GAME.2「Intelligence」その3
「おいっ、嬢ちゃんがまだ食材札を一枚出していないだとっ? まさかそれが有毒食材って言うんじゃねぇだろうな?」 龍臣が声を荒げる。
わかってないのか、龍臣は。有毒食材は悪魔の植物だって皿を見て吉法師が口にしただろうが。……しかたがねぇ。
「落ち着け、龍臣。奴の言う有毒食材はもう――」
「あん? ……ガキが俺を呼び捨てにしてんじゃねぇ」
……ちぃ。小っちぇ男だな。たかが名前を呼び捨てにされたくらいで。
「呼び捨てが気に入らないのなら、敬意を払う価値があるところを見せてみやがれ」
「ちょ、兄さん。喧嘩は――」
険悪になりかけている俺と龍臣の間にミュウが入るが、俺も龍臣も退くつもりはない。
と、吉法師がミュウに対して話しかけてきた。
「しかし、妹さん。よく悪魔の植物の毒抜き方法を知っていたね?」
「え? え? 毒抜きって言われても、私、本当に特別なことは何も――」
……やっぱり、吉法師の方はさすがだな。この状況で仲裁に入るのではなく、話を逸らしにきやがった。しかも、その内容は龍臣にとって聞き流せない話題を選んでいる。
「ミュウ。悪魔の植物っていうのは――こいつの事だ」
そういいながら、俺は鉄板皿に乗っていたフライドポテトをつまみ、口に入れた。
「思い出したんだよ。たしか、ジャガイモが初めて日本に入ってきたときに、運搬中の船の中で食べた人が、たまたま発芽したジャガイモを口にして毒に当たって倒れたって話を。それからジャガイモのことを悪魔の植物と呼んで、食べ物としてではなく、観賞用の植物として扱うようになったって話を」
「あー、霧崎灰次さん。そういう話をする際には、ちょっとした決まり事があるんですよ」
そういうと、突然、この空間にメッセージテロップが浮かび上がる。
[この話には諸説あります]
「いや、ねぇ。こう言ったウンチクを語る場合、こうしないといろんな所からクレームが出る場合もありますので」
どこからクレームがくるって言うんだよ……。
「え、えーと、兄さん? ジャガイモって、毒があるんですか?」
「ちょい待ち、あんちゃん。ジャガイモに毒があるわけないじゃん? だって、考えてもみなよ。ハンバーガー屋のポテトとか、ポテトチップスとかが作られている映像をテレビ番組とかで見たことあるでしょ? あれ、ジャガイモ丸ごと機械に入れてんだよ? 毒があるっていうなら、あれはどうやって毒を抜いているのさ」
このポンコツ娘は……。
「毒があるのは――」
俺がそう言いかけた時、吉法師が俺の言葉を遮り、割って入ってきた。
「ところで妹さん。ポテトの中に少しいびつな形のモノが混ざっていたけど、ずいぶんとしっかり芽抜きしているようですね?」
「え? だって、ジャガイモの芽はしっかり抜いておかないとお腹を壊すっておばあちゃんから――って、え? もしかして毒ってのは、それのことですか?」
「なんだよ、あんちゃん。毒って言うからたいそうなものと思ってたけど、ただ腹痛を起こすだけのものってことじゃん」
お腹を壊すって教えが、腹痛のことだけを言っているんだったらな。……実際は中毒症状起こして、死に至る場合もあるってのにな。
「お前に何を言っても無駄だな。それより、隠し持っている札を出せ」
ポンコツ娘に札を出すように促す。
「それはいけませんよ、霧崎灰次さん。彼女がまだ食材札を持っている以上、このゲームは途中なんですから。……とは言っても、今から札の食材を調理というのも時間の無駄というものですね? ……では、こうしましょう。近衛さん、あなたにはその札の食材を何グラム使用するかを決めていただきましょう。私がすぐに食べられる状態にしてお渡ししましょう。ただし、他の方からの助言等はなしですよ」
