GAME.1「Route」その4
「一時間七分四十一秒。神凪明日穂さん、ゴールです」
愛らしい、毛むくじゃらの生物が去っていった後は、神凪がゴールするのにさほど時間はかからなかった。
「――アンタは、なんて真似してくれたのよ。せっかくあの子たちが懐いてきてくれていたってのに」
……やっぱ、困ってねぇじゃないかよ。
「さて、今回は霧崎灰次さんの勝利となります。今回のゲームは知人同士での対戦ということで、ペナルティは設定しておりません。ですから、ゲームはこれにて終了です。ただ、開始前の取り決めだけは守っていただきますよ?」
「? ……ねぇ、霧崎? 取り決めって何だっけ」
コイツは、そんなことまで忘れやがったのかよ。
「おやおや。お忘れですか、神凪明日穂さん? このゲームを始めることになったきっかけですよ?」
「うるさいっ。ちょっと待って、今思い出すから」
「……ランキングネームだ、神凪。――おい。これでゲームは終わったんだろ? じゃあ、さっさと元の場所に俺たちを戻せ」
「そうですね。では、今回はこれにて。また、機会があればよろしくお願いしますね?」
「お断りだっ」
……そうは言ったものの、多分俺たちはまたこのゲームの世界に招き入れられるだろう。
神凪の手前、問いただすことは控えたが、奴は気になる単語をいくつか口にしやがった。
何度も口にした、『今回』って単語と、『ペナルティの設定』なんて単語は聞き流せねぇ。
今回って口にするのは、『次回』があることが前提だ。それになにか? 本来なら、勝負に負けた方にはなにかしらのペナルティがありやがるってことか? ……いや、その前に知人同士での対戦ってぬかしやがったな? じゃあなにか? 見知らぬ第三者と対戦することもあるっていうのかよ?
そんな考えを頭の中に巡らせているうちに、俺たちはいつの間にか元いた場所――ゲームセンターのゲーム機の前に立っていた。
ゲーム機はWORLD EXITではなく、市販されている普通のゲーム機に戻っている。
まるで、狐か狸に化かされたような気分だ。――WORLD EXIT内で負った、俺の切り傷や打撲の痛みは消えてなくなっていた。
どうやら、ゲームを攻略するとゲーム内で受けたダメージは全快するってことのようだな。
「……ちょっと、霧崎? これ、なに?」
そういって神凪が俺に見せたのは、『R』の一文字が書かれている一枚のカードだった。
Rの文字の脇には小さく『oute』と書かれ、その下には星マークが一つ描かれている。
……ん? 俺の服の胸ポケットにも、同じようなカードが入っているな? 俺のカードは書かれている文字は同じなのだが、星が三つある。
「なんだ、このカードは? ……ゲームの参加賞のつもりかよ」
気になるのは、星の数だな。俺のは三つ、神凪のは一つ。
「捨てちゃっていいのかな?」
「さぁな。だが、差し支えがなければ持っておいた方がいいだろうな」
俺の言葉を聞いて、神凪はカードを財布の中にしまい込んだ。……俺は無造作に胸ポケットへとカードを戻した。
ゲームセンターを出ると、辺りは完全に日が暮れて真っ暗になっていた。
ゲームセンターでそのまま神凪と別れ、俺は家路についていた。
……今、何時だよ? 帰りが遅くなると、また『ミュウ』の奴に言われるな。
ミュウ――俺の妹『霧崎 美優』の愛称だ。
家の前に到着して、真っ先にその違和感に気づいた。
家の明かりがついていない。……少なくとも完全に日が暮れているんだ。時間にして午後七時――いや、八時を回っていてもおかしくない。
なのに家に明かりがついていないってどういうことだ?
考えられるのは一つ。……こんな時間だというのに、ミュウがまだ帰っていないということだ。
――いや、考えすぎだ。もしかすると、早くに帰ってうたた寝をしたまま、まだ起きていないだけかもしれない。
家の玄関の扉に手を伸ばす。――ドアノブを回そうとすると、ドアノブに抵抗された。鍵がかかったままになっている。
言いようのない不安が俺にのしかかる。震えながら玄関の鍵を開け、家の中に入った。
「ミュウ? 帰っているのか?」
……返事は、ない。
まずは居間をのぞいてみる。――誰もいない。
階段を上がる。慌てず、心を落ち着かせながら、一歩一歩踏みしめながら階段を上がっていく。
俺の部屋の隣、ミュウの部屋の扉を叩く。――返答はなし。
「ミュウ、入るぞ?」 一声かけ、部屋の扉を開く。
部屋の中は薄暗く、人の気配はまったくない。
……ミュウが、帰ってきていない?
背筋に嫌な汗が流れ始める。……ミュウに、なにかあったのか?
