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Disaster  作者: 惣菜さん
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第一話 依頼

「……ふーっ……やっと終わりました……」


時刻は午前4時。朝と夜の狭間といえるこの時間に神嵜悠はベランダに立っていた。真っ黒な髪。量が多く、ほんの少しだけ丸みのある髪型。周りが言うには整っている顔。真っ黒いスーツ。この全てが黒である世界と同化しているといえる。地上40mの超高層マンションの一室。自慢ではないがこの部屋から眺める夜景はなかなか綺麗だ。この部屋を「仕事」の「給料」で買ったときほど達成感を得られたものは今までないだろう。


昨年までいた仕事場の宿舎はひどかった。あそこから見えるのは隣のビルの汚いコンクリートの壁と、道路まで僅かに空いた隙間から見えるゴミ捨て場だけだったからだ。この景色を見るたびにそれを痛感させられる。だがそれ以上に……


「あそこでバカやってるのも、楽しかったんですけどね……」


あそこでの一年間は本当に楽しかった。魔法中学校1年生から入り、僅か1年ではあったがそこにいた住民と仲良くやれた。悠の抱えている「ある問題」についても、全力で解決するために考えてくれた仕事もいつも一緒だった。「普通」の人なら修学旅行が1番の楽しみであると答えるが、神嵜悠はそうは思わない。なぜなら、あの1年間は何にも変えられない、己の一生で最高の時間だと確信していたからだ。汚いコンクリートとゴミ置き場しか見えなかったあの宿舎も、住民みんなで顔を寄せながら朝日を見ることができた。その仲間と過ごせないのが、この部屋の唯一の欠点であると言えた。


「ハァ……面白そうだし、行くって言っちゃったけどさぁ……やっぱ面倒くさいな……」


悠は明日から国立魔法研究第一高等学校 通称「第一」と呼ばれる魔法高校に通うことになっている。それは個人の意思であると共に「仕事」の一環でもある。というのも悠が魔法中学を卒業するときに「高校に通ったほうがいいのか?」と仕事場の上司に聞いたところ


「結構儲かる仕事があんだけどよぉ……ついでに入学しちまえば?楽しいぞー?」


と言うと同時に判が押された入学届けを渡された。この上司、人の気持ちを簡単に呼んで行動することで有名だが、まさかここまでとは思わなかった。だが通いたい、とは思っていたので喜んで受け取った。


これだけなら何も問題ない。「仕事」に支障が出ないようにほどほどに学校生活を楽しみ、ほどほどに遊び、ほどほどに恋愛をして、3年間そこそこの成績を取るというちょいと面倒くさい演技をしながら過ごせばいいのだ。だが上司はこう切り出してきた。


「んで、仕事なんだが……。お前にはあるVIPの娘の護衛を頼みたい。これは国からの極秘任務だ」


これを聞いてひどく後悔した。女の護衛と聞いて、悠はいやな思い出しかない。それはイタリアの町を丸二日間テロリストと拳銃片手に鬼ごっこしたことだったり、女の買い物に行かされる時の注文の多さだったりする。だがこの任務の本当に面倒くさいところは……。


「その娘とは友達、たまに話す程度の距離感を保ったまま、護衛していることを悟られるな」


というところだ。その護衛対象は昔から護衛を付けられるのを極度に嫌がっているらしい。この条件も国から提示されているとのことで、失敗した場合は人生を二回遊んで暮らせるだけの違約金と始末書の山だそうだ。


「……とんだ我侭なお嬢さんだこと」


「そんな手に負えないものを処理するのが俺らマフィアだぜ?……汚い仕事もするが」


ここで説明しておこう。悠が行っている仕事とはマフィアである。だが昔の映画のギャングスターみたいに拳銃やらトンプソン短機関銃を持って真夜中にドンパチやるわけではない。民間業者としての表向きの顔を持つマフィアもあれば、都合上表の世界では暮らせないような人間たちが集まってできるマフィアもある。彼らの仕事はある意味では警察と変わらない。世界のパワーバランスを守ることだ。世界を壊せるほどの魔法を見つけたら、それはすぐに灰になる。世界の国の中で一つだけ力を付けすぎればマフィアの標的になる。それ以外にも非合法な仕事であったり警察には任せられない仕事がある場合、それは全てマフィアが行っている。


閑話休題。その依頼を受ける上で注意があるという。これはある意味嬉しいお知らせでもあるのだが……


「今回の件だが……(シルバー)(ヴォルフ)も手伝うからな。一人じゃ手に負えない事態も想定される」


「それはつまり退屈しないと受け取ってもいいんですね?」


少し口元を緩ませながら悠は言った。目の前にいる(シルバー)(ヴォルフ)ファミリーのボス。

大上 霧斗。カリスマ性なら一国の主と同等のものを持つ彼がそういったのだ。


「そうだな。久しぶりに楽しいこといなるかもしれない……あと、もう一つ」


ボスも口元を緩めながらそういった。つまり、どこの誰かは知らないが喧嘩を売ってくるぞ、といっているのだ。合法的に(仕事は非合法だが)暴れられると聞いて少し楽しみになった。しかし、まだ続きがあるらしい。