……何の食材を持っているかは知らんが、ここは1グラムって言っておけ。そうすれば、問題ないことだ。
「うーんと……。あ、ちなみにこれって普通にお店とかで買うとしたら、どのくらいの量のものなの?」
バカっ。そんな質問はいらんだろっ。1グラムでいいんだよ。――なんだその顔は? 良い質問したでしょみたいなドヤ顔で俺を見るんじゃねぇ。
「そうですねぇ。いろいろと種類はありますが、一般的なモノですと40~50グラムのモノがパッケージされていますねぇ」
「じゃあ、50グラムでっ」
ポンコツ娘がそういった瞬間に、俺はポンコツ娘から食材札を取り上げた。
[山葵]
明らかに自分の表情がひきつっているのがわかる。
「ヤマアオイだって。札のそばに書いてあった説明文じゃ、肉料理や魚料理に添えると清涼感が増してさっぱり食べられるって書いてあったんだけど、調理場に言ったら、肉が一個もなくで出しそびれちゃったんだよ。おかしいよね? たしかに牛の食材札を持っていったのに」
それは牛蒡だ、バカタレっ。
「こ、このちゃん。それ、ヤマアオイじゃなくて……ワサビだよ」
「え? え? ワサビって、あの、ほんの少しでも鼻にくる、あのワサビ?」
「うん。たぶんそのワサビ」
「……け、けど、たった50グラムくらいだったらなんとかなるよね、あんちゃん?」
「黙れ、『ギコ』」 とっさにポンコツ娘の新しい呼び名が口に出ていた。
「ぎ、ギコ? なに、その錆びついたポンコツロボットみたいな呼び名は? も、もしかして、うちのこと?」
それを聞いたミュウが、掌と握り拳をポンッと叩き、なるほどねと言わんばかりのリアクションを見せる。
「ちょっと、ミュウちゃん? なに、そのリアクションは?」
「な、なんでもないよ、ぎ――このちゃん」
「いま絶対、ぎこちゃんって言いかけたぁ」
「しかし、ギコ。お前よくジャガイモの漢字が読めたな?」
「……もう何とでも呼んでください。――うち、ポテトチップスとか大好物だからね。馬鈴薯って札を見てピンときたよ」
なぜ馬鈴薯がわかるのに、牛蒡を肉と勘違いした?
「まあいい。だが、山葵の責任は取ってもらうからな」
「責任って何よ? うち、きちんと適量を質問したんだよ? 50グラムくらい、料理に混ぜれば――」
「適量とかは関係ない。奴はグラム数をこっちで決めろって言ってきたんだ。この場合、どんな食材だろうが1グラムって指定していれば、最悪の食材を選んでいたとしても、微々たる被害で済んだんだ」
「あ……」 ようやくポンコツ娘は理解したようだ。
「50グラムの山葵がすぐに食べられる状態ってことは、お前が言った一般的なモノっていうのは、おろし山葵のチューブだろ? とっととよこせ」
俺の声を聞いて、上方から山葵のチューブが俺の掌の上に落ちてくる。
チューブのキャップを外し、ギコの鉄板皿の上に全ての山葵をぶちまける。
「ほれっ。これがお前の分だ」
鉄板皿で焼かれるゴボウの上に鮮やかな緑色の円が描かれている。……誰が見ても、かなりの辛さが想像できるだろう。
「……あんちゃん、マジ?」
「大マジだ」
「ちょ、うち、辛いの苦手なん。こんなん、無理無理っ」
「食わなきゃここから帰れんだけだ。居残りしてでも完食してもらうぞ」
「そんな、給食みたいに言わんでよぉ。……みゅうちゃ~ん、助けてよぉ」
ミュウが無言で首を横に振る。……あきらめろってことだろうな。
結局、このボーナスステージはギコが泣きを見ることで無事に終了することとなった。
……いや、もうひとつ新たに発生した問題があるか。
龍臣。……あれから言葉を発していないが、この状況でもはっきりとわかる。俺に対する、明らかな敵対心が。