17 ルドルフ一家
そんなこんなでひと月が経った。
その間。
うっかり熱を出して七日間も寝込んだ。ルドルフが看病してくれたらしいのだが、熱が高すぎたのかあまり憶えていない。私の熱が下がった後で、ルドルフは看病疲れか一日中寝ていた。かたじけない。
命あるものは魔法で再現できないと解り、市が立つ度に庭木や花を買いに行き、庭が充実した。
露天風呂の目隠しの植栽はよく出来たフェイクだった。
ルドルフは毎日ちゃんと帰って来てご飯をねだった。
途中面倒くさくなってカップ麺を与えたら、えらく気に入ったらしく三日間食べ続けた。放っておけばまだ食べ続けそうだったので、結局食事を作ることとなり、最近はルドルフの食事係化している。
今ではすっかりお風呂の魅力にはまり、露天風呂が一時ルドルフ専用化され、怒り狂った私が日替わりを強制した。「浄化じゃダメなのか?」って言ってたくせに。
アイスクリームを食べ過ぎてお腹を壊したり、出来たてのアップルパイにかぶりついて火傷をしたり、試しに使ったローズの部屋のシャンプーの香りのせいで、結婚できないのはそちらの趣味だと疑われたり、それなりに失敗もした。主にルドルフが。
市の立つ翌日には毎回ルドルフの家族に付け届けをしておいた。運び役のルドルフは毎回鼻高々だそうだ。
特に、冷蔵庫にあったハーブ類一式と、スパイス類一式を持たせたところ、五男が非常に喜んだらしい。
言葉も互いに砕けきり、今ではすっかりタメ口だ。
そんなこんなでひと月が経った。
そう一度言おう。そんなこんなでひと月が経った。
なぜか我が家のリビングにルドルフ一家が勢揃いし、家の中をさりげなく観察している。
しかも早朝である。
この世界に来てひと月ちょっと、主にルドルフ以外と接してこなかった私に、いきなり知らない異世界人十人の相手は無理だ。しかもルドルフ一家と言うことは王族である。うっかり不敬なことでもしでかしたなら、命が危うい。
自らの命の危うさに心細くなっていたところで、苛立ちを抑えたような声が上がった。思わずびくついてしまったのは仕方がないと思う。
「兄上が『一区切りの間様子を見る』などと!よく考えもせずに言うものですから、こんなに我慢しなければならなくなったのですよ!」
私には聞こえないように言ったつもりだろうが、しっかりと聞こえてしまった。更に別の声が「本当だよな、物分かり良さそうなふりをするからだ」と続き、「兄上は格好付けすぎです」とも聞こえた。「あの時皆だって同意したでは無いか」と反論しているのは、兄上であり国王である長男だろう。
「聞こえてますよ」
ルドルフが私の後ろから声を掛けると、こそこそしていた声がぴたりと止む。
皆が一斉にルドルフの前に立つ私を見るので、びびりつつも会釈してみる。顔が引きつっているのは仕方ないと思う。
不敬になる前に自己紹介しようと口を開き掛けた途端、一斉に皆が声を掛けてきた。思わず「ひぃっ」と声が漏れ、ルドルフの後ろに隠れそうになってしまったのは不可抗力だ。
ルドルフの兄弟たちは挨拶もそこそこに、切々と、そりゃもう切々と、いかにこの一区切りの間、我慢してきたのかを訴えている。
詰まるところ、長男は「もう一度甘味が食べたい」、次男は「もう一度お酒が飲みたい」、四男は三男に散々自慢された「露天風呂に入ってみたい」、五男は「生の薬草と乾燥した薬草がもう一揃え欲しい」、だそうだ。
ものすごく遠回しに遠回しに、それぞれが己の欲望を吐き出した。ちなみに四男だけはストレートに言った。
ご両親はそれをにこにこしながら聞いている。
……王族である。
日本で言うところの天皇御一家である。
さっきまで腰が引けていた私が馬鹿馬鹿しくなるくらい、欲望にまみれた兄弟だ。
