第二話 再会
「私の名前は金崎燐。これから一年間よろしくね!」
思わず声が出そうになった。教室に入ろうとしたら吹っ飛ばされ、その張本人は幼馴染であったのだから。だがこんなところで出会うとは思わなかった。だが向こうもこちらが幼馴染であることに気がついたようだ。燐はこちらをじっと見ながら声を掛けてきた。悠よりも少し低い身長。肩まで伸びた少し栗色の髪。全てを見通すような綺麗さを持ちながらも意志の強さを感じる瞳。全体的に引き締まった身体ではあるが、制服の上からでも自己主張をしている胸。しばらく会うことすら避けていた幼馴染が、万人受けするほどの美少女になっていた。
「……待って! もしかして、もしかしなくても、悠?悠だよね?」
最悪だ、と胸の中で呟く。できれば二度と出会いたくはなかった。だが彼女の声は何かにすがる子供のそれにも似ていた。悠は自分が無理矢理あの家を去ったことに少なからず負い目を感じている。あんなことをしなければならなかったのは、過去の経験からである。あれを偶然が重なって起きたこととはどうしても思えない。そんなもの気にするな、と言われても納得などできない。だから彼女たちの元を去ったのだ。
「もう時間ギリギリですよ。教室に入らないと、貴方まで変な目で見られますよ?」
燐の声を無視して教室のドアを開ける。現実逃避だということは分かっている。だがそうするしか今の悠には選択肢はなかった。
教室のドアを開けるとクラスメイトの視線が一気に集まった。流石に時間ギリギリにくるのは不味かったのだろう。教室の電子黒板には出席番号の順番で座って待っていてくださいと書いてあった。6列あるうちの廊下から三番目、真ん中より少し前の席に腰を下ろした。自分の目の前の席には名前順からして彼女が座るのであろう。そんなことを考えているうちにスピーカーからチャイムの音が流れてきた。その音が聞こえてくる頃には燐も席についていた。チャイムが鳴り終える直前にこのクラスの担任であろう先生が教室に入ってきた。それと同時に男女両方の生徒から歓声に近い声が上がった。
眼鏡をかけ、キリッと引き締まった目にこれまた無駄のない体系。しかし出るところは出ている。黒いスーツを着ていて、10人が10人、この女性を美人というだろう。教卓の前まで歩いていったその女性教員はコホン、と咳払いをしてから自己紹介を始めた。
「これから一年間、君達の面倒を見ることになった守屋 翡翠だ。魔術属性は重力と土だ。よろしく頼む。では皆も自己紹介を始めてくれ。自分の属性は必ず言うこと。以上」
「自分の属性を必ず言う」 これを聴いた瞬間悠はかなり脱力した。正直なところ、面倒くさいのでこのまま認識阻害の術式を発動して帰ろうかと考えたくらいだ。属性というのは人の印象にもかなりの影響を及ぼす。第五元素と呼ばれる火、水、電気、土、風などの第一属性の他に炎、氷、雷、岩、嵐などの第二属性と呼ばれる、いわゆる第一属性の進化形。そして闇、光などの第三属性と呼ばれる希少な属性がある。これらを理属性と呼ぶのに対し、物理的な操作や自然現象を起こす属性のことを現象属性と呼んでいる。「属性は人を表す」と言われるほど、属性は重視して見られる。悠はこれに「当て嵌まらない属性」を持っているため、自己紹介を誤魔化す必要があるのだ。先生に促され、生徒も自己紹介を始める。出席番号順で行ったため、悠の順番はすぐにきた。椅子から立ち上がり、教卓の前まで歩いていく。女子生徒からは
「意外にいい顔してない?」
「あんな人受験で見かけなかったわよ?」
「あの人カッコいいわね……」
などの容姿に関する声が飛び交っている。その声を背中に聞きながら黙々と歩いていく。教卓の前に立つと、表情を和らげ自己紹介を始めた。
「神嵜 悠です。魔術属性は……あんまり言いたくないんですけど、駄目ですか?」
悠は申し訳なさそうな態度をして聞いてみたが、先生は
「一人だけ言わないのは不平等だろう。それに、先生の手元にはデータがないんだ。私が授業を受け持つのだから言ってくれないと困る」
そう言われると、面倒くさそうに自己紹介の続きを始めた。一つの嘘を交えて。
「魔術属性は時間と「闇」です。先生、言いたくないって言いましたよね?」
