GAME.3「Word Card Kill」その1
Word Card Kill……タイトルから察するに、言葉のカードを使うゲームみたいだが、Killてのが聞き流せない単語だな。
「まずはルールの説明ですね。このゲームには漢字が一文字のみ書かれているカードを使用します。そのカードを互いに五枚ずつ配ります。そして、先攻と後攻決めていただいて、ゲームのスタートです」
先攻と後攻を決める必要があるってことは、どっちかが有利になるんだろうな……
「で、それはどっちが有利なんだい?」 俺が聞こうとしたことを、先に吉法師が口にした。
「それは配られたカード次第になりますね。では次にゲームが始まってからの説明です。まず先攻の方から攻撃をするか場にカードを伏せるかを選んでいただきます。攻撃はその名の通り、カードを使って相手を攻撃します。カードを場に伏せると、任意のタイミングで発動できるようになります。発動させれば、攻撃をしたときと同じ扱いとなります」
ん? だったらとにかくカードを場に伏せた方が有利にならないか? ――確認を取るか。
「それだとカードを伏せた方が圧倒的に有利な状況にならないか? 攻撃をするにしても、伏せておけば自分の番じゃなくてもカードを発動させれば攻撃と同じことが出来るんだろ?」
「まだ説明の途中ですよ、霧崎灰次さん。……そういえば、もうひとつ行動の選択肢がありました。カードは捨てることもできますよ? ちなみに攻撃、伏せ、捨て、全てにおいてカードの使用数制限はありません。とはいっても、手札の数に限りますが。早い話、攻撃時に何枚のカードを一気に出して攻撃しても問題ありませんし、場に手札全部を伏せてもかまいません。もちろん、手札全てを破棄してもいいわけです」
カードの破棄ねぇ。断片的な説明でまだゲームが見えてこない。
「攻撃を宣言するか、カードの破棄を実行した場合、その人の番は終了です。一応、攻撃や破棄をおこなわなかった場合でも、終了を宣言することで自分の番を終えることもできます。カードを伏せる行為は特別でカードを伏せた後でも攻撃やカード破棄が可能となります。つまりはカードを伏せただけで自分の番を終える場合は終了を宣言しないといけないわけです」
やはりどう考えてもカードを伏せることにデメリットが見つからない。
「こうして後攻の方も同じことを繰り返します。さて、お待ちかねの伏せカードのデメリットですが、相手の番が終わって再び自分の番になったとき、手札が五枚になるようにカードを補充していただきます。この際、場に伏せてあるカードは手札としてカウントさせていただきます。つまり、すでに場に二枚のカードを伏せていた場合、手札は三枚になるように補充するわけです。五枚全部伏せていたら、カードの補充は出来ません」
なるほどね。たしかにその縛りがあるのなら、場にカードを伏せていたら手変わりができないってわけだ。……だが、一番肝心なことをまだ言ってない。
「で、どうやったら勝ち負けが決まる?」 当たり前のことを聞いたつもりだった。が、奴から帰ってきた言葉は――
「は? なにを言っているのですか、霧崎灰次さん。そんなの、動かなくなった方が負けに決まっているじゃありませんか」
それは背筋が凍るような冷たい一言だった。奴の言葉と、このゲーム名の『Kill』の単語が脳内で重なる。
「まぁ、ゲームの手順は説明しましたし、分かりやすくこのゲームを要約して説明しましょう。このゲームはカードに書かれた漢字を使って相手を攻撃し、相手を倒したら勝ちというだけのゲームですよ。そうですねぇ、たとえば手札に『矢』というカードがあるのなら、それで攻撃を宣言すれば矢を放って攻撃ということになります。さらに手札に『火』というカードを持っていれば、二枚のカードを合わせて『火矢』にして攻撃することも可能ってことです。そういうことを互いに繰り返してどちらかが動かなくなったらゲーム終了。どうです? わかりましたか?」
なにが相応のリスクだ。つまりは負けた方は動かなくなるってことだろ?
