20 契約
「いきなり何をする!」
怒るルドルフに、私の体液を与えるとあの銀色狼の意思が伝わることを説明する。
「最初に説明したら嫌がると思って」
そう言うと、むうっと黙った。だよね。
再び指を舐め、ジークさんの口に入れようとしたら、ルドルフに指を掴まれて止められた。ひとまずはルドルフだけでいいそうだ。
ルドルフが銀色狼を見る。銀色狼もルドルフを見返す。
『主、呼ばれた、来た、契』
「わかる?」
「……なんとなくわかる。主? 呼ぶ? 来る? 契、契約か?」
「そんな感じ」
ルドルフにも伝わったみたいだ。ジークさんも興味深そうに見ている。
「お前と契約できるのか?」
『是』
「誰とでも出来るのか?」
『否』
「契約はリーエとするのか」
『是』
「俺とは出来ないのか」
『……是』
「その間は何だ」
『……』
「……契約するとどうなる」
『従う、守る、絆』
ルドルフが銀色狼と話している間、ジークさんにも体液を与えようとしたのだが、さすがに断られた。
「まあ、他人の唾液を口に入れたくはないよね」
「いえ、そういうわけではありませんが……」
嫌なら嫌って言ってもいいのに、ジークさんは優しい。でも心の中ではえんがちょ! って思っているのかもしれない。
「リーエ」
指をえんがちょの形にしていじけていたら、ルドルフに呼ばれた。
「この魔獣を結界の中に入れられるか?」
「うーん、ここの部分だけ穴を開ければいい?」
「ああ、それでいい」
魔獣除けの結界に触れながら、銀色狼の大きさの分だけ解除する。まさに穴を開ける感じだ。
銀色狼がゆっくり結界の中に入ってきた。しっぽの先まで結界内に入ったのを確認して、穴を閉じる。
間近で見ると更に大きい。
「触ってもいい?」
見上げて聞けば、頷いてくれる。
そーっと手を伸ばして、胸の辺りの毛をなでる。ふわっふわだ。もっと硬いのかと思っていたのに、ふわっふわだ。思わずもふっと抱きついた。
「リーエ!」
ルドルフに引き剥がされた。
「ルドルフも触らせて貰いなよ」
「後でいい。それより先に契約をしろ」
せっかちなルドルフに「はいはい」と言いながら、指の先を噛み、血を少し出す。ちょっと痛い。
指先を銀色狼に向かって伸ばす。
「契約してくれる?」
銀色狼が血の付いた指をぺろりと舐める。
すると私の体から出た魔力が、ほわりと銀色狼を覆い、その体に吸い込まれていった。
再び指先をぺろりと舐められると、噛んだ指が治っていた。
「ありがとう」
「我こそ主と契り、絆が結ばれ、喜ばしい」
銀色狼がしゃべった。
頭に浮かぶあの感じじゃなく、ちゃんと声? として聞こえる。ルドルフとジークさんにも聞こえているようで、驚いた顔をしている。
「言葉、話せるようになったんだね」
「主と契り、絆が出来た故」
「もう一度触ってもいい?」
「主の気が済むまで」
なでりなでりとなでつつ、その輝く銀色の毛並みにもふっと抱きつく。抱きついて頬擦りし、ふがふがと匂いをかげば、草と太陽の匂いがした。
「古代魔法が使えるのか?」
またもや私を引き剥がしながら、ルドルフが銀色狼に聞いている。
「汝の言う魔法とやらは知らぬが、力を使うことは出来る」
「……なるほどな、色々聞きたいことがあるが、答えて貰えるか」
「我の知ることなら」
なんというか、賢い。
昔、狼は大神と言われていたと聞いたことがある。
「主、名を」
銀色狼に名を授けると、契約は更に強固なものになるらしい。
一時的な契約なら血の契約だけでいい。
名の契約まですると契約者の命に縛られ、生涯を共にすることとなる。
解ったことをルドルフに話しながら、銀色狼に聞く。
「名を与えると、私の寿命に縛られることになるんだよ。
あなたは私より長く生きてきて、更に長く生きることが出来るでしょう? 寿命を縮めることはないと思うよ」
「いや、良い。主と共に生きるが喜び。名を与え賜え」
ルドルフを見ると頷いている。
「じゃあ……名を与えます。
んー……、うん、汝の名はフェンリル、フェンリルと名付ける」
「我が名はフェンリル、フェンリルと名を賜う」
再び私の体から出た魔力がフェンリルを覆う。更に絆が太くなったと感じる。
フェンリルの体に魔力が吸い込まれると同時に、フェンリルの姿が一瞬ぶれたようになり、その姿が変わる。
目の前に超絶イケメンが立っている!
「誰?」
「我だ、主」
「うそ! フェンリル?」
「名を賜ったので、主と同じ種族の姿に変わることが出来た」
「契約して名を与えると姿も変えられるのか……」
ルドルフがふむふむと頷いている。
いやいや、ふむふむじゃなよ。何このイケメン。目が潰れる。
光を受けて輝く銀髪は眩しいほどで、涼しげな目元を彩る瞳は薄いグレー、いや銀色だ。今まで見たことが無いほどの美しい顔立ち。あのイケメンのハリウッドスターが霞むほどの美しさだ。
背はルドルフより二十センチは高いだろうか。細く引き締まった体は、いわゆる細マッチョで、手足も長く、まるで彫像のようだ。
うわーっと思いながらもじっくり観察してしまう。
一人常識人のジークさんが、自分の上着をフェンリルの腰に巻いた。
姿が変わったフェンリルは素っ裸だ。色々じっくり見てしまった。女二十六、羞恥より好奇心だ。あとでルドルフに怒られたのは言うまでもない。
腰にジークさんの上着を巻いたフェンリルと一緒に、皆で家に戻る。
「なあ、フェンリルの名の由来は何だ?」
「私の世界の神話に出てくる大きな狼の名前だったと思う」
「……唯一の名ではないのか」
ルドルフががっかりしている。
自分ならあーする、こーする、と長ったらしい名前を挙げていたが、フェンリルは私の契約魔獣である、私の好きな名前でいい。分かりやすくていいじゃないか。長ったらしい名前なんて憶えられるわけがない。
最初は、銀色だからギンにしようと思っていたのだが、やめてよかった。
ルドルフのがっかり具合が、あの時の父に似ている。
実家のシロはとてつもなく可愛いチワプーだった。
当時十歳だった私が名付けを任され、白っぽかったのでシロと名付けた。
見た目の可愛らしさ同様の、ラブリーな名前を希望していた父は、今のルドルフと同じく酷くがっかりと肩を落としており、せめてもと漢字で白露と書かれ、役所に届けられた。
母と私は「カタカナでも可愛いのにねー」と言い合っていたので、私の名付けのセンスは母譲りだと思う。
ギンに比べたら、フェンリルなんて格好いいじゃないか。私にしては上出来だ。
「ねぇねぇ、フェンリル。フェンリルって名は嫌だった?」
「嫌なわけあるまい。主から賜った名だ。たとえどのような名でも我は喜んだであろう」
……つまり何でも良かったってことか。ギンでも?