「なんですか?ボス?」


「お前の家なんだがなぁ……お前、マンション買ったろ?」


「えぇ、買いましたけど?」


そういうとボスは「ちょうどいい」と呟いてから、こう続けた。


「護衛対象なんだけどね?……住んでるのよ、そのマンションに」


……よく聞き取れなかった。と誤魔化してもいいのだが、そんなことをしても住んでる事実は変わらないので大人しく事情を聞いておくことにした。


「この依頼って俺と護衛対象とが頻繁に出会うと不味いですよね? 宿舎のほうに戻りますか?」


「いや、それはいい。どうせお前のことだから自分に認識阻害の術式掛けてどうにかすんだろ?」


「アハハ、バレました? まぁ向こうもかなりの実力者なんでしょう? 時間を掛ければ向こうはこちらを認識しますね。まぁその時は僕と他の住民をすり替えて認識させますよ」


その言葉を聴いた途端にボスは溜息交じりにこう言った。


「お前って、たまにすごい怖いことしないか?」


それに対し悠は口元を歪めながらこう言った。


「そういうことは俺の専売特許ですよ、ボス?」


そう言うとボスは分かったといわんばかりに手を振って話を打ち切りながら数枚の書類を投げ渡してきた。どうやら護衛対象の情報らしい。


「その娘さんは親父さんの顔を見たことがないらしい。母親のほうは事故か病気かで死んだって言ってるみたいだが」


「勝手に死んだことにされて、お父さんも可哀相ですね? まぁ、その程度の嘘を見抜けない娘さんのオツムの方もですが」


「毒舌もそこまでにしておけ。……んでこいつの魔術の属性が問題なんだ」


「属性がですか? まぁ僕もかなり異端な属性を持っていますが……」


「お前が持ってるのと同じやつだ。一つはな。だが問題はもう一つのほうだ。かなり面倒くさい」


書類を捲っていると、彼女の魔術属性についてのページにたどり着いた。そこには……。


『魔術属性:炎 時 UNKWNON』


「これですね? このアンノウンに「魔法と同等の価値を持った道具」であることが分かり護衛させると」


魔法と同等の価値、というのは単なる予想とジョークから出た言葉だったが、それを聞いてボスは少し顔をしかめながら


「胸糞悪い言い方だが間違ってねぇんだよな、それが」


「は?」


思わず聞き返してしまった。ほんの冗談で言ったことがまさか本当のこととは思わなかったからだ。その内容について詳しく聞こうと思った悠だったが、ボスから


「これを知ったら、お前がやりづらくなるだろうし、言いたくねぇんだよなぁ」


と言って聞かせてくれなかった。だがあのボスが言うことなのだ。それだけで信頼できる。


ふと、顔を上げると、黒一色だった空に赤い朝日の色が差し込んできた。とりあえず、学校に行く準備をしようと頭の切り替えた。だが、一つだけ問題があった。魔術を学ぶ上でそれは解決しようのない問題。それは……。




◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇





四月十日 午前七時三十分


「一応学校の下見しておきますか。さすがにこの時間から生徒はいないでしょうし」


学校の周りには高さ3mほどの外壁があった。その塀には幾何学的な模様が延々と描かれていた。魔法を勉強しないと分からないことだが、模様や色に意味を持たせ、本来の物よりも数十倍の力を持たせたり、特別な力を発生させたりすることができる。魔法が世界に生まれてから、風流なども歴とした「魔術」として扱われるようになった。


「円は力の循環、四角で内と外の隔離を表す……基本的だけどかなり強固な「魔術」結界ですね」


詳しく説明していなかったが、魔法と魔術には決定的な違いがある。魔法は科学的に「実証不可能」なもののことをいう。世界に魔法が誕生したときに、その原因が魔法の発動だという意見もあるくらいだ。魔術というのは科学で説明できるもののことだ。魔術は科学的に見れば違った方法、または遠回りなやり方ではあるのだが、特別な機械や道具は必要なく、頭で考えたり、紙に書いたりした術式に自分の魔力を適量に注げば誰だって発動する。それができるのであれば赤ん坊だろうが動物だろうが魔術を発動できる。


外周6kmにも及ぶ外壁を注意深く見ていると、一つだけ不自然な加工をされた部分を見つけた。魔術結界の模様が描かれた外壁に少量だが橙色の粉がついている。だが悠にはこれが人為的なものであるとすぐに判断できた。


「……橙色の粉? なるほど、宝石ですか。橙色の意味は色々ありますが、変化の意味だけを抽出して作ってますね。時間が来たら内包された魔力が勝手に暴走して、外壁の魔術結界の意味を変化させるってやり方ですか。なら……」


そういうと悠は制服の裏ポケットから目薬の容器程度の大きさのものを取り出した。それは魔法陣の描かれた紙の束だった。だがその魔法陣は壁に描かれているものなどとは比較にならないほど複雑であった。その中から一つを取り出し、こう呟いた。


