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11 姿

 ルドルフが勝手に自分の所有権を主張している部屋の扉を開けると、ベッドの上で大の字に寝ているルドルフがいた。私だってまだベッドに寝転んでいないのに!

 鼻を抓んで起こしてやった。


「人がこの家を使えるようにしている間に、居候のあなたは何をしてるんですか?」


 とてもいい笑顔で聞いてやった。私もごろごろしたい。


「この寝台、一体何で出来ている? ……そう睨むなよ。

 少しばかり寝転んでみたら思った以上に快適で……、そのまま解析をしたり、まあ、色々考えているうちについ寝入ってしまったようだな」


 ルドルフが選んだ部屋のベッドリネンはシルクだ。その感触を確かめながら言い訳をするルドルフ。


「食事を用意したので、呼びに来たんですが、いらないようですね」


 そう意地悪く告げ、部屋から出て行こうとすると、慌ててルドルフがベッドから降りて着いてきた。


「たしかに腹が減ったな。俺のために食事を用意してくれたのか。いるに決まっているだろう」


 ルドルフが寝ぼけたことを言っている。ルドルフのためではない。ルドルフはついでだ。


 階段を降り、吹き抜けのホールからダイニングキッチンに続くアクリル扉を全開にすると、またもやルドルフの鼻の穴が膨らんだ。


「説明は後!」


 ルドルフが何か言う前にびしっと言って、ダイニングテーブルに着く。

 それぞれの席にサンドイッチ、スコーン、プチケーキのお皿とマグカップが並ぶ。

 ルドルフを呼びに行く前にセットしておいたコーヒーメーカーからは、コーヒーのいい香りが漂っている。電気コードを気にしなくてもいいので、ダイニングテーブルの上にどんと乗せてある。


「いい香りだな、何の香りだ?」


 コーヒーについて簡単に説明する。

 この世界にもコーヒーのような木はあるが、この国にはないことが解った。


「苦いと思ったら砂糖やミルクを入れてみてくださいね」


 一口飲んだルドルフは、どうやら気に入ったようで、そのままでいいと言う。

 私はミルクをたっぷり入れた。エスプレッソマシンもあったので、後でエスプレッソも入れてみよう。


「では、召し上がれ」


 そう声をかけ、小さく「いただきます」と言って食べ始める。


「これは旨い! カトゥが作ったのか?」

「いえ、冷蔵庫に入ってました」

「レーゾーコ?」

「……それも後で」


 ルドルフは「旨い! 旨い!」と言ってぺろりと全て平らげた。

 プチケーキに至っては、その甘さにちょっと目を潤ませて感動すらしていた。そうだろう、そうだろう。現代日本の高級コテージに用意されていた食べ物だ。美味しいに決まっている。ただでさえ美味しいのに、比較対象があの味のない食事なのだから、そりゃ大の男も涙を流すってなものだ。うんうん。

 あまりに感動しているので、もうワンセット用意してあげた。減らない冷蔵庫と食品庫さまさまだ。


「この後どうします? 私は残りの設備のチェックをしますが」

「あの破落戸対策に張った結界が気になるから見に行く」

「では日が暮れる前に戻ってきてくださいね」

「わかった」


 さて、私も日暮れまで頑張ろう。



 二階の各部屋のお風呂、洗面、トイレの水栓や排水口に触りながら魔法陣を刻む。

 トイレは宿の桶便器を参考に、便器自体に魔法陣を刻む。

 便器に触れた手を浄化ではなくハンドソープで洗えば、浄化したときよりも手を洗ったという実感が湧く。ハンドソープの香りもいい。久しぶりに香りというものを感じた気がする。

