GAME.1「Route」その2
事の発端は、俺がこのゲームセンターに寄り道したことから始まった。――まぁ、それは最初に言いかけているか。
俺はなにげにいつもはあまりプレイしない、パズルゲームの筐体を眺めていた。
ゲームのデモ画面が終わり、最後に高得点ランキングの上位十名が表示される。
そこのランキング一位の名前に『ASH』の三文字を発見し、俺の表情が固まった。
ASH――アッシュ(意味『灰』)とは、俺がゲームなどのランキング用ネームとして使用している、アルファベット三文字なのだ。
問題はそこじゃない。――俺がよくやるゲームは、シューティングなどのゲームで、この手のパズルゲームはあまりプレイしない。ましてや、それでトップスコアをとれるほどの腕はない。……シューティングなら別なんだが。
考えられることは、この界隈に俺と同じランキングネームを使用している奴がいるってことだ。
俺はポケットから百円玉を取り出し、パズルゲームの筐体に投入した。
なんか、知らないところに自分の名前?があるのは気に入らない。
ならどうする? ――答えは簡単だ。さらに高得点を記録して俺の名前を上書きすればいい。……と、言っても俺がトップをとったからと言っても、この名前が消えるわけじゃないんだがな。だが、心当たりのない一位ではなくなるはずだ。
画面上部から落ちてくるキャラクターの絵柄をそろえては消していく。この程度の難易度なら、すぐにスコアを更新できそうだ。
……考えが甘かった。時間が経過するごとに落下速度が増していきやがる。まぁ、これは想定内だ。問題は、得点が全然跳ね上がらない。なにかあるのか? 出現前編隊殲滅や合体前破壊みたいに爆発的にスコアが上がるなにかが?
くそっ。積み上がった。得点は?
俺が叩き出した得点では、ランキングトップどころか、ランクインにも到底届かなかった。
……ダメか。なにかコツをつかまないと話にならないってことか。
俺が再度のコイン投入を迷っていると、別のゲーム筐体から少女の声が聞こえてきた。
「なんなのよ、コレ? こんなんでどう得点を稼げっていうわけよ?」
その少女――神凪が座っていたのは、俺がよくやるシューティングゲームの筐体だ。
そして、シューティングゲーム筐体に座っている神凪と、パズルゲーム筐体に座っている俺と目が合った。
その瞬間、何の確証もないのに、互いに瞬時で理解した。
『ASH』を使っている、もう一人の人物を。
「「お前かっ」」 俺と神凪が同時に立ち上がった。
そして、二つの筐体の丁度中間の位置で対峙する。
「霧崎っ。なんでアンタがあの変なゲームにあたしの名前を使ってるわけ?」
「それはこっちの台詞だ、神凪。お前だろ? あのパズルに『ASH』って記録残しやがったのは」
「アッシュ? なにそれ? 私は自分の名前の『ASH(明日穂)』の文字を入れているだけよ」
……偶然ダブっただけか。アルファベットで三文字じゃ、全パターンなんてたかがしれたもんか。
[※ ちなみにアルファベット二十六文字+0~9の数字十文字、それに空白、中黒、ハイフン、ピリオドなどを使えるとして、それを三文字で組み合わせた全パターンは六万四千種以上もあるんですよ? ……うーん、たかがしれていますかねぇ]
「とにかく、俺はここでASHのネームを使っているんだ。同じ名前を使うのはやめろ」
「なによっ。私が私自身の略字を使ってなにが悪いのよ? やめるのはアンタの方でしょ?」
俺も神凪も退くつもりはない。
と、俺たちがもめていると、俺たちの目の前にある筐体から音声が発声された。
「そこのお二人さん。どう? ちょっとやってかない?」
こうやって不特定の人物に話しかけるように流れるデモのゲームは少なくない。――だが、『お二人さん』ってのは偶然か?
疑問はすぐに確信に変わってしまった。
「そこでもめてるお二人さんですよぉ。なにやらもめているようだけど、どう? このゲームで勝敗決めちゃわない?」
やっぱり俺たちを指名してやがる。――どういうことだ? どっかからこの光景を見て、マイクで誰かがしゃべっているのか?