「……ルドルフの兄弟って感じだね」
「すまん」
小声でルドルフに言えば、小声で謝られた。このひと月で空気が読めるようになっている。
それだけではない。
長男の嫁、つまりは王妃、次男の嫁、四男の嫁、おまけに五男の婚約者まで来ている。こちらもこちらで、遠回しすぎて何が言いたいのか分からない。
詰まるところ、「シルクに触れたい」、「タオルに触れたい」、「露天風呂に入りたい」、「あいすくりーむとやらを食べてみたい」である。四男の嫁はやっぱりストレートに言った。似たもの夫婦である。
「今、お城空っぽだね」
「本当すまん」
最後に、それらをにこにこしながら聞いていたご両親が一言。
「しばらく世話になろう」
「しばらくお世話になるわ」
声を揃えて言った。
それを聞いた兄弟とその嫁たちはズルいズルいと大騒ぎだ。仲良しなのは良いが、正直うるさい。さすがルドルフの家族だ。
黙ってルドルフを睨みつけ、これ私が断れるわけないよね、と目で訴えると、本当に申し訳ない、と同じく目で訴えられた。
それを見ていた五男がその婚約者にのほほんと言う。
「仲がよろしいですねぇ」
五男の婚約者がこくこくと頷いている。
見えないところで、兄弟たちに自慢しまくっていたであろうルドルフの脛を蹴っておいた。弁慶と共に泣くがいい!
それぞれが我慢していたと訴える物を一通り用意する。
長男にはプチケーキ、ロールケーキ、プリンをそれぞれ一箱ずつ。
次男には赤白ぞれぞれのワイン二本ずつと高級ブランデー、高級ウィスキー、大吟醸を一本ずつ。
四男とその嫁は露天風呂にご案内。
五男にはハーブにスパイス一式を三セット。
長男の嫁にはシルクのベッドカバーを紙袋に突っ込んで。
次男の嫁にはバスタオル、フェイスタオル、ゲストタオルのワンセットを紙袋に突っ込んで。
五男の婚約者にはアイスクリーム全種類保冷剤と共に紙袋に突っ込んで。
ひとまずお引き取り願った。
不敬とかもういい。きっと彼らは王族ではない。単なるルドルフの家族だ。気にしたら負ける!
だいたいこれだけの人数がどうやってやって来たのかと思ったら、仕事部屋のトイレだったと思われるドアに魔法陣が刻まれており、ルドルフの執務室と繋がっていた。いつの間に!
ほくほく顔の王族が、きっちり一列に並び、ぞろぞろとトイレのドアに消えていく。
……見なかったことにしよう。
入れ替わるように、ローズの部屋に滞在することがなし崩し的に決まった、先王夫妻の侍従長と女官長が、揃ってトイレのドアから現れた。もう好きにすればいいよ。
お昼に例のクラブハウスサンド、スコーン、プチケーキをティースタンドにセットする。
女官長が横で紅茶を用意してくれている。
侍従長がガーデンソファーで日向ぼっこしている先王夫妻と、未だ露天風呂を堪能している四男夫婦にそれぞれ運んでくれた。
同じ物をダイニングにテーブルに並べ、ルドルフと二人、無言で食べた。女官長がやはり無言で紅茶を入れてくれた。ものすごく美味しかった。
先王夫妻が滞在するどさくさに紛れてなのか、私にトイレのドアの魔法陣がバレたからなのか、今日からは仕事部屋がルドルフの執務室となっていた。既にルドルフの侍従が待機している。もう本当好きにすればいいよ。
侍従長と女官長、ルドルフの侍従にも同じ物を用意したが、自分たちは後でいいと、皆が食べ終わるまでそれぞれの給仕や仕事をこなしていた。
ラウンジが一時的に侍従長たちの待機場所となり、オートロックの電源を切って、ホール入り口の扉は開け放しておく。
侍従長たちがラウンジで、ようやく食事に手を付けた途端、あの日のルドルフのように感動で涙目になっていたのを、ルドルフと一緒にこっそり見ていた。




