GAME.5「X word card kill」その1
今、まつりがペナルティを受けることが確定した。今回はどんなペナルティを与えるつもりだ?
「さて、どんな罰ゲームとしましょうか。……そうですねぇ。長いこと正座をしていると足が痺れてしまうってこと、よくありますよねぇ? それがいきなり襲いかかってくるというのはどうでしょう?」
誰に向けての問いかけだ? どうせ拒否権はないだろうに。
「勝手にしろ。……それより提案だ。こいつとサシでの勝負させろ?」
まつりが言い出したのは、俺とのタイマン勝負だった。
「おやおや。あなたも吉法師さんと同じことを希望されるのですね? いやぁ、モテモテですねぇ霧崎灰次さん」
嫌なモテ方だな、おい。
「ですが、それを決めるのは霧崎灰次さんです。吉法師さんの時もそうでしたが、霧崎灰次さんの了承なしには始められないことですねぇ」
悪いが、受ける理由はない。今回はこれで終了だな。
「俺は受けるつもりはない」
「そうかい? アタシが負けたら、アンタに有意義な情報をくれてやると言ってもかい?」
情報? それはこのWorldexitの情報か?
「例えば、ペナルティの軽減方法とか、なぜアンタがフルネームで呼ばれているかとかな」 まつりは俺が一瞬でも興味を持った顔を浮かべた途端、さらに言葉を叩き込んできやがった。
しかし、フルネーム呼びの理由だと? ……俺がマジで知りたいことをぶっ込んできやがる。だが、それで命を張るには――
「霧崎さん。ここは断るべきです」 迷い始めた俺に、京が話しかけてくる。
「てめぇは黙ってろっ」 まつりは余計なことを言うなといわんばかりに、京をどなりつける。
「まつり。お前はまずは京には詫びるべきだろっ」
俺らしくないな。悪態に説教とは。
「はぁ? なんでアタシがこいつに詫びなきゃなんないんだよ? さっきのゲームか? あんなんは常套手段だろうが」
こいつ、どんだけ腐ってやがる?
「だがな、霧崎。お前がアタシの提案を飲むんだったら、いくらでも詫びてやらぁ。それとも、そんな覚悟はないかい? 高みで口を開くことしかできないなら、それは偽善っていうんだよっ」
ちっ。どうやらこいつは一度叩きのめさなきゃダメなのか?
「いいだろう。そこまでいうなら、勝負に乗ってやる」
「霧崎さん、やめてくださいっ。私は大丈夫ですからっ」
京は自分のせいで俺がリスクを負うことは望んでいないんだろう。だが、もうこれは俺とまつりの問題だ。
まつりが上方に向けて声を上げる。
「――おい。わかってんだろ? どうせアタシにペナルティを課したところで、面白い結果は見れないってことはよ。それより霧崎が勝負を受けたんだ、勝負中にちゃちゃ入れられても興ざめするだけだ。いますぐペナルティを課しなっ」
なんだ? なにを言っている、まつりは?
「これはこれは。少し弱りましたねぇ」
奴が戸惑ってる? どういうことだ?
「いいのかい? 霧崎の奴はするどいから、アタシに余計な言葉を喋らすと、そこから情報が漏れちまうぜ?」
まつりが俺の名を出して挑発する。
「うーん。仕方がありませんね、このまま下手に情報が漏れてさいまいますと、霧崎灰次さんがゲームに乗って来なくなりそうですし、いいでしょう」
奴がそういうと、まつりの両足が震えだした。
「きたきた。なぁ、霧崎。足が痺れたこの状態で足の裏を叩きつけると、全身に響く感覚があるだろ? アタシはそれ、けっこう好きなんだよなぁ」
まつりは足の裏を叩きつけるように左足を強く踏み込んだ。
「ははは。これだよ、これ」 まつりは悦の入った表情を浮かべた。
それが数十秒続いた後、まつりは足を動かし、感覚を確かめていた。今回のペナルティは、それこそただのおふざけ罰ゲームで終了することとなった。
「では、霧崎灰次さんとまつりさんの一対一のゲームに移行しましょうか?」
「おい。霧崎との対決、ひとつ希望があるんだが、いいか?」
希望? まだなにかあるのか?
「おやおや。対戦ゲームの指定ですか? ダメですよ、まつりさん。それを聞いてしまうと、まつりさんが有利になってしまいますよ」
「心配すんな。ゲームは指定するが、アタシが有利になることはない。むしろ、有利になるのは霧崎の方だ」
俺が有利になるゲーム? どういうことだ?
「おやおや。自分が不利になるゲームの指定とは、面白そうですね。話をお聞きしましょう。ただし、その話に乗るかどうかは私と霧崎灰次さんが納得したらになりますよ?」
「あたしがやりたいのは、霧崎がさっきのゲームの開始前に言ってた『吉法師とやりあった言葉のゲーム』とやらだ。そいつで霧崎と殺りあいたい」
殺りあいたいときたか、俺はごめん被りたい。だが、こいつの態度を改めさせるには、仕方ないのか?
まつりは言葉を続ける。
「ちなみに結果はどうだった? まさか、こいつが吉法師を倒したなんては言わないよな?」
結果か。結果的には俺の負けになるのか?
