碧い美少女
「武器をお受け取りください」
黒いメイド服を着たNPCから初心者用の剣をこれ以上ないくらいのどん底の気持ちで受け取る。初ログインしてはじめに来る鍛冶屋では俺の他にも初心者用武器を受け取る人で溢れている。鍛冶屋の部屋の隅にある鏡に映る姿はクリアブルーと黒の戦闘服に身を包まれた美少女だった。細長い手足に強気な顔立ち。おまけに服だけでなく髪の毛の色までクリアブルーである。しかも名前はシエル。男でも女でもおかしくない。
こうなってしまったすべての原因はシステムエラーらしい。そりゃゲームシステムからすればた•だ•のシステムエラーかもしれないが俺にとってはそれがとんでもない結果に繋がってしまったのだ。
もちろんやり直すことも考えたが
見た目はランダムなため、このWOFには理想の容姿を手に入れるまで何度も初期化することを防ぐ初期化防止課金制度があることから月のお小遣い1500円の俺は諦めざるを得ない結果となった。
初回ログイン時のみもらえる特別アイテムの最高級食材ラビットテールをほおばりながら最初のクエスト開始地点へと歩き出す。
さすがこの見た目だと他に女性プレイヤーが少ないためか男性プレイヤーが次々と声をかけてくる。
だが女性の振る舞い方を知らない俺はどうしても不自然になってしまうらしくけげんそうな顔をして去っていく者もいるが、相手の男性プレイヤーに事実を告げるのは少々負い目を感じるので言わないことにしている。
「シエルちゃ〜ん」
WOFではプレイヤーを注視すれば名前とHPのみ閲覧することができる。そのため知らないやつが俺の名前をあちこちから呼び、パーティーに誘ってくる。
それらをすべて断り続け、ようやくはじめの初歩モンスタークエストをクリアした時にはログインから5時間が経過していた。剣を一振りして鞘に収める。
「今日はこの辺にしとくか」
はじまりの街の宿屋を借り部屋に入るとすぐに着替えるため俺はウィンドウを開き操作する。戦闘服を脱ぐと上下お揃いのピンクの下着姿になった。ご丁寧にもフリル付きだ。
何だか気恥ずかしくなりすばやくTシャツをクリックし着用する。
WOFではログアウト方法は主に2つだ。強制終了、つまり現実世界で誰かがコンセントを引っこ抜くか寝落ちしかない。そのためマイホームを購入するか宿屋を借りる必要があり戦場でもモンスター侵入不可テントを張り、中で横になるのだ。
ふかふかのベッドにごろんっと横になりふと考える。俺が目指すものはたった一つ。ラスボスを倒しこのWOFをクリアすることである。このゲームの発売と同時に『このゲームをクリアした者には賞金が与えられる』という謳い文句は世間の話題となった。ゲーム内での課金制度が増えてきた今、こんな美味い話は他にない。
--絶対クリアしてやる。
そう心にもう一度決め、重くなってきた瞼をそっと閉じるとあっという間に意識は遠のいていった。
***
意識がふと現実世界に戻ると俺はヘッドギアを枕元に置き立ち上がる。
2階の自室から下のリビングへと降りて行くと母さんはパソコンの画面と向き合ったままけわしい顔をしていた。
「あっ碧人。ご飯用意するわね」
そう言って立ち上がりキッチンに向かう。
「それで?どうだったのよ新作MMORPGの感触は」
実を言うと母さんもかなりのゲーマーだ。
俺のゲーム好きはおそらく遺伝だろう。
「なかなかだったよ……」
女プレイヤーになってしまったなどと言ったらどんなに腹をかかえて笑われるだろうか。
「そう。母さんもやろうかしら」
上機嫌に鼻歌を歌いながら俺の大好きなハンバーグを焼いている。母さんのこんな後姿を見ていると俺は自然に穏やかな気持ちになる。
父さんは不慮の事故で他界し母さんは女手一つで俺を育ててくれている。
当時、俺の前では決して見せなかった涙を夜中リビングで一人で拭っていたのを俺は知っている。
一通り夕食を食べ終え自室に戻ろうとした俺を母さんは呼び止めた。
「やり過ぎは禁物だからね」
俺は軽く右手を上げ、階段を上って行った。