12 渡り人
帰ってきたルドルフが言うには、あの破落戸対策用の結界はルドルフ的には素晴らしいものらしい。解析してみれば自分の知っている魔法ばかりだったらしいが、その組み合わせ方が斬新なのだそうだ。
「この結界を公にするか?」
「ルドルフが作ったことにしてくれればいいよ」
「他人の功績を横取りするようなマネは出来ない」
誰かの役に立つなら公開すればいいと思う。そこに私の名前が付く必要は無い。ルドルフは研究者としての血が騒ぐのだろうか。それにしては言葉に熱を感じない。
「カトゥ、一躍時の人となれるぞ」
「私のことも一躍世間に知れますが」
間髪入れずに言い返せば、ルドルフが黙り込んだ。
この家のことも、無詠唱のことも、私のことも、目立たないことに越したことはない。私はこの世界では異質だ。
「あのね、ルドルフ。
実は私、この世界の人間じゃないんですよ。なので目立ちたくありません」
ルドルフは信用出来るというあの不思議な感覚と、これまでのルドルフを見てきた自分の感覚を信じ、思い切って告白する。
誰か一人くらい、私のことを知って欲しい。一人で抱え続けるのは辛い。
「……あー、まあ、そうだろうな」
「あれ? ……知ってたの?」
少し呆れたような顔で「まあな」とルドルフが言う。
「俺がさっき寝ていた寝台に使われていた布な、この世界にはまだない。
解析したら材料を作る虫はいるが、あの虫からあの布の材料が出来ることはこの国ならず、他の三国でもまだ知られていない」
軽く溜息をつきながら、「そもそもだな」と続けたルドルフによると、最初にあの丘で出会った瞬間、私がこの世界では異質だと解ったのだそうだ。
そう、ルドルフもあの不思議な感覚で解るそうで、私のように自分の意思で感じることは出来ないが、ここぞと言うときに天啓の様に感じるのだという。
で、私の存在は異質ではあるが、膨大な魔力を持ち、無詠唱で魔力を使う私は、ルドルフにとって得難い存在であると解った時点で、私のことは周りに知られない方がいいと思ったらしい。
不自然ではない程度に存在は知られてもいいが、あまり深く知られないようにと考えていたのだそうだ。
知っていたなら最初からそう言って欲しい。さっきの振り絞った勇気を返してくれ。過去のあらゆる告白より思い切りが必要だったのに。
「それにだな。最初に会ったときに、この世界で私が一人で生きていけるように手を貸すよう俺に言っただろう。
普通、別の国にいたなら“この国で”、別の街にいたなら“この街で”と言うだろう?
ならば“この世界で”と言うカトゥは、別の世界から来たと言うことになるだろう」
うわぁ、あの時の自分のドヤ顔を無かったことにしたい。
してやったりな顔をしているルドルフの説明が続く。
そしてこの家。
テラスに貼られた石を見て、ここまでの加工技術はこの世界にはまだないと分かり、家の中に入ったら入ったで、この家にあるあらゆる物が、この世界にはまだないと解ったのだそうだ。ただし、原料となるものはこの世界にも存在しているものばかりだそうだ。
この家を再現する際、この世界に存在するもので再現されていおり、見た目は同じ物でも元の世界のものとは厳密には別物だということが、私にも今解った。なるほど。
「この邸宅にある物と同じ物を作る原料はあっても、加工技術や製造技術がまだない」
ルドルフが帰ってこなかったあの五日間、私のような世界を渡った人資料や、過去に天啓で分かったことを纏めた資料を読み漁っていたそうだ。
宿屋の女将さんに、私をなるべく部屋から出さないようにと依頼もしていたらしい。だから引きこもっていても何も言われなかったのか。
あの宿屋の女将さんはルドルフの古くからの知り合いらしく、信用出来る人だという。
「調べて何か分かりましたか?」
ルドルフの曾祖父の時代にやはり世界を渡って来た人がいたそうだ。