 この世界は浄化の魔法があるからか、香水などの香り物は一般的ではないようで、街で香水を付けている人は見かけなかった。


 当時私が泊まった部屋はリビングの上にある。

 香りは全体的にシトラス系を希望したので、ハンドソープはグレープフルーツの香りだ。

 私が使っていた部屋の隣、ルドルフが使っている部屋は、ジャスミンの香りだ。

 魔法陣を刻むついでに、ルドルフが寝転がっていたベッドに浄化の魔法をかけ、きちんと整えておいた。

 ブリッジを渡り、ダイニングキッチンの上の部屋はローズの香りで、ベッドリネンはシルクだ。

 その隣のスタッフルームの上の部屋はミントの香りとフレンチリネンだった。


 各部屋、シトラス、ジャスミン、ローズ、ミントの部屋と呼ぼう。ルドルフにはミントの部屋を勧めてみよう。ルドルフにジャスミンの香りは合わない気がする。


 それぞれの部屋の美容家電や空気清浄機、ドライヤー、タオルウォーマーなどにも触れていく。

 ドレッサーの下にある可動式のチェストやハンドソープのボトル、シャンプー類やトイレットペーパーなどにも状態保持の魔法陣を刻んでおいた。



 一階に降り、さて薪ストーブはどうしようかと考えて、後回しにすることにした。

 この世界は元の世界と同じような環境だ。

 一年は三百六十五日、一日は二十四時間、地域ごとに差はあるが四季がある。

 違いと言えば、太陽はひとつだが月がふたつあり、空気中に魔力があり、魔獣がいることだろうか。

 空があり、大地があり、海があり、動物や虫、植物があり、鉱物がある。砂地はあるが砂漠はない。湖も泉も池も川もある。火山はあるが噴火はしない。魔力で自然に抑えられていることが解った。スゴイな魔力。

 と言う訳で冬前まで薪ストーブは後回しだ。



 そうだ! ルドルフが帰ってくる前に露天風呂を堪能しよう。

 露天風呂は濃いグレーの大理石で出来ており、畳二枚分ほどの大きさである。大理石に含まれる結晶が、日の光を受けて煌めいている。


 露天風呂の水栓と排水に触れ魔法陣を刻む。さらにジャグジーのスイッチにも触れておく。

 近くに温泉は湧いてないだろうか。お風呂の水栓を見ながら考えていると、結界の外だが少し先に単純泉の地下水脈があることが解った。

 温泉の水栓に触れ、地下水脈まで魔力を伸ばし、汲み上げと浄化と温度が四十二℃になるよう魔法陣を刻む。温度調節はその都度してもいいかも。


 ふふふ、源泉掛け流しである。贅沢すぎる。たまらん。

 お湯が溜まる様子をにまにまと眺め、露天風呂のまわりに不可視の結界を張り、お湯が溜まったところで、パウダールームに戻って服を脱ぎ捨て、全身浄化した後で露天風呂にそっと足を入れた。


 おぉぉぉ! お湯の感触が懐かしい。

 大きく息を吐きながら、肩まで浸かる。


「ふいぃぃぃ。」


 手足を伸ばして力を抜き、久しぶりのお風呂を堪能する。幸せだ。お風呂に入ってこその日本人だ。うん、お風呂は日本の文化である!

 暫し露天風呂を堪能し、ルドルフが帰ってくる前に露天風呂を出た。お約束のドッキリな展開はない。必要もない。



 バスローブを羽織り、パウダールームの大きな鏡の前で、お肌のお手入れをしようとじっくり自分の顔を見て、……驚いた。私の顔が違う。

 いや、大きくは違わないが、前より彫りが深くなっている気がする。瞳の色も薄くなってヘーゼルとでも言うのだろうか、ライトブラウンになっているし、髪の色もカラーリングでライトブラウンになっているのではなく、自然だ。肌の色も以前より白い。なんとなく日本人ではなく欧米人とのハーフっぽい。


 どういうことかと考えると、肉体を再構築した際、この世界……いや、現れた場所に合わせた姿に変わったらしい。体型は元の世界のままだった。どうせだったらこの世界に合わせてスタイルも変えて欲しかった。少なくともアルバの街で見た同年代だと思われる女性たちは、皆背が高く、手足の長い、まさに欧米人スタイルだった。

 せめてもう少し足の長さが欲しかったよ……。出来れば胸ももう少し……。



 鏡の前であーでもないこーでもないと考えていたら、ルドルフが帰ってきた。慌てて洋服を着た。お約束は必要ない。






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