GAME.4「Escaper」その1
最悪な状況から始まった、とだけは言っておこう。
今の状況をひとことで言うならば、『目覚めたらげーむ』ってとこだ。ちなみに、ひらがな表記は変換ミスではない。
真っ白な背景の正方形の部屋。おそらくここがゲーム開始前の待機空間なんだろう。
「霧崎灰次さぁーん、よろしいですか?」
耳障りなこの声を聞くのは数日ぶりだな、おい。
「突然の呼び出しだな? あのアプリは強制的にゲームに参加させることができるのかよ? 利用規約には『同意の元で』って一文があったはずだが?」
「すばらしいですね、霧崎灰次さんは。利用規約にちゃんと目を通しているだなんて」
こんなゲームのアプリだ。当然全て読むだろ?
「いやぁ、最近はろくに利用規約も読まずにクレームをつけてくる方が多いですからねぇ」
「俺が規約に目を通したかなんてどうでもいい。なんで、同意なしにここに俺が呼ばれてる?」
「おかしなことをおっしゃいますねぇ、霧崎灰次さんは。ここにくるには同意の意思確認としてあのアプリに表示される、『げーむに参加する』のボタンをタッチしないと来られないっていうのに」
つまり、何か? 俺が知らぬ間にボタンをタッチしていたとでも?
「そうそう霧崎灰次さん。次からはスマートフォンのアラーム機能を目覚ましがわりに使うのはやめた方がいいと思いますよ? アラームを止めたつもりが、偶然別のアプリが立ち上がっていて、その画面に触れていたなんてこともありますから」
やりやがった。そういう手段にきていたか。
「おや。他の参加者の方も来られたようですね」
空間に扉があらわれ、二人の女性が姿を見せる。
一人は大人しそうな女性。年齢は俺より少し上って感じだな。
もう一人は中学生くらいか? 低身長にツインテール、ミュウよりも幼くみえるな。
「おやおや。今回は『まつり』さんが参加されるのですか。これはこれは、面白いことになりそうです」
! あの二人のどちらかは、吉法師と同じで奴のお気に入りってことかよ?
「それでは、いつもの自己紹介から始めてもらいましょうか」
奴のいう『敵キャラの背景掘り下げ』はいつものことなんだな。
「霧崎灰次。高校生だ」 自己紹介なんてこれだけでいい。
「か、片倉 京です。よろしくお願いします」 緊張か怯えかはわからないが、大人しそうな女性はそう名乗った。
要注意人物はツインテの方か。
「伊達まつり。名字はかわいないんで、『まつりちゃん』って呼んだってぇな」
「だそうですよ、霧崎灰次さん」
お前はフルネーム呼びをやめやがれ。
……さて、まずは吉法師から聞いたことをいくつか試してみるか。
『そうですね。ゲームについては俺も始まってみないとわからないんで、教えられることはないかな。けど、小ネタ程度でよければ、いくつか教えられると思いますよ。たとえば、クリア報酬のアルファベットカード。あれは基本、ゲームから脱出したときにいつのまにか手に入れているってことが多いものなんですが、本来とは別のゲームを追加されたり、ゲームの勝敗がうやむやになったときとかはないときがあるんですよ。けど、請求すればきちんともらえますから安心してください。このゲームの目的は脱出であって、勝ち負けではないからね。ゲームからの脱出に成功している以上、貰う権利はあります。――ただ、請求しないとなかったことにされちゃいますから、覚えておいてください』
「おい。ゲームを開始する前に、前回吉法師とやった言葉のカードのゲームのクリア報酬をよこしやがれ」
「おや? 珍しいですね、霧崎灰次さんがそんな請求をするなんて。……吉法師さんの入れ知恵ですかねぇ?」
お前に俺のなにがわかるっていうんだよ。
カードが一枚、俺に向かって落ちてくる。
Word card kill、星は4つか。あとは――
『アルファベットカードについて、もうひとつ教えられることがありますよ。実は、ゲームのクリア報酬となっているそのカードですが、ゲーム前に請求すればもらうことが出来るんですよ。管理者が、どうせ脱出しなきゃ持ち帰れないからいいでしょう、って言ってましたしね。けど、先にカードをもらっておくと、いろいろと有利になりますよ? たとえば、ゲーム名と難易度をゲーム開始前に知ることで、戦略を立てやすくなるとか――』
「あとは、今回のゲームの――」
俺が今回のゲームのカードを受け取ろうとした時だった。俺の声を遮って話しかけてきたのは、伊達まつりだった。
「へぇ。アンタ、あの吉法師の知り合いなんだ。……いいねいいね。面白くなりそうだよ。おい、今回のゲームは『E』だったな? カードを先によこしな。決めたよ。今回のゲームの罰ゲームはアンタに受けてもらおうか」
今回は『E』? なんのことを言っている?