「上等じゃない。――霧崎、このゲームで決着をつけましょう。負けた方は、使用する名前を変更するってことで」
「……やれやれ。仕方ないな」 俺はさっきのパズルに連投しようとした百円玉を取り出した。
「あ、お代はけっこうですよ? それでは案内いたしましょう。――World Exitの世界へと」
筐体がまばゆい光を放ち始める。
そして、視力を取り戻すと、俺たちは真っ暗な空間の中にいた。
扉と、俺たちの姿以外は存在しない。真っ暗な世界だ。
「霧崎灰次さーん。回想は終わりましたか?」
「ああ。ようやくはっきりと思い出したよ」
「では、これがお二人の対戦ということも思い出しましたよね? ――勝敗はいたって単純。先にルートの出口にたどり着いた方が勝ちです」
「ずいぶんと俺に不利な状況だがな」
「それはどうでしょうか? 脱出が目的なら、霧崎灰次さんの選んだEvilの方が有利かも知れませんよ? まぁ、難易度は別としますが」
難易度? ……そういえば考えていなかったな。
「なぁ。このゲーム、もしミスとかしたらどうなるんだ?」
「ミス、ですか? それはどういう意味でしょう?」
「だから、ゲームなんだから、成功と失敗くらいあるだろう? 成功はゴールにたどり着くことなんだろ? じゃあ、どうなったら失敗になるのかを聞いている。制限時間とか、敵にふれたらアウトとかあるだろ?」
「ああ。そういうことですか。それなら単純です。――生きている限りは何度でもどれだけでも挑戦できますよ」
生きている限りは何度でも? つまりは、時間制限や挑戦回数は設定されていないってことだな?
「だから、俺が聞きたいのは、なにをやらかした場合に死亡と判定されるかを聞きたいんだ」
……まだ俺はわかっていなかった。ただ単純にゲームの中に入り込んだだけだと思いこんでいたのだ。――次の奴の言葉を聞くまでは。
「死亡判定とは、また変なことをお聞きになりますねぇ霧崎灰次さん。私は生きてここを脱出するのが今回のゲームのクリア条件だとさっきから言っていますよ? ――そう、たとえ片腕を失おうが、瀕死の重傷を負おうが、とにかく生きてここを出ればいいんですよ。死んだら終わり、それはあなたの人生だって同じでしょう?」
血の気が引いていくのが実感できた。――死んだら終わり? それって、ここで死ねば実際に死ぬってことかよ?
「では、私がスタートを宣言した地点で、このゲームが始まりますよ? 準備はいいですか?」
「ま、待て。――神凪と会話をさせろ」
「対戦相手の情報は一切公開出来ません。フェアにいきましょうよ、霧崎灰次さん」
「ふざけるなっ。神凪は知っているのか? 脱出に失敗すれば、命を落とすかも知れないってことを」
「あなたは人の事を心配している余裕はないと思いますよ? あなたが選んだルートは、開始直後になんらかの対策を練らないと――、おっと、これ以上は助言になってしまいますね。神凪明日穂さんに失礼です。――それでは、ゲーム『Route』、スタートです」
入ってきた扉が消え、止まっていた不快な生物たちが動き出す。
目に見える範囲にあるモノは、旅人らしき者の亡骸(白骨)と、墓標のように立てかけられた剣だ。
ただ、その近くに折れた刃が転がっているところを見ると、あの剣は折れているのだろう。
遠くに見える大きな翼と鎌をもった生物と大剣を携えた動く骸骨剣士がゆっくりと俺の方に近づいてきている。
……時間がない。とにかく、なにか武器になるものが欲しい。墓標の剣が折れていなければ使えるんだが――
墓標の剣を引き抜いてみる。――ダメだ、根本近くから折れていやがる。
転がっている刃の長さから、かなりの大剣なんだろうに、これでは使えない。
……考えろ、考えろ。どこかにあるはずだ。Loophole――現状を打開できる、抜け穴。盲点のような攻略方法が。
転がる折れた刃に目を向ける。――直接持って振るうのは無理だな。
だが、折れた刃を見てふと思う。――この折れた剣、元々は俺の背丈ほどの長さがあったんじゃないか?
もちろん、そんな長い折れた刃などは転がっていない。
だが、転がる刃のいくつかは、一つの剣のものではないかと推測できる。
だとしたら、『アレ』があるはずだ。大剣を背負っていて、アレを手放す理由はない。
俺は屍の山の探り、あるはずのモノを探す。
これがただのオブジェクトで、そこまで細かく設定などしていないなんて考えはなかった。
なぜか、俺には確信があったのだ。
屍を探る俺の手に皮のベルトの感触が伝わる。
――あった、これか。俺は皮のベルトを手に取り、それを引っ張りだした。
屍の下から姿を見せたのは、あの折れた大剣の鞘だった。
適度な強度と長さのあるものなら、何でもよかった。
もちろん、こんな鞘ごときであの翼と鎌を持つ化け物と渡り合えるとは思っていない。
この鞘が、俺が見つけたLoopholeというわけではないのだ。
これは、いわばそのLoopholeにたどり着くための必需品。
俺は大剣の鞘を手に走り出した。
翼の化け物がこっちに近づく前に、次の段階に進まなくてはならないのだ。
俺が目をつけた武器は、それは――骸骨剣士の大剣だった。