GAME.3「Word Card Kill」その2
吉法師に目を向けると、吉法師は自分の伏せカードに指をさしていた。
「俺はさらにこの伏せカードをオープンします」
さらに、だと? 雷につながる連続攻撃か?
開かれたカードの文字は『地』。……その文字を確認した次の瞬間、俺の左足の足下で「ピピッ」という電子音が鳴った。
「確認は取っていますよね? 後付けコンボについては」
火矢のコンボの例えで言ったカードの追加によるコンボが成立するかって質問か。……だとしたら、これは『地雷』かっ。
雷が地雷に変更されたため、水を巡っていた電撃が消える。そして、電子音がなった俺の足下が爆発する。
――激痛。そして、左足の膝より下の部分が吹き飛ぶ。
水しぶきを上げ、俺は冠水した床に倒れ込んだ。
「兄さんっ」
その光景は外の筐体で様子を見ているミュウの目にも映し出されていた。
「ちょっと、これってミュウちゃん。動けなくなったら負けってことは……あんちゃんの、負け、なの?」
ミュウは考える。どうすれば兄を救えるかを。
そんな中、ミュウは筐体にいくつもあるボタンのうちの一つに目が止まった。根拠はない。だが、そのボタンだけが妙に気になる。――押せば、なにかが起こると。
……痛ぇ。左足の感覚がねぇ。
俺の周りの水が赤く濁っていく。……『鮫』なんてカードがあったら絶好の的だな、おい。
「どうやら決着がついてしまったようですね? この勝負、吉法師さんの――」
「ま、待てよ。う、動かなくなったら、負け、なんじゃねぇのかよ? こ、この場から、動けなくなっても、まだ俺は、動くことは、出来るんだよっ。と、とっとと使った分、二枚のカードを、よこしやがれ」
「たしかにまだ霧崎灰次さんは動けるようですね。――では、霧崎灰次さんのターンです」
カードが二枚、俺に向かって舞い落ちてくる。手を伸ばし、その手にカードを取る。
『布』『比』。
くそっ。最悪の引きだ。とりあえずは『布』で――。……ちょっと待て。
「お、おい、確認だ。て、手札から、のカード使用で、攻撃、じゃなく自分の治療、とかのために、カードを使った場合は、どういう扱いに、なる? まさ、か、そういうのでも、ターン終了になるとか、言わないよな?」
「そうですねぇ……。まぁ、そういう場合はカードを消費しますがターンは続行ということでいいでしょう。ただし、カードの補充は次ターンですよ?」
「そ、そうか。じゃ、じゃあ、俺はまず、『布』のカードで、俺自身の左足を、強く縛りつける」
止血とわずかながらの痛み止めだ。
……考えろ。Loopholeを。今の手札は『石』『素』『*名前』『比』。これでなにが出来る?
探せ、Loophole。なにかあるはずだ。なにか――! 待てよ? たしかアレを漢字で表記すると……、さらに形状を変化させて……、――くっ、だめだ。それじゃあせいぜい相打ちだ。あと一枚、なにか吉法師だけにアレをくらわすためのカードが足りない。
だが、やるしかない。次のターンの引きにかけるしかないな。
「俺は、四枚全ての、カードを伏せて、ターンエンドだ」
残りすべてのカードを場に伏せる。
吉法師が舞い落ちてくる二枚のカードに手を伸ばす。……二枚目を手にした時、吉法師の動きが一瞬止まった。
あれはおそらくワイルドカードの条件文に目を通したために発生した硬直だろう。……どんなワイルドカードを手にしやがった?