「属性は時間と「闇」」この闇という言葉が出た瞬間、こちらを見る目が変わった。疑い、忌避、異端。それらの視線に乗った感情はこの闇という属性には異常なほど似合っている。悠はそれらの視線を受けながら悠は笑みを崩さなかった。
属性は人のイメージを表す、ということは説明したが、闇属性は一般的に忌避されている。なぜなら、過去に犯罪を犯した人の持っている属性の割合で、闇が九割以上を占めているからだ。それゆえ、闇属性を持つ人は犯罪者予備軍や悪魔の子、疫病神などと言われ、社会的信用も得られていない。だが、悠の嘘はこの闇という属性だ。彼の持っている属性はこんな闇などよりも最も性質が悪く、属性の中でも最も異質な固有属性といわれるものだ。それは『影』 校門からの移動に使ったあの魔術もその影の属性を持つから行えた。だがこの固有属性というのは目の仇にされやすい。一人だけ、特別なもの。たったこれだけの理由でだ。
「あ、あぁ……すまない。思慮不足だった……」
先生は自分の発言によってこのような状況になったことにかなり申し訳なく感じているようだ。だが、悠はここで言わなくてもいい。いや、言ってはならない一言を言った。
「いいですよ先生。所詮犯罪者予備軍の言うこと、ですもんね? それにこれは当たり前の反応ですよ」
笑みを崩さず、今起きている状況に心を揺らされず、言い放った。正反対に、彼女の精神は揺れ動いた。思わず頭を下げそうになった。その瞬間、クラスメイトが叫んだ。
ただ一人を除いてではあったが。
「犯罪者め!」「そうだ! お前がいけないんだ!」「先生は何も悪くない!」「犯罪者は帰れ!」
その喧騒を聞いて守屋 翡翠は後悔した。悔いた。そして驚愕した。クラスメイトの反応ではない。神嵜悠の反応だ。彼はこの自己紹介の間、常に笑みを崩さなかった。今もクラスメイトからの暴言を受けても、全くもって動じていない。まるでその程度当たり前だ、と言わんばかりの反応を見て思った。
彼はどこまで知った?
人間の本性をどこまで知った?
彼はそれを知る経験をこんな年でしたのか?
だが、悠と目が合うとハッと現実に引き戻された。とりあえずこの場を静めるために行動するようだ。
「やめろお前ら!お前らは人のことを属性のみで判断するのか!これ以上は処分されても文句は言えんぞ!」
処分、という言葉を聴くとクラスは自己紹介の始まる前のように静けさを取り戻した。だが悠を見る視線はすでにゴミを見るそれと変わらなかった。悠は先生に促され、席に戻った。燐は自分の順番が来るまで、ずっと耳を塞いでいた。ある意味、悠に吐かれた罵詈雑言は彼女の想いにも傷を付ける行為だったからだ。自分を救ってくれた人に対する暴言だと声を大にして言いたかった。だが世界での評価が変わるわけではない。数が物をいう世界で一人というのはあまりにも無力すぎた。
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自己紹介が終わると始業式の会場に集合し、その後すぐに始業式が開始された。どうやら悠たちのクラスが最後だったらしい。会場に用意されていたパイプ椅子にクラス全員が座ると、始業式は開始された。だが、途中の先生の挨拶などは誰も聞いているはずがなく、どんな学校であれ、入学式は変わらないものなのだと悠は実感した。ほとんど寝ていないことを思い出し、この始業式の間、彼はひたすら眠っていた。
入学式が終わり、教室に戻ってきてすぐに解散になった。教室を出ようとするとクラスメイトの男子数名に行く手を阻まれた。悠の目の前に立った強面の生徒が目を細め、威圧するような空気を醸し出しながら
「おい、てめぇ。ちょっと面貸せや。ちょっと犯罪者を取り締まらなきゃいけないみたいでよぉ?」
と言うのを見て吹き出してしまった。あまりにも似合いすぎていたし、そんなものを見ることになるとは思わなかったからだ。
「プッ、ハハハハハハハハ……いやぁ、すいません。あまりにもその汚い面がお似合いの台詞を聞いたもので……」
悠が挑発するような態度でそう言うと相手の生徒は悠に向かって拳を振りかぶった。腕に強化の魔術を施し、そのまま殴りかかってきた。速度、威力、共にかなり強化されていた。。こんなものを喰らえば、まず瀕死の重傷は避けられないだろう。