だが、なぜか健康体であるにもかかわらず、赤子のように歩けず、話せず、食べられずで、人並みに生活出来るまで三年ほどかかったらしい。
精神世界から門をくぐって初めて肉体を得たなら、最初から上手く動けるわけがない。
「曾祖父の更に曾祖父の時代にも、同じように世界を渡った人の記録があったが、やはり最初は同じような状態だったらしい」
それにしてもどれだけ昔の記録が残っているんだろう。ルドルフって由緒正しき家柄なのだろうか。
「凡そ百巡り前後に一人ずつ、世界を渡った人が現れたという記録が残っている。俺の代でも現れるだろうことは解っていた。
カトゥが現れる前日に、渡り人がアルバの街の近くに現れることが解ったので、あの時真っ先に駆けつけることが出来たのだ。
カトゥは最初から話すことも、違和感なく体を動かすことも出来ていた。そのような渡り人の記録は調べても出てこなかった」
ルドルフがゆっくりと静かに私に話す。私のような人を渡り人と呼ぶらしい。
私もなるべくゆっくり冷静に話す。
「私は世界を二度渡ったんです。
通常は隣り合う世界からしか渡ることは出来ないそうです。
この世界の両隣は精神のようなものだけが存在する世界らしく、過去の渡り人たちは、この世界に来て初めて肉体を持ったからこそ、最初は上手く動くことが出来なかったんだと思います。
私はこの世界の隣の、その更に隣にある、この世界と同じように肉体を持った世界から渡って来たんです。
この世界には、過去に二度も世界を渡った人がいないことは解っていますが、何故私だけが二度も世界を渡れたのかは解りません。解らないということが解りました」
この世界に来たときにこの世界に合わせて肉体が形成されたこと、だからこの世界の人と同じ体のつくりであること、元の世界とこの世界の人の体は魔力が無いだけで同じであること、だからすぐに体を動かせたこと。
元の世界と時間や暦の概念がほぼ同じこと、太陽と月は一つだったこと、魔力は無く、魔獣が存在しないこと以外は似たような環境だったこと。
思い浮かんだことをぽつぽつ話している間、ルドルフは口を挟まず静かに聞いてくれた。
一度に全部を話すのは無理なので、思いついく度に話していくことにする。
本来、渡り人は早い段階で国に保護されるそうだ。
私はルドルフの一存で、未だ国には報告されていないという。
今までの渡り人たちは、ルドルフの二倍前後の魔力しか持たず、おまけに言葉の概念もなく、体も上手く扱えないため、扱いに困った発見者から、それぞれを治める長を通じて早々に国に報告が上がり、保護されるのだそうだ。
実はルドルフはこの国の魔力長という、魔法使いを纏めた人たちのトップで、おまけに王弟なのだそうだ。
この国は皆子だくさんで、ルドルフは男ばかりの五人兄弟の真ん中の三男。長男が国王、次男が国王補佐、ルドルフが魔力長、四男が武力長、五男が信官長だそうだ。
国王補佐は宰相のようなもので、武力長は魔力が無い人を纏めて鍛え上げた騎士団長のようなものらしく、信官長はこの国の信仰を司るトップらしい。
自然信仰なので神官長ではなく信官長だそうだ。なんというか、私の翻訳機能の限界を感じる。
特に兄弟仲は悪くないそうだ。むしろ良いと言う。
王弟だからこそ、私の存在をルドルフの一存で伏せることが出来たそうで、今後どうするかは私と一緒に考えてくれるそうだ。
ちなみにルドルフと五男以外は結婚しているらしい。
この国は王族であっても一夫一妻制なんだそうだ。他国の王族には一夫多妻制もあるという。
兄弟は皆二つずつ年が離れており、長男三十六歳、次男三十四歳、ルドルフ三十二歳、四男三十歳、五男はもうすぐ誕生日がきて二十八歳になるそうだ。ちなみに五男には婚約者がいるそうで、もうすぐ結婚するらしい。哀れ、ルドルフ。