カードが落ちてくる。こんどは俺だけにではない。まつりと京のもとにも同じカードが落ちてくる。
同じカードが落ちてきたということは、今回は参加者三人が同じ条件でゲームを開始するってことか。
カードを確認する。ゲーム名は『Escaper』?
エスケーパーって読めばいいのか? 意味を察するに、逃げる者ってところだが……難易度は星4か。
「それでは、ルールの説明といきましょうか。まず皆さんには演じる役を選んでもらいます。選べる役は6種類、王様、女王、城兵、僧兵、騎兵、歩兵――」
ん? ちょっと待て。それってまさか――
「チェスのコマ、ですか?」 俺が聞こうとしたことを、京が先に口にした。
「そう考えてもらって問題ありません。とはいっても、これから皆さんにチェスをうってもらうわけではないので、安心してください。皆さんには、とある国のお城の人々を、選択した役になりきって演じてもらいます。その城は今、隣接する北の大国に攻め入られて陥落しました。あなた方の演じる王様たち一行は、敵の手から逃れるために南の同盟国を目指して逃亡中です。果たして、一行は無事に国外へて逃げ出すことができるのか? というお話です」
「で、俺たちがチェスのコマを演じる理由は?」
王様の一行に入って国外に脱出するってのはわかった。けど、なんでチェスのコマなんだ?
「いい質問ですよ、霧崎灰次さん。まぁ、詳細をいったらヒントになってしまいますから言えませんが、そのコマの特性を利用できる、とだけはいっておきましょう」
「アタシからも質問だ。コマがどうとかをいう前に、王や女王になったら、兵たちに命令できんのかい?」
「それはもちろんですよ、まつりさん。ただ、その命令に兵たちが従ってくれるかどうかは知りませんがねぇ」
ま、そりゃそうだ。……いや、待て。その言い方だと――
「ちょっと待て。俺たちが選ばなかったコマはどうなるんだ?」
今の奴の言い方――まるで兵たちのコマが自我を持って命令を判断するような言い方だった。それは少しおかしい。コマを演じるのは俺たちなんだろ?
「あいかわらず的確に情報を引き出せる質問をしてきますねぇ、霧崎灰次さんは。多分、あなたのお察しの通りですよ。選ばれなかったコマはこちらで動かさせてもらいます。ただし、コマの立場を理解して動かしますので安心を。そうそう、まつりさんの質問の答えの補足となりますが、これは伝えておきましょう。こちらが動かすコマ――まぁ、わかりやすくNPCと呼んじゃいましょうか。NPCの行動は王の国外脱出が最優先です。当然、それに反する命令を下せば反発を買うことになるでしょう」
ん? なんだ、まつりが京に耳打ちをしてやがる。なにを言うつもりだ。
集中して、聞き耳をたててみる。
「……アンタ、王様を選びなよ。そうすれば、確実に逃がしてやるかさら」
京に王様をやらせるつもりか。まずいな、これでまつりが女王を指名して二人に手を組まれたら、俺はどうなる……いや、待て。その前に確認が必要だ。
「一応確認しておくぞ? 今回のゲーム、王様を国外に逃がせばクリアなんだな?」
「うーん、それは少し違いますねぇ。『逃がせば』ではなく、『逃げれば』クリアです」
やはり、肝心な部分はボカしてきやがったな。だが、これでいい。
「じゃあ、質問を変える。このゲームは対戦か協力か?」
「本当に霧崎灰次さんは質問の仕方がうまいです。自分だけが情報を得られるよう、要点だけをついてきますねぇ」
聞きたいのは、このゲームが協力して王様を逃すゲームなのか、たとえ王様を出し抜いてでも俺が演じるコマが国外に逃げ出せばいいのかだ。
「答えは、対戦ゲームです。そしてもちろん、最下位には罰ゲームがありますよ」
了解。なら、俺の選ぶコマは決まりだな。
「では、まずはコマを選んでもらいましょう。ただし、王様と女王はそれぞれお一人ずつしかなれませんので、かぶった場合は選び直しにしますよ?」
「必要ない。俺は歩兵でいく」
人に紛れて逃げるなら、一般兵が一番いい。
「なるほどなるほど。霧崎灰次さんはそういう手できますか」
余計な事をいうな、手の内がばれる。
「そんな顔をしないでくださいよ、霧崎灰次さん。さて、そちらのお二方はどうされます? やはり王様と女王ですか?」
「わ、わたしは――」
「こいつは王だ」
京が喋ろうとしたのを、まつりが割り込む。
「おやおや、まつりさんは強引ですねぇ。京さんもそれでよろしいですか?」
「あ、はい」
「それで、まつりさんは女王ですか?」
「いいや。アタシは城兵だ」
なっ! ルークだと? どういうつもりだ、まつりは?
「ほう、意外ですね。てっきり、まつりさんはクイーンを選ぶものかと」
「何、簡単なことさ。そいつが他の兵士に紛れて逃げようと考えているみたいだからな。アタシが直属の上司となって監視してやろうってだけだよ」
なん、だと?