「てめぇ!これでも喰らえ!!!」
だがその手を悠はまるで蝿でも払うかのように受け流した。相手は振りかぶった勢いのまま大きな音を立てながら教卓に突っ込んだ。周りの生徒は面白さ半分、怖さ半分にそれを見ていたが、止めようとはしなかった。やられるのは犯罪者予備軍だから。痛い目に遭いたくない。その程度のレベルで行動しているのであろう。だが突然、行く手を阻んでいた生徒から怒鳴り声のようなものが聞こえた。
「おい、犯罪者、決闘だ!!!」
『決闘』その言葉と共に教室は戦場へと改変されていった。感情再現空間と呼ばれるその技術がこの学校が世界に誇るものだとパンフレットに書いてあったのを思い出した。この感情再現空間による決闘は申し込んだ側と申し込まれた側が承認しないと発生しない。つまり……
「決闘フィールドが展開したってことは、お前は挑戦を受けるんだな?」
「えぇ。貴方達の頭だと、言葉よりも身体のほうが躾けやすいと思いまして、多対一でも構いませんよ?」
悠は決闘を承認したのだ。ここで決闘を断っても良かったのだが、任務を遂行していくのに、ここで力を示しておけば相手の組織も迂闊には攻撃できないだろうということと、単純にイライラしていたことが決闘を受けた理由だ。ここに来てから気付いたが、相手の人数はどうやら7人のようだ。
だが、いきなり空間内に青い光が発生した。どうやら監督役の先生が転移しているようだ。偶然にも、その先生は担任の守屋先生であった。
「お前ら、いい加減にしろ!周りの奴も止めなかったのか!」
転移が終了すると同時に、先生が一喝した。だがその声を遮ったのは
「どうでもいいことですよ、先生。始めましょうか? あ、先に攻撃してくれていいですよ?」
悠であった。悠からしたら、さっさと始めてさっさと終わりたいのだ。こんな無駄で、無意味で、無価値で、ただの体力の浪費であることを終わらせたいのだ。
「……分かった。なお、この戦闘では肉体的ダメージは精神に反映され、痛覚は通常の半分になる。だが、部位欠損などはしっかり反映されるし、出血もするぞ。だがどんな状態になろうと、死んでも、これは世界とは切り離された別空間。結果は反映されず、記憶に残るのみでこの結界が解除されると元に戻る……では……始め!」
「調子に乗んじゃねぇぞ!!!」
「ぶっ殺す!!!」
「覚悟しろよ!!!」
開始の合図と共に詠唱が始まったが、その1秒後には様々な怒号と共に魔術を発動させ、こちらに発射させていた。空気中の魔力が微かに動いた。魔力の塊が暴力的な力を以って迫る。風の操作魔法なのであろうそれは周りの空気を巻き込みながらまっすぐこちらに飛んでくる。その刃が腕を巻き込んで吹き荒ぶ。同時に悠の右腕が吹き飛んだ。その瞬間、女子からは悲鳴のようなものが上がった。その次に飛来したのは雷の塊だった。2,3発飛んできて、着弾と同時に爆発する。土の杭も飛んできた。爆発によって土煙が巻き上げられ、悠の姿は確認できなくなっていた。
「死んだか? まぁ腕が飛んだんだ、死んだよな?」
「だよなぁ、あれは死んじゃったかな?」
「あんな弱っちいの、楽勝だっつーの!」
ゲラゲラと笑い声が響く。先生はアクションも起こさずに攻撃を喰らっていた悠に不信感を覚えながらも勝負を終わらせようとしたが次の瞬間
「全く、これだから物分りの悪い人たちは困りますね。それにこの空間でも痛いもんは痛いんですよ?」
そこには決闘が始まる前の状態の悠が立っていた。魔術の威力は使用者にもよるが、中級魔術で既に拳銃やその他の火器の威力を凌駕しているのだ。それを7発も受けて余裕の笑みを見せている。いや、あの笑みは違う。それは既に悪魔からの死刑宣告と同意義だった。だが、対戦相手とギャラリーの生徒は口々にこう叫んだ。
「あいつ、インチキしてるんだろ!!!」
「普通なら死んでるだろ!!!」
「やっぱり犯罪者だ!!!」
闇属性を持つというだけで、謂れのない罪を着せられる。先生がそれを静めようとしたが、悠がそれを手で制した。
「そのインチキの種明かしと行きましょうか。先生、僕に魔術を適当に撃ってください。どんなのでもいいですよ、殺す気でどうぞ?」
