第三話 お遊び
「じゃあ、その汚い肢体を散らしてください。終わりですよ」
闇の触手による圧倒的圧力によって、中にいた生徒達はただの肉塊へと姿を変えた。それを見て、ある者は絶叫し、ある者は目を背け、ある者は口に手を当て吐き気に耐えていた。そしてそこにいた幼馴染は……
「(違う! あんなの悠じゃない! 嘘よ! もっと優しくて、自分が好きになれない普通の人だ!)」
目の前の惨状から、目を背け、涙を流すしかなかった。悠は戦闘が始まる前から終始笑みを浮かべたままだった。それが悪魔の笑みであると分からない者は分からなかった。
「先生、終わりました。早く結界解いてくれませんか?」
「あ、あぁ……感情再現空間解除。空間補填。……よし。あと1分ほどすると教室に戻れる。少しだけ待っていろ」
だが守屋は全く別のことに意識を向けていた。それは悠が受けたダメージのことだ。戦闘が始まる前に説明しなかったが、この空間の中では部位欠損などを起こそうとすると、通常の5倍ほどの力が必要になる。部位欠損が起きると説明したのは相手のことを考えて戦わせるためだった。しかし、悠が相手にした生徒は、悪いがあまり強いとはいえない。そしてさっきの悠が放った攻撃。それから考えられるのは……いや、それ以外有り得ないと守屋は確信した。彼は自分で腕を切断したのだ。5倍の力を埃を払う程度の意識で凌駕し、己が肉体を傷つけ、更には肉体が崩壊するほどのダメージを相手には与えた、ということだ。
それほどのことを笑みを浮かべたままやり抜く精神力が、あんな子供に備わっているとは思えなかった。彼は、正に別次元のレベルにいるといえる。
悠の授業だけは別の物を用意する必要がある、と守屋は考えていた。後に、その考えすら甘いと思わされる出来事が起きるのだが。
「いやぁ、皆さんすいません。犯罪者の僕が決闘を受けたばっかりに、こんな汚いもの見せちゃって……でも、ストレスは発散できたんで、僕としては満足ですかね?」
クラスメイトの背筋が凍った。その笑顔と共に放たれる殺気を受けて。
私達/俺達は喰われた。完全に喰われた。もうコイツには勝てない。もう駄目だ。全員が直感した。生存本能で。今までの人生の中で一番の危機だと。何も起こらないと分かっていても。脳が。身体が。心が凍りついた。
「……!? やめろ神嵜、何をしている!?」
守屋は悠が残りの生徒に殺気を飛ばしていることに気付き、その肩を叩く。
「あぁ、先生どうしました? これですか? 暇だったんでちょっとしたイタズラを「他の生徒を脅すのがイタズラか!」」
守屋は吼えた。しかしそれを受けても全く動じることのないらしく、それでも笑みを浮かべている。
「もういい! 神嵜、それとコイツに文句のある奴、校長室に来い! 両方とも処分してやる! 気持ちに嘘を吐いてもすぐに見つかるからな!」
ここでの嘘を吐いてもばれる、というのは魔術による精神分析を行うということだ。物事、気持ちのの真偽、善悪すらも理解することができる。精神力や魔力で大きな差があれば抵抗することができるが、大抵の人はそんなことはできない。人の心を除く、などというある意味禁忌とも言えるようなことをできてしまうものを発明した。
閑話休題。他の者も処分する、そう言われたクラスメイトは大きな抗議の声を上げた。
「問題を起こしたのは犯罪者とそいつらじゃないか!」
「私達は何もしてない!」
「処分されるなら決闘されたメンバーじゃないのかよ!」
「どうして俺らまで処分されなきゃ「止めようと思えば止められただろう!それを助長したのは誰だ!」」
守屋が生徒達に一喝する声を背中越しに聞きながら、悠は「別にどうでもいいですよ?」と呟きながら教室へと戻っていく空間を眺めていた。
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午前十一時三十七分 生徒会室
「一年A組で早速決闘フィールドの展開を確認しました。戦闘のデータも取ってあります」
日の光が生徒会室を照らす。そこには2人の人影があった。片方は生徒会への連絡のためにきたごく一般的な、説明する必要のない生徒。そしてもう一方は……
「ありがとう。書類は机に置いといてください。お疲れ様でした」
少しだけ口元を緩めたその姿に生徒は見とれていた。肩まで伸びた金色の髪。目はまるで海のように深く、蒼かった。しかしそこに暗さというものは感じられない。そしてその容姿はフランス人形のように作られたのでは、と疑うほどの美しさを持っていた。
彼女の名前は桐山蒼衣。現生徒会会長にして史上最強の生徒会長といわれている。また、その容姿と本人の魔術属性から「ウンディーネ」と渾名されている。生徒によって届けられた書類目を通し、ある名前を見つけた。かつて、自分の命を救ってくれた英雄。忘れることなどできない、恐らく、死ぬまで忘れることはないであろうその名を。彼と共に周りに縛り付けられていた空間から抜け出すことのできた「あの2日間」を思い出していた。
