GAME.1「Route」その1
……なぜこんなことになった? それがこの俺『霧崎 灰次』の頭の中を延々と巡っている疑問だ。
今、俺たちは真っ暗闇の空間に閉じこめられている。
そんな俺たちの前には、この空間から脱出するための扉が五つ存在している。
おっと、『俺たち』と表現している以上、当然、俺以外にもう一人この空間に存在している。
『神凪 明日穂』。
俺との間柄を一言で言うなれば、同級生の女子と言ったところになる。――いや、もう少し掘り下げて説明できるな。クラスメイト……、もう一声、うん、同級生女子で同じクラスで座っている席が近い。まぁ、この程度の間柄だ。
その彼女と俺は、わけもわからずこの空間に放り込まれているのだ。
……まずは、事の経緯を詳細に思い返してみよう。
たしか俺は、学校の帰りに通学路にあるいきつけのゲームセンター――まぁ、アミューズメントパークと言った方が聞こえがいいか、とにかく、そんな感じの場所に寄り道していたんだ。
そこで、手持ちの小銭ぶんだけ遊ぼうと――
「おーい、そろそろルールの説明をしてもよろしいですか? 霧崎灰次さーん?」 どこからともなく耳障りな謎の声が響きわたる。
「うるさいっ、ちょっと黙ってろっ。いまは回想中だっ」
俺が謎の声にそう怒鳴り返した直後、俺の後頭部に激しい衝撃が走った。
「黙るのはお前だっ。――霧崎、アンタの事情なんてどうでもいい。今はどうやったらここを出れるかが先だろうがっ」 ……神凪の奴が、俺の後頭部をおもいっきり叩きやがった。
「――痛ってなぁ。コラ、神凪っ。いきなりなにしやがるっ」
「アンタが話を遅らせようとしてるからでしょうがっ? 事のなりゆきなんて、そんなのもうどうでもいいでしょっ」
「おーおー、お二人さん。仲がよろしいことで」 謎の声が俺らをひやかしてくる。
「「誰と誰がだっ」」 俺と神凪の声が見事に重なった。
「ようやく私の声を耳に入れてくれましたねぇ、霧崎灰次さん。それでは、ルールの説明といきましょうか」
「その前に、てめぇは何者だ? なんで俺たちをこんな場所に閉じこめている?」
「はいはいはいはい。では、一つだけ質問にお答えしましょうか? 何を聞きます? ここがどこかですか? 私が何者かですか? それとも脱出方法ですか?」
「決まってる。てめぇは何者――」 俺がそういいかけると、再び俺の後頭部に衝撃が走る。
「ドアホっ。その選択肢で一つしか聞けないなら、脱出方法に決まっているでしょうがっ」
……また殴りやがったな、神凪ぃ。
「それでは、脱出方法の説明といきましょうか。……と、言っても脱出方法はいたってシンプル。そこの扉の中の脱出ルートを一つ選んでいただいて、そこの出口までたどりつけばOKなんですよ」
右からそれぞれA、I、U、E、Oと書かれた扉が目の前にある。
? ……なんでABCDEじゃなんだ?
「さて。それぞれの扉には小窓がついておりますよね? そこから中の様子が確認できますよ。それを参考にしながら、挑戦する扉を選んでください」
俺はIの扉に近づき、扉の中を確認する。――と、Iの文字の右下に、小さな文字で『ce』と書かれているのに気づいた。
「なんだ? 『ce』って?」
俺が口にすると、神凪が俺と扉の間に割り込んできた。
「ちょっと、どいて霧崎」
神凪は扉の文字と小窓の光景を交互に見て、『ce』の意味を理解したような顔を見せる。
「なんだ神凪、その顔は? ――わかったのか? その『ce』って言葉の意味が」
「霧崎。これはceじゃなくて、扉に書かれた大文字を含めて『Ice』って意味だと思うよ。見て、窓の中」
言われたとおりに小窓をのぞくと、そこには氷の世界が広がっていた。
「そうか。この扉の大文字は、扉の中の世界を示す単語の頭文字になっていやがるのか」
他の扉も確認してみる。――Aの扉には『ttach』の書かれていた。
「Attach……ア、タッチ、か? なんて意味だ、神凪?」
質問を神凪に飛ばしてみるが――
「私に分かるわけないでしょう? 窓の中を見て確認してみたら?」
たしかにそうだな。……俺は神凪の言うとおりに小窓を確認した。
広がる穏やかな平原。……なにがどうなってるからアタッチなんだ? ……とにかくまぁ、さっきの氷の扉よりはこっちの方が簡単に通り抜け出来そうだな?