「質問、いいかい?」 ここで、黙って奴の説明を聞いていた吉法師が質問を切り出す。
「攻撃をした後で、さらに伏せカードを発動させて攻撃をつなげるのはアリかい?」
「と、いいますと?」
「さっきの矢のたとえで言わせてもらうと、先に火を放って攻撃した後、さらにそこに矢を放って火矢にする方法はアリなのかってこと」
なるぼどな。それが出来れば、火でダメージを与えた上でさらに矢の攻撃が火矢に変わっての追加攻撃が可能ってことになるのか。
「それは認めますよ。いわゆる、そういった『コンボ』の存在も知略ゲームの醍醐味のひとつですからね。他にも、ゲームマスター――今回の場合は私ですね。私を納得させる説明ができるコンボであれば、意外な組み合わせで生まれた偶然のコンボなども認めています」
……あとは実際にやってみないとわからんな。
「もう、質問はよろしいですか?」
「今聞くことはもう思いつかん。あとは実際にやってみてからだ」
「わかりました、霧崎灰次さん。では、カードをお配りしましょうか」
――ゲームの外、ゲーム筐体の前。
そこで、ミュウとギコが俺たちのやりとりを筐体越しに眺めていた。
「ミュウちゃん。こんなに周りがうるさいのに、よくあんちゃんたちの会話が聞き取れるね? ――で、どうなってるの?」
「……どちらかが動かなくなったら負けのカードゲームだって」
「え? どゆこと? カードゲームなのに相手を動けなくした方が勝ちって」
「違うよ、このちゃん。動かなくなった方が負けなの。兄さんか、吉法師さんが」
「それって、まさか……」
「うん。負けた方は……死んじゃうってこと」
互いの手に、五枚の漢字札が行き渡る。
「あ、すみません。ひとつ説明を忘れておりました。どちらか、あるいはお二人の手札に『ワイルドカード』って入っていませんでした? それについての説明を忘れていました」
ワイルドカード……。多分、俺の手札に二枚ある、この*印のついたこれらのカードだろうな。
「お二人の表情を見る限り、吉法師さんには入っていませんが、霧崎灰次さんの手には入っているみたいですね」
おいおい。まだゲームも始まってもいないのに、ほんの少しでも俺の情報を漏らすんじゃねぇ。……いや、奴ごときが表情を読めたってことは、顔に出ていたってことか。だったら、どのみち吉法師には読まれるだろうな。
「……霧崎灰次さん。あからさまに手の内晒しやがってって表情はやめて下さい。安心して下さい。いくらゲームマスターでも、配られた手札がなんなのかなんて知りませんから」
ということは、まさか二枚の来ているとは思ってもないってことか。
「でも、いざゲーム中にいきなり手札に来て、説明を求めようなら、その地点での手の内を晒すことになりますしねぇ。まぁ、霧崎灰次さんにはお詫びとして先攻後攻の選択権をさしあげましょう。よろしいですね、吉法師さん?」
「まぁ、仕方ないでしょう。俺はかまいませんよ。……どちらが有利不利かわからないしね」
吉法師の言うとおりだ。まだ先に動く方が有利か後に動くのが有利かなんてわかりもしない。
「それでは、ワイルドカードについての説明をいたしましょう。ワイルドカードはそこに書かれている条件を満たしている漢字に自由に変換することができます」
条件? ――俺のワイルドカードに書かれているのは『曜日に使われている漢字』と『自分の名前に使われている漢字』か。
「カードを手に、該当する漢字を思い浮かべればそのワイルドカードは漢字札に変わります。変わらない場合は条件を満たしていないと言うことです。なお、一度漢字札に変えてしまうとそれ以上の変更は認めていませんから注意してくださいね」
なるほどな。つまり、ギリギリまで変換させずに置いておけば、多種多様の戦略が生まれるのか。
「では、ゲームの開始といきましょうか。霧崎灰次さん。先攻か後攻かを選んで下さい」
さて。今の俺の手札は『*曜日』『*名前』『石』『素』『冠』か。……これでなにをどうしろという?
先攻をもらっても、石をぶつけるくらいしか攻撃方法はないし、かといって先攻をくれてやってとんでもないカードを持っていたら、なにもせずに殺されかねないな。
「手札は最悪だが、何も出来ずに終わるのだけはごめんこうむりたい。先攻をもらおう」
「わかりました。それでは、霧崎灰次さんからのターンです」
石をぶつけたところで、ダメージなんか知れている。ここは――
「俺はカードを二枚伏せてターンの終了を宣言する」
俺の目の前に裏返し状態のカード二枚の映像が映し出される。……よくあるカードゲームの光景を目の前で見るとこんな感じになるのかな? ――さて。どうでる、吉法師?
「じゃあ、俺のターンですね。まずは俺も一枚伏せさせてもらいます」
そう言ってカードを置く動作をすると、場に一枚の裏返しカードの映像が現れる。
「そして、俺はこのカードで攻撃を宣言します」
さらに場にカードを投げ捨てるようにもう一枚置く動作をしてみせる。
裏返しのカードの上に投げ置かれた表向きのカードの文字は『雷』。
その瞬間、俺に向かって頭上から雷が落ちてくる。
「! ――マジかよっ」 黙って雷を受けるほど人間は出来ちゃいない。
俺は雷の落下点から踏み出し雷を回避しようとするが――
「無駄ですよ、霧崎灰次さん」
奴がそう口にすると、雷の軌道が俺の移動した先に変更される。
……回避はダメか。これは雷をくらうしかないみたいだな。――だが、ただではくらわん。
「伏せカード、オープン」 俺は伏せたカードのオープンを宣言する。
二枚のカードが反転し、その文字を見せる。
『冠』とワイルドカード『曜日』だ。そして、*曜日のカードは、『水』の文字に変わる。
直後、俺と吉法師のいる空間に水が溢れ始め、一瞬で俺たちの膝のあたりまで溜まり出す。俗に言う『冠水』の状態だ。
雷が俺に直撃する。雷は俺の身体を走り抜けて、この空間に冠水している水へと流れていく。
直撃による感電死は免れたものの、身体中が痺れてうまく動かせない。
だが、これで雷の攻撃は終わったわけじゃない。水に逃れた雷が、すぐにこの水全体に浸透するはずだ。
もう一度、電撃を受けなくてはならないが、今度は俺だけじゃねぇ。……くらいやがれっ。