21 残念な
「あー、そう言えばジーク、おまえこっちに来てしまったな。ひとまずここについての秘密契約をするがいいか?」
家の中をさりげなく且つしっかりと観察しているジークさんに、ルドルフが渋い顔をして言う。
侍従長や女官長と違って、ジークさんは今まで仕事部屋とラウンジ、先王夫妻が滞在している間はオートロックの扉が開放されていたので、そこから見える吹き抜けのホールの様子しか知らないはずだ。
今までホールに足を踏み入れたことはない。
何も知らないわけではないが、肝心な部分は知らなかったはずだ。
「これまでリーエの結界近くでは、一度たりとも魔獣の気配を感じたことが無かったんだがな……」
それが先ほど、とてつもなく大きな魔獣の気配を感じたルドルフは、慌てて私を探すも何処にも居ない。
焦ったルドルフは、ジークさんと手分けして家中探し、それこそクローゼットの扉も全て開けながら探していると、ジークさんがテラスの飲みかけのオレンジジュースを見つけ、まさかと思いながら魔獣の気配に近づけば、私が魔獣の前に居たという。
「えーっと、……すみません」
……一言断って行けば良かったかも。でもあの時私も魔獣だとは思ってなかったし。それより、魔獣の気配って分かるものなのか。
「ジーク、この邸宅については国家機密だ。あとで陛下と機密契約もして貰わねばならん」
「構いません。実は拝見したいと思っておりました。将来も安泰ですし」
フェンリルにとりあえずとバスローブを着せていると、ルドルフとジークさんの話す声が聞こえる。
「ねえ、機密契約って何?」
「王家に関することや国家機密など、他言できないよう魔法で契約を施すんだ。機密契約をすると拷問されても話せないようになる」
「拷問って……なんか大げさじゃない?」
「大げさではございません。この邸宅のことも、リーエ様のことも」
テラスから家の中に入り、カフェコーナーで一息ついているルドルフとジークさんに、キッチンでコーヒーを入れながら聞けば、なにやら物騒なことになっている。拷問って。
「父上の侍従長や母上の女官長は元々機密契約を施されているから問題はなかったんだがな。これでジークの将来が決まってしまったな……。すまん」
「そんな! 私にとっては喜ばしいことです」
機密契約を結んだ人は、生涯王族に仕えることになるのだそうだ。
ジークさんは将来街長にとの声もあったそうで、いわゆる高官らしい。単なるルドルフの付き人みたいなものかと思っていたら、その年で王族の侍従になれるのは超エリートなのだそうだ。
魔力長補佐がルドルフの右腕なら、ジークさんは左腕なのだという。ちなみに魔力長補佐はジークさんの兄だそうだ。ん? ルドルフの補佐って青の看板の宿屋一家の長男だったような?
「ジークは、あの宿屋の四男だ」
ルドルフの周り、青の看板の宿屋一家率が高いな。あの一家が優秀なのか?
お母さんはルドルフの乳母、長男はルドルフの補佐、確か長女は街長の息子と結婚してると言っていた。で、四男がルドルフの侍従。
一家のうち三人がルドルフという王族に関わっている。
「それで、なんで将来が安泰なの?」
「ジークはおそらく、俺の侍従長になるだろう」
まだ結婚していないルドルフには侍従長が決まっておらず、この時点で機密契約を結ぶジークさんは、必然的に将来ルドルフの結婚と同時に侍従長となるそうだ。
ジークさんの将来が決まってしまったとルドルフは申し訳なさそうだが、ジークさんは嬉しそうだ。
コーヒーと一緒にロールケーキを用意すれば、ジークさんの目が輝く。
フェンリルはコーヒーの匂いをふがふが吸い込んでいる。イケメンが台無しである。
ルドルフが椅子に座り、ジークさんにも座るよう勧めているが、同じ席に着くのをジークさんは遠慮している。そのやりとりを横目に、ジークさんの分も同じ席に用意する。
「元々私はルードルフ様の侍従長を目指しておりましたから」
「そうなのか? てっきりアルバかソルバあたりの街長になるのかと思っていたぞ」
「いえ、妻と共にルードルフ様に仕えたいと思っております」
ジークさん、結婚してたのか。若く見えるのに。
ロールケーキを手づかみで食べようとするフェンリルに、フォークの使い方を教えながら、何となく聞いていたら、ジークさんのプライベートが次々と明るみになる。
「……ああ、ジークの嫁さんは女官だったな、そういえば」
「……リーエ様にお気に召して頂けるとよろしいのですが」
「ああ、まあ、そうだな、リーエにも女官をつけるか、うん」
「えー、女官とか要らないよ、自分のことは自分で出来るし」
「女官というより、話し相手として如何でしょうか」
「あー、確かに友達は欲しいかも。毎日暇だし」
フェンリルがフォークを上手く使えず唸っている。
イケメンの元は魔獣なのだから、フォークなんて使ったことがないかも知れない。
「……今日は手づかみでいいよ、明日からちゃんとしようね」
そうフェンリルに言うと、がしっと手で掴んでぺろっと飲み込んだ。犬食いである。待ての後のシロと同じだ。イケメンが台無しである。
「……陛下の許可が頂けるようでしたら、近いうちに……」
「……そうだな」
さっきから時々二人でぼそぼろ話しているが、フェンリルが気になってよく聞いてなかった。私の話し相手を紹介するのにどうして長男の許可が必要なんだろうか?
最初は同じ席に着くことを固辞していたジークさんだが、ルドルフや私にしつこく勧められて同じ席に着いている。
ルドルフに「ジークも食べてみろ」と勧められて、ジークさんがロールケーキに手を付ける。そして一口食べて涙目になった。それを見てルドルフが笑いながら「旨いだろう」と言っている。
フェンリルは手についたクリームをしつこく舐めている。だからイケメンが台無しだよ。
「以前頂いたサンドイッチも衝撃的でしたが、これはそれ以上です!」
ジークさんが熱く語っている。
あとでお土産に持たせてもいいかとルドルフに聞けば、「今はまだダメだ」という。
ならばおかわりを用意しようと席を立てば、フェンリルにもおかわりをねだられた。しかもお皿まで舐めている。本当にイケメンが台無しである。