「あ、そうそう。言い忘れていましたが、脱出ルートは各扉一人ずつの挑戦になりますからね? お二人が選択した扉がかぶった場合は、先に扉を選択したほう――つまりは早い者勝ちとしますよ?」
「霧崎。とりあえず全部確認してから決めましょう。あとはUとEとOね」
「Uは――『nknown』、Unknown……アンノーンか」 ……いやな予感しかしねぇ。
俺が窓を覗いてみると――
「どう、霧崎?」
「……ここはないわぁ」
「ちょっと、霧崎。ないってどういうこと? 説明してくれなきゃわかんないでしょうがっ」
「この光景をどう説明できる? 神凪、自分で見てみろっ」
俺が扉から離れると、神凪が窓の中を覗いた。
「……たしかにこれはないわね」 光景を目にして、ようやく神凪も納得したようだ。
ちなみに、ここの光景を一言で言い表すならば『絵にも描けない』という言葉が合うだろう。
今度はOの扉の前に移動する。
文字を見る前に窓を覗いてみた。――窓の中に見えるのは、海の中、だな? ここの扉は『Ocean』と言ったところか?
「どう、霧崎? そこは大丈夫そう?」
「ああ。どうやらここは海の世界になっているみたいだ。だから、扉の文字も――」
『O・YO・GE』
「なんじゃ、そりゃっ! ――いやいやいや、まんまオーシャンでええやろ? なんじゃい、泳げって?」
「霧崎、落ち着いて。とりあえずそこはわかったから、次、次」
激しく扉にツッコミを入れる俺を、神凪がなだめる。
「あ、ああ、そうだな。――最後はEか」
Eの扉の文字を確認する。扉の文字は『vil』。
「なんて書いてあった、霧崎?」
「Evilだとよ。……窓覗きたくねぇ。さっきのUnknownと同じ嫌な予感しかしねぇ」
「見ないわけにはいかないでしょっ。……わかった、一緒に見よう。それでいい?」
神凪の提案に渋々了承し、俺たちは同時に小窓に目を向けた。
扉の中の光景を目にし、出てきた言葉は――
「「Evilってなんじゃいっ」」
二人合わせてそう言わずにはいられない光景だった。
わけのわからない光景が広がっていたUnknownの扉よりは分かりやすい光景だろう。……分かりやすく、絵に描いたような地獄と呼べる光景だ。
朽ちた剣や屍が転がり、遠くから得体のしれない化け物が様子を伺っている。……ここから見える光景だけでその名の通りEvil――邪悪で不快な光景が確認できる。
「さて、お二人さん。すべてのルートの確認は終了しましたね? では、次に私が『どのルートにしますか?』と訪ねたら、扉に書かれているルート名を叫んでください。同じルートを選択した場合は、先に言葉を発した方が勝ちとなり、もう一人は再度ルートを選択し直してもらいますよ?」
……あの中で選ぶとしたら、Attachの意味は分からないが、Aのルートしかない。たぶん神凪も同じ考えだろう。――勝負は、一瞬。
「ではお聞きします。どのルートにしますか?」
「「Aルートっ」」 声は神凪とほぼ同時。
「うーん……。これは霧崎灰次さんの方が若干早かったですねぇ」
いちいち人をフルネームで呼びやがって、癇にさわりやがる。……まあいい、これで俺はあの不快なルートからは外れたわけだ。
「それでは、『え』ルートを選ばれた霧崎灰次さんは、そこの扉からお入りください」
俺は奴に指定された扉を開け、扉の中の世界に足を踏み入れる。
目の前に色鮮やかな草原が――広がっていなかった。
「なんじゃ、こりゃあ」
俺を待っていたのは、Evilの扉の中の光景だった。
「待て待て待て。おい、これはいったいどういうことだ? 俺はAルートを指定したはずだ?」
「はい。ですから、そこが霧崎灰次さんの指定した『え』ルートです」
待て待て待て。なんだ? さっきは聞き間違いと思ってスルーしたが、なんか奴のイントネーションがおかしくないか?
「……もう一度、俺が何ルートを選択したことになっているか言ってみろ」
「ですから、霧崎灰次さん、あなたが指定したルートは『え』ルートです」
――これは、まさか……
「おい、他のルートの扉の文字を、左から順に口に出して読んでみろ」
「やれやれ。霧崎灰次さんは随分と高圧的にモノを言いますねぇ。いいでしょう。左から順に、『あ』『い』『う』『え』『お』のルートとなっておりますよ」
ローマ字読みかよっ。
「待て待て待て。何でローマ字読みなんだっ! それぞれの扉は『アタッチ』『アイス』『アンノーン』『イビル』オーシャ――じゃない『泳げ』ってなってただろうがっ。Oはともかく、他はどう考えても、アルファベットだろうがよっ」
「はいはい。霧崎灰次さん、何をいくら言ったところで、もう霧崎灰次さんルートの選択は終わっていますよ。あとは神凪明日穂さんの再選択待ちです。――では、神凪明日穂さん。もう一度ルートの選択をお願いします」
「私は、『あ』のルートを選択します」 神凪は嫌味ったらしくゆっくりと確実に『あ』と発言した。
……くそっ。神凪がほくそ笑む顔が浮かびやがる。
こうなった以上、この気味の悪いルートをとっとと攻略するしかないな。
さて、さっきは神凪の奴に邪魔されて経緯の説明が途中だったな。
まずは、俺たちがこのゲーム『World Exit』をやらされるはめになった、その経緯を話そう。