「じゃあ、俺も自分のためにカードを使わせてもらいますよ」
そういって吉法師が置いたカードは、ワイルドカード。
そこに書かれている条件文は『*カタカナを組み合わせて作ることが出来る漢字』だった。
ワイルドカードは『台』という漢字札に変わる。
現れた台に登り、吉法師は水の外に出る。
「……最初の五枚の中にあったこのカード、どう処分しようか迷っていたんです。けど、よかった。処分する機会が出来て」
台の上から、冠水している水面へと投げ捨てるように表向きのカードを置いた。――文字は『沸』。
まずい、水の温度がどんどん上がってきてやがる。左足をやられた今じゃ、俺は満足に動くこともできない。
……ダメか。使うしか、ないのか? 使えば、吉法師も俺もただじゃすまないっていうのに。
「……俺は、場に伏せた、四枚のカード全て、を、発動、させる」
俺の四枚のカードが反転して文字を晒す。
『石』『比』『素』『*名前』――名前のワイルドカードは『霧』の文字へと姿を変えた。
その直後だった。突如、この空間内に警報が鳴り響き始めた。
「? これは、何の警報なのかな?」 吉法師が奴に向かって問いかける。
「あーあ。やっぱり押しちゃいましたか」
押した? 何のことを言っている?
「すみませんね、吉法師さん、霧崎灰次さん。どうやら今回のゲームはこれでお開きのようです」
奴がそういうと、この空間に冠水していた水が消える。そして、吉法師が台から降りると、その台も姿を消した。
「でも、まぁよかったです。霧崎灰次さんのそのコンボが発動していたら、私のお気に入りの方が二人も同時にいなくなっているところでしたからね」
「おい。それより、何が、起きたのか、説明、しやがれ」 水が消えても、俺の受けたダメージまでが回復するわけではない。
「俺も聞かせてもらいたいですね。ゲームが途中で中断するなんて、いままでになかったことなんでね」
「私のせいではありませんよ? 霧崎灰次さんが悪いんですからね?」
は? 俺の、せい?
「だから私は観戦モードには乗り気ではなかったんです。……外で霧崎灰次さんの妹さんがEXITボタンを押されました。それにより、このゲームからの脱出成功が確定したのです」
「なるほどね」 そう呟きながら、吉法師は俺の姿と開かれた俺の伏せカードを交互に確認する。
「確かに、彼のそのコンボが決まっていれば、俺は死んでいたかもしれないね。もっとも、その四枚だけじゃ、彼も一緒に死ぬことになっているけどね」
「あと一枚、カードが、揃わな、かったんだ」
「しかし、この場面で『砒素』の単語を思いつくとは、本当に彼は面白いよ。彼の名前が『風間』とかじゃなくてよかったよ。砒素を霧じゃなくて風にでも乗せられたら、俺だけが死ぬことになっていましたからね」
そういいながら、吉法師は俺に向けて一枚のカードを投げつけてきた。
「でもね。俺の方にも切り札はあったんだよ?」
投げられたカードを受け取り、そのカードの文字を確認してみる。
! これは――
ゲームの中から脱出し、俺は自分の部屋に戻された。
直後、俺のスマホが懐かしいゲームの着信音をならす。
「――ミュウか?」 これでまた奴ってことはないだろう。
「兄さんっ。よかった、いまどこなの?」
「俺は自分の部屋に戻されたよ。――お前がいた場所は学校帰りんとこにあるゲーセンか? なんなら、迎えにいくぞ?」
「……ううん、大丈夫、だよ」 ? なんだ、今の間は?
「……そうか。じゃあ、気をつけて帰ってこいよ」
電話を切ると、俺はポケットから一枚のカードを取り出す。
吉法師がゲーム終了時に切り札といって投げつけたきたこのカード。こいつはゲームの切り札でもなんでもなかった。
ここに書かれているのは、電話番号とメールアドレスだ。
あのゲームの最中でこんなものを書いている余裕なんてないだろう。多分、これはあらかじめ用意していたものだろうな。……それを投げ渡したってことは、認められたってことか? 吉法師に。
カードに書かれてあった番号を入力し、スマホを耳に当てる。
しばしの呼び出し音。――そして、繋がる。
「よう。あんな死闘の後で、よく連絡先を渡す気になったな?」
まだ相手が吉法師とは限っていない。だが、俺は吉法師があの場面で適当な番号を渡すなんては微塵も思っていない。
「そういう君こそ、自分を殺しにきた相手から連絡先をもらって、よくかけてこれましたよね?」 ――吉法師だ。
「で、こんな手の込んだことまでして、連絡先をよこした魂胆はなんだ?」
「はは、魂胆なんて人聞きが悪いですよ? 安心してください。別に他意があってあんな真似をしたわけじゃありませんから。……ただ、あのゲームの中でプレイヤー同士が連絡先を交換するのは禁じられているんですよ。だから、あの管理者の目を欺かないといけなかったんですよ」
管理者? 奴のことか?
