず出会うのだそうだ」
「じゃあ、ルドルフはまだ出会ってないんだね、早く出会えるといいね」
そう言った後、何となくもやもやとした気持ちになる。
「……そうだな」
ルドルフがまだ出会わぬ伴侶を想ってか、優しげに目を細めながらそう答える様を見て、一層もやもやとした何かが胸に拡がる。
ルドルフが伴侶と出会ったら、今までのように一緒にはいられなくなる。それはとてつもなく不安で怖いことのように思えた。
やっぱり頼りすぎているから不安に思うんだろうな。
独りでも生きていけるようにならないと。




