22 体液
その後、お昼を挟みながら、ルドルフがジークさんと一緒に、魔獣の生態や古代魔法について、あれこれとフェンリルに聞いていた。後半は禅問答のようで、私にはさっぱり分からなかった。
ジークさんに、お昼は何食べたいかと聞けば、「以前侍従長たちと頂いたサンドイッチが……」と恥ずかしそうに言うので、今日もお昼はクラブハウスサンドだ。
毎日食べても飽きない、この美味なるクラブハウスサンド。偉大である。用意するのも簡単だし。言うことなしだ。
フェンリルもご飯を食べるかと聞けば、フェンリルほど大きな魔力を持つ魔獣になると、食事は必要ないそうだ。
「だが先ほどのようなデザートとやらは食べてもいい」
だそうだ。甘いものは別腹だろうか。
「ん? デザートってこっちでも言う? あれ?」
「我は主と繋がっているからな」
にやりと笑うフェンリルは壮絶にイケメンだった。魔獣なのにこの色気。無駄である。お皿を舐めていた輩とは思えない。
デザートという言葉が分からなかったルドルフに、フェンリルが勝ち誇ったように「甘味のことだ。スイーツとも言うぞ」と説明している。フェンリル、わざと言ったのか?
ジークさんに「何処の言葉ですか?」と聞かれたルドルフが、ごにょっと誤魔化していた。
どうも私の翻訳魔法がヘボいのか、外来語が上手く伝わらない。多分私が、単語としては理解しているものの、言語としてきっちり理解していないせいかもしれない。
最初にルドルフにこの国の言葉が分かる魔法を掛けて貰ったときに、古代語が聞き取れなかったのと同じ原理なのではないかと思っている。
クラブハウスサンドとオニオンスープ、プリンを食し、皆ご満悦だ。フェンリルがプリンの容器を舐めようとしたので、阻止した。
「そういえば、フェンリルはどうして私に呼ばれたと思ったの?」
「あの日、主の存在を感じたのは我だけではない。呼ばれたと感じたのも我だけではない。
力あるものたちは皆、主の存在を感じ、力あるものたちは皆、主の呼びかけに答えようとした。
我はそれらを悉く蹴散らし、ようやく主の元に駆けつけることが出来た。
主には我だけで良い」
「力あるものたちとは魔獣のことか?」
ルドルフがフェンリルに聞く。
「汝らがそう呼んでいるものたちばかりではない。力あるものは力あるものだ」
「んー、つまり魔力の大きいものってこと?」
思わず首をかしげながら聞いてみる。
「そういうことでもある」
フェンリルの言葉は曖昧だ。
「ルドルフ呼ばれた?」
「……いや、そういう意味では呼ばれてはいないな」
ルドルフに聞けば、首を横に軽く振りながらそう返ってくる。
「今の此奴程度の力では分からぬであろう。その程度の力では我とは契れぬ」
「今のってことは、魔力は大きく出来るのですか!?」
いつも冷静なジークさんが、食いつき気味にフェンリルに聞いている。
フェンリルは言葉の合間合間に、お茶菓子のクッキーをぼろぼろこぼしながら食べている。
「我のような力あるものと契れば、力あるものの力も契りし者の力となる。だが、力あるものが望まない限りは、その者と同等か、それより小さき力のものとしか契れぬ」
「魔獣と契約すると、その契約した魔獣の魔力も使えるようになると言うことでしょうか!」
ジークさんの目が真剣だ。そんなに魔力を大きくしたいのだろうか。
聞けば魔力隊でも中程の魔力を持つジークさんは、日頃からルドルフの従者にふさわしくない魔力だと馬鹿にされていたらしい。
ルドルフは「魔力だけが全てではない」と言ってはいるが、魔力隊ではどうしても魔力の大きさで実力を計られてしまうそうだ。
「でもそれだと、他の魔力の大きい人が魔獣と契約したら、更に魔力は大きくなるから、ジークさんの立場的にはあまり変わらないよね」
思わず言えば、ジークさんがうなだれた……。
「まだ魔獣と契約出来ると分かったばかりだ。そういうことはもっと先の話になるだろう」
ルドルフの言葉に、さらにジークさんはうなだれた……。頑張れ、ジークさん。
フェンリルがこぼしたクッキーの欠片をちまちま拾って食べている。お行儀が悪いからやめなさい。
「一時の力が欲しくば、我が主のような、力あるものの体液を与えれば良かろう」
「ん? フェンリルの意思をルドルフに伝えた時みたいに?」
「そうだ、あれは主の魔力を一時此奴が使えるようになった故、我の意思が伝わるようになったのだ。今も此奴は主の力を感じているはずだ」
「そうなの?」
ルドルフに聞けば、なんだかものすごく真剣な顔で肯いた。
「これが外に漏れるとリーエが狙われるな。特にアベラールには漏らしたくない。大方のことは分かったことだし、ひとまず陛下に報告に行くか」
「確かにアベラールに漏れると危険ですね」
「アベなんとかって?」
「アベラールだ。絶対魔力主義国だからか、魔力に関しては色々うるさい」
「ルードルフ様はこの国ならず四国一番魔力が大きいため、アベラールからの縁談や勧誘がそれはもう煩わしいほどなのですよ。ルードルフ様には無駄なことなのに、あいつらは何度言っても分かろうとしない、まったく、間に立たされる私の身にも……」
ジークさんがぶつぶつ言っている。
「主の子は必ず強き力あるものとなるだろうしな」
「なに! リーエの子は必ず魔力持ちとなるのか!」
「それは……!」
フェンリルの言葉に、ルドルフとジークさんがものすごく驚いている。
「魔力のある人には魔力のある子供が生まれるんじゃないの?」
「そんなことはないんだ。魔力の大きなもの同士の子であっても、魔力のあるなしや大きさの違いがある。必ず魔力を持つ者が生まれ、しかも皆大きな魔力を持つとなると……」
「……あー、貞操の危機?」
「そういうことになるな」
嫌な事が判明した。思わず「うぅっ、最悪だ……」と漏らせば、「主は我が必ず守る。そのようなことにはならぬ」とフェンリルが男前発言をしてくれた。イケメンに言われてみたいセリフをイケメンに言われた!
ルドルフが渋い顔をして立ち上がり、にやけた私を見下ろしている。緊張感なくてごめんなさいね。
「ジーク、戻るぞ。
リーエ、念のため結界を強化しておけ。ああ、でも不用意に結界には近づくなよ」
「結界は我が重ねておこう」
フェンリルに「頼んだ」と言ってルドルフがジークと共に仕事部屋に戻る。トイレのドア改め、転移扉からお城に戻るのだろう。
フェンリルはテラスから庭に出て行った。早速結界を張りに行くらしい。
バスローブ姿だけどいいのか? しかも裸足……。