先生は「殺す気で」という言葉に抵抗を覚えたが、比較的殺傷力のある土属性の魔術『土の杭』を放つことにした。
「土よ、その意味は全ての生ける者を救う力よ、我の前の悪を貫け!」
かなりの速度で飛来した土の杭に対し、悠が行ったのは……
「時間改竄:五重停滞」
魔術の詠唱。それが終わるとほぼ同時に土の杭は大気を押し退けながら進み、彼の右肩を穿った。だが、右肩に空いたその穴からは、血は流れてこなかった。いや、普通に流れるよりも遥かに遅い速度では流れている。よく見なければ分からない、というレベルまで出血が遅くなっている。傷口の時間の停滞。普通の5分の1しか時間が進まないように体内時間を魔術で遅らせたのだ。では彼の腕が飛んだのはどういうことになるのか。これは治癒ではない。そんな疑問を持った生徒達に悠は
「闇よ、全ての始まりたる闇よ。彼の者の傷を喰らいたまえ」
闇がその傷のまわりに発生したと思うと、一瞬で掻き消えた。その先に広がっていたのは、完治した傷口であった。
「事実を喰わせる、なかったことにする。時間と、侵食の意味を持つ闇だからできることですよ? まぁ、事実を隠しただけなので、傷は治ってないんですけどね?」
その事実を知って驚愕した。このままではこちらは向こうに傷など付けられないじゃないか。勝てるわけないじゃないか。その想いが対戦相手の心を喰らっていった。その中の一人が、とうとう口を開いた。
「こ、降参す……」
しかし、その言葉が最後まで紡がれることは決してなかった。悠はその言葉が出る前に、こう呟いた。
「時間改竄:二倍速」
彼の身体を刻む時間が改竄される。心臓も、筋肉も、呼吸も、思考も。全てが人の領域から一瞬だが振り切れた。そして相手の生徒の下へ駆け出すと右手に素早く闇を纏わせ、相手の喉を切りつけた。吹き出す血飛沫。それを受けても彼の顔には笑みがあった。相手の喉を切りつけた後は、他のメンバーの喉も寸分違わず切りつけ、降参の声を出せなくした。
「そういえばさっき、なにか言いたそうな顔をしてましたよね?どうしました?」
悠は自分の足元から闇の触手を発生させながらこう言った。何が言いたいかは分かっていたが、そんな甘いことは絶対に許さない。相手の生徒たちはヒュー、ヒューと空気の漏れ出す音以外に何も音を発することはできなかった。
「最初に貴方達が声を掛けたんですから、しっかり返事をしないと。……どうしました? 聞こえませんよ?」
一方的に言葉を紡ぐ。抉るような。穿つような。切りつけるような。そんな言葉を紡ぐ。
「あ、っ……!、…っ……!?」
一方的に。そこに対等という概念は存在しなかった。弱者と強者。たった一つ。その概念だけが存在していた。
「この学校には魔力量がある程度ないと入れないんでしたっけ? もしかして入れただけで英雄やら天才って奴になったつもりだったんですか? だとしたら片腹痛いですよ……」
「ぐ……!?……っ……っ……ぁ……!」
「甘いんですよ。僕も貴方も。今まで見てきたものはすべてゴミです。意味がないものですよ。この学校に入れたのが偉いだの何だの思ってるなら、さっさと死んでください」
その言葉を聴きながら、相手はただ首を横に振り、否定しようとしていた。しかし、そんなことは今の身体ではできない。ただ、一方的に否定することもできないまま声を聞き続けるしかなかった。
「……もう飽きました。これでお開きにしましょう」
そういうと、足元から発生させていた闇の触手で相手を纏めて絡め取った。空中で締め上げられ、その顔には苦痛、絶望、恐怖などの感情が浮かんでいる。だが、その顔を見た悠がその触手を止めることはなかった。
「じゃあ、その汚い肢体を散らしてください。終わりですよ」
闇が生徒達の全身を覆い、生徒達が見えなくなった。だが、それも一瞬。その闇が晴れたとき、彼らは人間から、ただの肉の塊に変貌していた。
厨二病全開でしか戦闘シーンが書けない……。ですが、これからはもっとちゃんとしたものを書けるようにがんばります!
※先ほど見直したところ、あまりにも文章全体に違和感があったので、戦闘シーンの修正・変更を行いました。いきなりで本当にすいません。