「でもこれでもう君とは対戦ができなくなるんですけどね」
? どういうことだ?
「どうしてお前と対戦が出来なくなるんだ?」
「言葉が足りませんでしたね。……ペナルティを伴う対戦は、知り合い同士では出来ないってことは知っていますよね?」
ああ。たしか最初ん時にそんなようなことを言っていたな。
「ああ、知ってる。さらにいうと、それが俺が連続でゲームに参加する事になった理由でもあるからな」
「妹さんの代役での参加でしたね、たしか」
「さぁ。もう雑談はいいだろ? 目的を言え、目的を」
「ですから、変な魂胆なんてはありませんよ。……情報の交換――いや、多分情報の提供になるかもしれませんね。霧崎くん、カードの方はもう確認したかい?」
吉法師が俺のことを名字で呼んだ。まぁ、それはいいだろう。しかし、カード? 何を言っているんだ?
「おいおい。俺はお前の投げつけたカードを見て連絡を入れたんだぞ?」
「あ、すみません。そっちのカードのことではありませんよ。――World Exitのカードのことです。……服のどこかに入っていませんでしたか? Intelligenceのクリア報酬である『I』のカードが」
服のポケットを探ってみる。――ありやがった。最初に無造作に放り込んでおいた『R』のカードに重なるように、『I』と書かれたカードが。Iの文字の脇には小さく『ntelligence』の文字。そして、星は二つ。
「……前のゲームでももらったが、クリア報酬って、いったいこのカードはなんなんだ?」
「本当のところはよくは知りませんが、いろいろな情報があります。その中でよく耳にするのは、そのカードの頭文字で『WORLDEXIT』と揃えると、あのゲームをクリアしたこととなり、その報酬でどんな願いでもひとつ叶えてくれるって話です」
……また、えらくまゆつばな話が出てきたな。
「ゲームのクリアはともかく、願いを叶えるって報酬はどうなんだよ?」
「確証なんてものはありませんよ? ただの噂レベルにすぎない情報なんですから。……でも、ああいった非現実の世界に行った以上、『ありえない』という言葉で片づけられる情報ではないと思いますよ」
「……こっちの、カードに書かれている星マークはなんなんだ?」
「それは攻略したゲームの難易度ですよ」
――玄関の方から声が聞こえてくる。
「ただいま、兄さん」 ミュウが帰ってきたようだ。
「……どうやら、妹さんも無事に帰られたようですね?」
「ああ。……あとでお前のメールアドレスにメールを入れておく。電話番号は着信履歴でも見て勝手にしてくれ」
電話を終えようとすると、吉法師が声をかけてくる。
「あ、もうひとつだけ。……星――難易度はどうも全部で七段階になっているらしいですよ。ですが、星六以上のゲームには注意してください」
「? 何をだ?」
「星六以上のゲームは、自分が壊れるか、何かを失うかの覚悟がないとクリアなんて出来ない難易度になっているんですよ。――星五つまでは、どんなにゲームが難しくても、自分がミスをしなければクリアは出来るでしょう。でも六つ以上の場合はそんなレベルではないんですよ」
……待て。その言い方だと、吉法師は星六以上のゲームを経験し、クリアしているってことになるぞ?
「お前は、星六以上のゲームを攻略したことがあるのか?」
「……ええ。ただし、そこで失ったものも大きいんですけどね」
吉法師はその言葉を最後に電話を切った。