「……ようやく、再会できますよ? 悠さん。ずっと待ってたのですから……今度こそ、正直に想いを……」
そう言うと、途端に頬が赤く染まる。そのまま、完全に思い出の中に意識を埋めそうになったその時……コン、コン。と現実へと引き戻すようにドアをノックする音が聞こえた。そして外から声が聞こえた。
「今学期早速処分を言い渡されてきたんですが、校長室から生徒会室に行けと言われまして……」
どうやら今学期はやんちゃな新入生が多いのだな、と思いながら中に入るように促した。木製のドアを押し開けて入ってきたのは……
「いやぁ、まさかこんなことになるとは……あれ?」
「う、嘘でしょ……そ、そんな……こんなところで……」
「「何であなたがこんなところにいるんですか!?」」
悠はイタリアにいるはずの蒼衣を見て。蒼衣は悠の仕事を知っているため、本来いるはずがない悠を見て声を上げた。
「(あ、危ない。もう少しで本性でそうになりましたよ。ホント、びっくりしました……)」
「(な、なんで悠さんがこんな学校に!? 既に大学主席とか博士号とか寝ながらでも取れるくらい頭良いのに!?)」
悠はとりあえず、自分の状況を説明しようと蒼衣に声を掛けた。ここで説明せずにはぐらかせば、今は良くても落ち着いて思考できるようになったら恐らく自宅に向かって水属性の最上位呪文を問答無用でぶつけられるだろうと予想したからだ。
「多分どうしてこの学校に僕が……他に誰もいないですし、いいですかね?」
悠は蒼衣に確認を取った。蒼衣のほうはどういうことか、と少し考えたようだが、その問いの意味を理解したようだ。「どうぞ」と短く告げ、すぐに話を聞く体制になった。悠は小さく「そうですか」というと、
「俺がこの学校に来たのは、ある人の護衛任務を受けているから。この騒動はちょいとクラスで面倒な奴等に絡まれて、こうなった訳です。あ、俺の処分ってどうなるか分かります?」
悠の雰囲気が変わった。誰も近づけないような雰囲気から優しく、それでいて強さを持った雰囲気に変わった。過去に受けた依頼のときに起きたある出来事のときから、蒼衣は悠が素を見せて話す数少ない人の内の一人になっていた。蒼衣はとりあえず悠が学校にいる理由は理解したようだ。
「初日から問題を起こすなんて、問題児も良いところです……。まぁ、先生からの報告書に目を通しました。貴方はまぁ、雑用のお手伝い程度の罰で済まされるでしょう」
半ば呆れながらも、処分について書かれたプリントを悠に渡した。そこにはこう書いてあった。
『「生徒会」の雑用手伝い』
「すいません、蒼衣先輩。雑用って先生とかを手伝う「今回は個人の判断で決定しても良いとのことでしたので」……分かりました。はぁ……2年前を思い出しますよ」
悪戯っぽい笑みを浮かべながら蒼衣は言った。その後、すぐにドアをノックする音が聞こえた。どうやら、他の生徒も生徒会室に来たようだ。
「失礼します」
「どうぞ入ってください」
何の変哲もないやり取りのあと、ドアは押し開けられた。そこにいたのは悠を除くクラスメイト全員だった。悠はわざとらしく決闘を仕掛けてきた生徒に向かって話しかけた。
「あれ? 貴方、さっきグチャグチャになってた人ですよね? あれー? どうして人間の形になってるんですか? あぁ、そうか。本当の死合が怖いから、決闘フィールドで戦ったんですよね? じゃなきゃ貴方達、何度死んでるか分かりませんもんね?」
「て、テメェ!!! ぶっ殺すぞ!!!」
「ちょっと油断してただけだ!!! 本気を出せばテメェみたいな雑魚なんて一瞬で……」
そこに同伴していたのであろう守屋先生が割り込んできた。狭い入り口で止まっている生徒達を押しのけながら、生徒会室に入ってきた。そして入ったと同時に
「やめないか、お前ら!」
その場にいた皆に向かって守屋先生は声を荒げた。だが、挑発された生徒たちは魔術の詠唱を終え、こちらに既に放つ準備を終えていた。それを見た守屋先生と蒼衣は防御魔術の術式を組み、詠唱を始めたが既に遅かった。彼らの紡いだ言霊は、術者から糧を得て形を造り、すでに標的へと殺到していた。
「喰らえ! 風の槍!!」
「こいつもだ! 炎の弓!!!」
「ギャハハハハハ!!! どうだ、痛いだろ!」
嵐のように降り注ぐ魔術。そして爆発。普通の教室よりかは広かったが、爆風によって机は吹き飛び、窓ガラスは砕け、床の装飾は見るも無残な姿に。灰色のコンクリートの上には悠のものであろう血が飛び散っていた。それに気付いているはずの生徒達は彼らを止めようとはしなかった。
「悠! 悠!」