「それがですねぇ。引き分けになってしまったんですよ。ゲーム中にトラブルがあって、二人とも同時に脱出しちゃいましたから」
奴は引き分けだったと見ているのか。だが、実際はどうなんだ?
「なぁ、霧崎。引き分け、か?」 まつりが俺に確認してくる。
まつりの質問の意図はわかる。ゲームの審判では引き分けとなった試合でも、戦った本人が勝ったと思っているか負けたかと思っているかでは大きく違うものだ。
「俺の負けだと思ってるよ。そもそもは、トラブルを引き起こしたのは俺のい――いや、俺側の人間だからな」 うかつに妹と口にするのはやめておいた方がいいと判断し、言い留まった。
「そうかいそうかい。――ところで、吉法師とやりあった言葉のゲームってのは、どんなのだ?」 まつりはいまさらながらゲーム内容を確認してきた。
こいつ、ゲーム内容を知らずにゲームの提案を――いや、だから最初に俺が有利になるって言っていたのか。
「では、ゲームの内容については私から説明しましょう。吉法師さんと霧崎灰次さんが対戦したゲームは、Word card killと申しまして漢字が一文字だけ書かれた言葉のカードをうまく組み合わせて戦うゲームです」
「ほう。アンタの言うことだ、それはさぞかし凄惨なゲームなんだろうな。それこそ、負けた方は命を落とすとかさ」
「さすがはまつりさん。わかっていらっしゃる」
なんか嬉しそうな声に聞こえるな、おい?
「で、そんなゲームで引き分けとはいえ負け試合をした霧崎が、なんで無事なのさ?」 まつりが奴に問いかける。
無事、ねぇ。一応は片足が吹っ飛ぶ程の大ダメージを受けているんだがねぇ。
「それは、霧崎灰次さんの――っと、霧崎灰次さんが言明を避けている以上私もうかつな発言はやめておきましょうか。さっきも霧崎灰次さんが言っていたように、霧崎灰次さんサイドの方がトラブルを起こしたんですよ。……対戦していた吉法師さんと霧崎灰次さんを強制脱出させてしまうというトラブルをね」
いつ聞いてもフルネーム連呼は耳障りだわ。しかし、ミュウのことを伏せたのは俺に恩でも売るつもりか?
「それでペナルティなしとは、お優しいこったな?」
「いやぁ。私の半分は優しさでできておりますから」 まつりの嫌みの一言を奴はそう返した。
よく言うわ。
「では、まずはまつりさんのためにルールを説明いたしましょうか。霧崎灰次さんは同じ内容をお聞きすることになりますが、我慢してくださいね」
そう言うと、奴はWord card killのルールの説明を始めた。
『矢』のカードを使っての攻撃の説明。吉法師の質問から派生してできた『矢』と『火』のカードを使ったコンボと後付けコンボの説明。そして、俺の時には焦らしてなかなか説明しなかった伏せカードのルールと手札の五枚制限、ゲームが始まってから言い出したワイルドカードについてもしっかりと説明していた。
最後の一言『勝敗は動かなくなった方の負け』という言葉。京がその言葉の意味――遠回しに殺し合えと言っているということに気づき、青ざめた表情を浮かべていた。
「そんなんだから勝負をあいまいにされるんだよ」 ルールを聞き終えたまつりが奴に向かってそう言った。
そして、そのまま言葉を続ける。
「勝敗判定に二つ、追加希望だ。まずは霧崎の時みたいに、勝負がついていない状態でゲームから脱出した場合、先に脱出した方が負けって取り決めと、サレンダー――つまりは降参ありにしてほしい」
「うーん。最初の脱出に関する取り決めはわかりますが、降参あり、ですか?」
露骨に不満そうな態度だな。
「もちろん、降参した場合や脱出負けになった場合はペナルティありさ」
「ほう。それならいいでしょう。霧崎灰次さん、どうします?」
まつりの考えはわかる。まつりはペナルティを軽減させる術を知っていると言ってたからな。状況がまずくなればサレンダーしてドロンってわけか。
「いいだろう、それで受けてやる」
「いいね、霧崎。そうこなくっちゃ。――ん? Word card kill? ちょっと待て。このゲームは『W』か?」
W? ……そういえばまつりの奴、Escaper開始の前にもアルファベットを気にしてたな?
「そうですねぇ。たしか、まつりさんも霧崎灰次さんもWのカードは持っておりましたね?」
俺がもらったのは今回の最初だろうが。
「さて、これは弱りましたねぇ」 悪いが弱っているようには聞こえない。
少しの沈黙。そして、『ピコーン』と間の抜けた音が鳴る。……なにか閃いたとでも言いたいのか?
「良いことを思い付きましたよ。Word card killに新しいルールを加えて、新しいゲーム名にしちゃいましょう」
は? 新ルールだと?
「そうですねぇ。新しいゲームの名前は『X word card kill』。あ、今はエックスワードカードキルと発音しましたが、別にエックスワードカードキルと読んでいただいても、クロスワードカードキルと読んでいただいてもかまいませんよ?」
どうでもいいわ、そんなことは。
俺とまつりの元に、カードが降り注いでくる。『X word card kill――』。ゲームのアルファベットカードだ。難易度は『星4』。さっきのEscaperや吉法師とのWord card killと同じ難易度……
「これで、このゲームの頭文字はお二人の持っていない『X』となりましたね。それでは、新ルールを説明いたしましょうか」