「我が身を脅かす者よ、己が力を以って罪を償え。その身に宿る全ての糧を喰らい尽くせ」


その紙を外壁に向かって投げつけると、スゥっと溶けるように壁の中に入っていった。最後のその部分に手を触れて、ほんの少しだけ魔力を流す。そして手を放すと面倒くさそうに溜息を吐いた。


「ったく、面倒なことやらせますね。僕は『普通に魔術が使えない』って言うのに」


彼が抱えているある問題とは『普通に魔術を発動できない』ことだ。彼のような問題を持った人間は「なり損ない」と呼ばれ、社会的に批判されている。それが原因で就職や進学に多大な影響が出るほどだ。この「なり損ない」になっている人間の共通点が魔力量が極端に少ないことだ。魔術を発動するのに必要な魔力はおろか、生まれた直後は生命の維持に必要な魔力量ギリギリしかない。悠は別の原因なのだが。


閑話休題。外壁の周りを一周する間に数箇所同じような細工をされた魔法陣があったので、同じような細工をしてきた。想定していたよりも多かったので、正直なところ相手の攻撃性の高さに驚いていた。だがそれと同じくらい、今回の依頼に呆れていた。


「全く、大の大人が自分が最強だが神になりたいだかで女子高生相手にこんなに向きになるなんて、大人げなさすぎですよ」


ふと、腕時計を確認すると時刻はなんと8時27分。ここで悠は校内から放送が聞こえてきた。無機質な機械が読み上げるようなその放送を聞いてドキッとした。なぜならその放送は


「新入生の皆さんは、8時30分までに所定の教室に入り、待機していてください」


遅刻確定のお知らせだったからだ。校門から校舎までは軽く500mはあり、更に教室は校舎の6階にあるのだ。距離的に、絶対に間に合わない。走っても無理であろう。悠は溜息まじりに


「初日から遅刻して変な目で見られるのは任務に支障を来しますし、仕方ないですね」

           ・・                    ・

そう言いながら悠は校門の脇へ進んでいった。詳しく言えば、校門の脇の影に向かって。影の手前で歩くのをやめると、ふぅ、と息を吐いた。そして影に向かって倒れこんだ。地面と悠が接触する瞬間


「『精神世界(オンブラ・スピリトゥアリータ):影』」


そう呟くと、悠の体は影の中へ沈んでいった。いや、落ちていったの方が正しいだろう。そこにあるのは真っ黒な空間。何も存在せず、何も意味を成さず、誰も干渉することができない空間だ。しばらく重力に身を任せ落ちていくと、悠は指を弾いた。すると、その空間にいくつもの光ができた。そのうちの一つに悠は飛び込んでいった。一瞬の内に視界が黒から白へと変わり、世界が変わった。眩しさで目を瞑っていた悠だったが、自分が床に着地したことを確認すると、目をゆっくりと開けた。


「あの世界を超える瞬間、どうしても慣れないんですよね……」


目を開いた先にあったのは、事前に連絡されていた教室の扉だ。教室の中からは少なからず声が聞こえていた。どうやら間に合ったようだ。教室の扉に手を掛けて空けた……いや、空けようとした瞬間、右からすごい勢いで


「間に合ってえええええええええええええええ!」


という声とともに女子生徒が一人突っ込んできた。突然のことだったが、普段から鍛えられている悠は反応して避けようと身体を捻りかけたが、


「(ここで避けられるのは常人の反応速度じゃ無理ですね。大人しくこれは喰らっておきましょう)」


すごい速度でぶつかってくる女子生徒。当たることにはしたがまともに当たって痛い思いをするのは嫌だ。接触の瞬間、わずかに後ろに飛んで衝撃を限りなくゼロにした。そしてまともに当たったかのような軌道を描いて後ろに吹っ飛ばされた。女子生徒は「やってしまった」という顔をこちらに向けている。悠はそれを見てから腰を抑えながら立ち上がり


「いたたたたた……入学初日からこんな目に遭うなんて、ツイてませんね……あいたたた」


女子生徒は心配そうに悠に声を掛けてきた。


「ちょっとアナタ、大丈夫? けがしてない?」


その声に悠は立ち上がりながら返事をした。


「えぇ、大丈夫です。気にしないでください」


その返事を聞いて相手はホッと息を吐き、安心したようにこう言った。


「良かった。初日から怪我なんてお互いに気分悪いものね? あぁ、私は……」


その名前を聞いたとき、悠に衝撃が走った。なぜなら、その女子生徒は……


「私の名前は金崎燐。これから一年間よろしくね!」


悠の幼馴染ともいえる存在だったのだから。

このような小説ですが、評価していただけるだけでも作者は大変嬉しく思っております。昨日のジャンル別ランキングに一瞬だけこの「Disaster」が載っているのを見かけたときは、本当に嬉しかったです。これからも読者の皆さんの期待に添えるように精進していきたいです。応援よろしくお願いします。

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