ただ一人。かつて幼馴染だった少女が声を上げるだけ。それ以外は、魔術の炸裂する音と生徒達の罵声のみしか聞こえなかった。やがて魔術が止み、ゆっくりと煙が晴れると……
「全く、さっきの戦いで懲りなかったんですか?」
無傷。しかし血は流れ、制服には穿たれ、焼かれた痕が残っている。ということはあの攻撃を諸に受けたということだ。クラスメイトは全員が疑問に思った。何故防御をしなかったのか。
「何故防御しないのか? 簡単ですよ、単純な理由です」
その答えにクラスメイトは唖然とした。そんな理由で。そんな下らない理由で……そう……。
「面倒くさかったんですよ。防御の術式組むのとか、魔力使うのとか、ね? バカみたいじゃないですか、時間戻すだけで傷も塞がりますし、そこまでバカ相手に力入れるのって……ねぇ?」
面倒くさい。それだけで己の死の危険すらそのような感情で無視をする。狂っているとしか言えない。
「僕の処罰は言い渡されたので、これで帰りますね? 明日もよろしくお願いしますよ、皆さん?」
最後まで悠の顔から笑みが消えることはなかった。しかし、燐はその表情に少し違和感を覚えていた。
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「んで、ボス? 帰ってきて寝ようと思ったらいきなり電話掛けてくるなんて、ひどいじゃないですか?」
マンションに戻った悠が、携帯を片手にベッドへ飛び込む。スプリングの軋む音と、クッションの柔らかい感触が全身を包む。宿舎からわざわざ引っ張ってきたものだ。自分にぴったりのものを態々自分の金で買ったのだ。壊れるまで使い続ける、と悠は捨てる気も買い換える気もない。
電話の相手はイタリアにいるはずのボスだ。だが、どうやって知ったのか今日の学校での行動についての説教が始まった。
「あのな、一言言うぞ? クラスの中では騒ぎを立てず、人畜無害な存在で、それでいて友達もいる。これがお前に望まれたポジションだ」
「えぇ、まぁそれが一番やりやすい方法でしょう。でもですね……仕方ないんですよ」
「仕方ないって……お前なぁ? お前のキャラは始業式当日に決闘してB級映画のスプラッターシーンでも見れないような殺り方して、真っ黒なイメージしか与えない、超真っ黒野郎だ。それのどこが、騒ぎを起こすような存在でもなく人畜無害でいながら友達がいる人間とどこら辺が一致するんだ?」
びっくりするほど正論だ。これには悠も仕方ないように頭を下げて|(本人は異国の地だが)許しを請う…………わけではなく。
「ボス、俺は降りかかった火の粉を払っただけですよ?」
「お前はその払った火の粉で火を起こして、挙句の果てにはむかつく野郎に向かって放火してんだよ!」
堂々と言い訳をした。これには流石のボスも頭に来たようで、大声を上げていた。
「……まぁ、反省しておきますよ。でも、俺のあの属性を闇と誤魔化さなかったら、もっと酷い事に……」
「それについてはこちらも準備不足だった。根回しが遅れててな……」
「まぁいいですよ。この任務が終わったら美味しいピッツァが食べたいです。あぁ、タバスコのたっぷりかかったサルシッチャ ピッカンテが食べたいですねぇ……本場のが」
わざとらしく言った悠だが、ボスはその声に快く返事をしてくれた
「分かった分かった! ちゃんと奢るから。めちゃくちゃ旨い店連れてってやる 俺の奢りだ」
悠はそのボスの発言に……というより、ボスの反応に違和感を覚えた。いつものボスなら
「あーもう分かったから! ったく、しょうがねぇ野郎だなぁ……」
と嫌々?|(最後は酒が入って上機嫌になるため)約束するのだが……。
一つ、思い当たる節がある。大抵、ボスがこう言う時は何か他のものが絡んでて、結局ボスが得をするときだ。
「……ボス、子供じゃないんですし、怒りませんから任務が続くなら言ってください」
そういうと携帯電話の向こうから「ギクッ」と聞こえるのではないかというほどの動揺を感じた。
「ボス、プロシュートもお願いしますね? もちろんタバスコぶっ掛けの増し増しで」
そう言うとボスは焼けになったように声を荒げながら
「分かった分かった! ったく、こういうときの勘ばっか当てやがって……」
「楽しみにしてますよ。最高に旨いピッツァを」
そういうと、電話は切れた。ツー、ツー、ツー、という機械音を聞きながら、可愛そうなので、一つだけいつものお礼に日本酒でも持っていこうか、などと考えながらそのまま深い眠りについた。
時刻は午後六時四十分。彼の本当の仕事はこれから始まる。
夏休み明けに更新できて、とてもいい感じです。少し更新が遅れてしまいましたが。主人公とマフィア組でドンドン絡ませていきたいと思っていますので、生暖かい目で応援していただければ嬉しいです。