待て待て待て。もしかすると、ただ友達と時間を忘れて遊んでいるだけかも知れないだろ?
! そうだ、電話。もしかすると、メールの一通くらいは入れているのかもしれない。
俺はポケットから自分のスマートフォンを取り出し、画面のスリープモードを解除する。
ロック解除の画面にメール及び電話の着信履歴は表示されていない。
俺は画面のロックを解除し、ミュウの電話番号を画面に表示させる。
ミュウに電話をかけようとした、その時だった。
俺のスマートフォンの画面が着信画面に切り替わり、懐かしいゲームのBGMが鳴り出した。
電話の相手はわかっている。このBGMは昔ミュウとよくやったお気に入りのゲームの音楽なのだから。
着信画面にはミュウの名前と電話番号が表示されている。
俺は画面の通話ボタンをタッチし電話に出る。
「ミュウっ、お前いったいこんな時間までどこに――」
「私が誰だか分かりますか? 霧崎灰次さん?」
電話から聞こえてきた声を耳にした瞬間、俺の血の気は完全に引いてしまった。
「……なんでお前の声がミュウの電話から聞こえてくるんだ? 質の悪い冗談はやめろっ」
つい数十分前に嫌と言うほどに耳にした、耳障りな軽い声。
「いやぁ。別に冗談やイタズラで電話をかけたのではありませんよ? 実は、霧崎灰次さんに耳寄りな情報を提供しようと思いましてねぇ」
「俺はお前とくだらない話をする暇なんてないっ」
「おやおや。……妹さんがお友達と一緒に私の所にいらっしゃっていると言ってもですか?」
! 恐れていた答えを、さらっと言いやがった。
「てめぇ。ミュウを巻き込んだのか?」
「変な誤解はしないでくださいよぉ。私は見ず知らずの方をいきなりゲームに引き込むような真似はいたしませんよ? 妹さんは自ら意志で私のゲームに参加したんです」
「ミュウに限って、そんなことがあるわけないだろっ」
「お友達が興味本位で始めて、それに付き合うカタチで参加されたとしても、ですか?」
ちぃ。的確に一番ありえる可能性を提示しやがった。
「その無言の反応は、私の言葉に信憑性があると判断しての反応と見てよさそうですね? ――では、耳寄り情報の提供といきましょうか。現在、今回のゲームには霧崎灰次さんの妹さんを含めて、四人の方が参加エントリーをしています」
四人? ……全員がミュウの友人なのか? いや、それよりてっとりばやい質問は――
「そのゲームにペナルティは?」
「さすがです、霧崎灰次さん。その質問だけで聞きたいことがかなり聞けますね? ――今回のゲームの参加者は妹さんの友人の一人を除くと、全員が初対面ということになりますね。つまりは、敗者にはペナルティをご用意します」
「そんな現状報告が、耳寄り情報とは言わないよな?」
「はい、もちろん。……あまり参加者の方を待たせるわけにもいかないので、単刀直入で言いましょう。この中にあなたも参加しませんか?」
こいつ、わかっていやがる。このタイミングでのその提案は、俺にとっては選択肢のないのに等しいことを。
「その前に確認だ。当然、俺が参加した場合はミュウの助っ人として参加するってことでいいんだろうな?」
これだけは確認しておかないといけない。バトルロイヤル形式のゲームになっていやがったら――
「それはご安心を。すでに妹さんとお友達は共闘ということになっております。あなたにもそちらに参加していただくことになります」
「……わかった。じゃあ、俺はどこに行けばいい? さっきのゲーセンにはもう、お前のゲームは消えていたぞ?」
「それには及びませんよ。――霧崎灰次さんのお使いの携帯電話はスマートフォンでしたよね?」
「ああ。それがどうした?」
「いまからWORLD EXITのスマホ版アプリをお送りいたしましょう。霧崎灰次さんはそれをインストールしていただければ、どこにいても参加できるようになります」
――最悪な話を持ちかけてきやがった。もしそれを入れれば、今後俺はどこにいてもあのゲームに呼び込まれかねないってことじゃねぇか。
「えげつねぇ提案をしやがって。完全に俺の足下を見ていやがるな、おい?」
「ならば、おやめになりますか?」
それが出来れば苦労はない。
「送れ」
俺がそういった瞬間に、俺のスマートフォンにメールが着信される。
メールに添付されたファイルにアクセスすると――
[提供元不明のアプリケーションです。このアプリをインストールしますか?(推奨はできません)]
ある意味予想通りのメッセージが出てきやがった。
今の俺に選択肢はない。たとえ、これを入れた瞬間に俺のスマホが動かなくなったとしてもだ。
インストールの進行メーターを、俺は無言で見つめる他なかった。
しばらくして、インストールが完了する。
直後、WORLD EXITアプリが起動し、俺は再びゲームの世界の中へと取り込まれていった。