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氷葬  作者: 澄氏 新
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第六章:決戦に向けて

 久哉の傷は酷いものだった。

 右腕が粉砕骨折、肋骨を数本。両脚も折れていた。レエンの能力で治癒はしたが、意識は戻らないままだった。

 治癒、とは少々違う。彼女の能力は、あくまで「死を想像し、創造する能力」であって、それ以外の力は持たない。久哉の傷に「死」を与え、消滅させたのだ。天人には到底真似出来そうもなかったが、流石は死神と言った所か。天人が弾かれた時の打撲も、治してもらった。

 意識を失ったままの久哉を抱えてあの長い階段を下る訳にもいかず、タクシーを呼ぶことになったのは不本意だったが仕方がない。駐車場に唯一設けられていた電話ボックスの中に、電話帳が有ったのは助かった。

 問題は金銭だったのだが、何とか山を降り、久哉を家に送るまでには間に合った。と言うのも、悪いとは思ったが、久哉の親に肩代わりを頼んだのだ。インターホンに応答して出てきた久哉の両親は、快くタクシーの代金を支払ってくれた。傷は完全に癒えており、吐血の痕も拭き取っていたため、貧血で倒れたと説明した。

「この子が貧血なんて、ちょっと信じられないけど、ごめんね。御堂くんにはお世話かけちゃって」

 久哉の母が言った言葉に、罪悪感を感じる天人。

「いえ」

 暗く俯いた自分を見て、久哉を心配してくれていると思っただろうか。勿論心配はしているが、それだけではない。久哉の両親は、そんな事を知る由もない。

 ――久哉がこんな目に遭ってしまったのは、自分の所為なのに。自分が盲目的にレエンを追ってしまったが為の結果なのに。

 心の痛みから久哉の家を早めに引き上げ、天人は自宅に「今日は久哉の家に泊まる」と嘘の電話を入れ、そのままレエンの家に向かった。ネクロを倒す手段を考えるためだ。

「天人……」

 レエンも何か励ましの言葉をかけようかと思ったが、天人の、親友を傷つけられた哀しみと静かな怒りの混じった表情を見て、はばかられた。

 そのまま二人とも無言で、レエンの部屋があるアパートに到着した。その頃には既に陽は落ち、夜の帳が街を包んでいた。


 これほど他者に殺意を持ったのは、これが初めてだった。力の差を見せ付けられ、思い知らされたが、ネクロに対する恐怖よりも怒りの方が勝っている。

「どうぞ」

 レエンに促され、部屋へと入る天人。そのまま細いフローリングの廊下を抜け、寝室へと入る。それから昨日と同じように、小さなテーブルに向き合って座った。

「何か飲み物でも持ってくるわね。……とは言っても、元々私には飲み物なんて必要ないから、水か、昨日買ってきたコーヒーしかないけど」

 そう言って、一旦部屋を出ていくレエンの天人を見る瞳は、痛々しいほど哀しげだった。何も言わず、俯いたままで送り出す天人。


 彼の頭には、ネクロを倒すことしか無い。物騒だなと自嘲したが、それでも納まらぬ殺意。

 ネクロは久哉を、親友を「これ」と称した。奴にとって、人間とは食料であり、人形を作り出す媒介でしかないのだろう。ただのモノだと考えていることが伺える。そして、親友を傷つけ、嘲笑を残して去っていった。許せる筈もない。

 拳をぎゅっと握り締める。爪が立って軽い痛みが走ったが、それでも握り締めた。その固い拳にどんな思いが込められているのか、誰が見ても明らかだろう。

 しばらく経ってレエンがコーヒーを持って戻ってきた時も、天人は顔を上げることすらしなかった。

「天人、はい、これ」

 出されたコーヒーを受け取り、少しだけ喉に流し込む。血の味が残る喉が潤った所で、ようやく天人は顔を上げた。

「奴を倒す方法を考えよう。絶対に、この手で殺すと決めたんだ」

 天人の目には、強い意志と底の無い怒りが篭っている。レエンも思わず気圧されそうになるくらいに。

「あれだけ力の差があるのを、身をもって知ったはずよ。それでも意思は変わらない?」

 愚問と判っていたが、一応訊いた。無言で、しかし堅い意志を込めて頷く天人を見て、レエンも同じく頷く。

「ネクロは、ひょっとしたら私の力なんか、悠に超えている力を得ているかもしれない。恐らく今日行った墓場で、その場に居た魂を喰らった筈だから。削いだ筈の力が回復していることは感じたけど」

 情けない話よね、と付け加えた。普通の番人よりも強力に作られ、特権とも言える強大な力を授けられたというのに、それを上回るかもしれない存在と化した敵を討ち取れない不甲斐無さを感じているのだろう。

「奴を倒す手段は無いって言いたいのか?」

「ううん、違うわ。必ず勝つ方法は有るはずよ」

 大げさに首を横に振りながら、すぐに切り返した。そして、面持ちを厳しいものに変え、真っ直ぐに天人を見る。

「ネクロは、手に入れた力に絶対の自信を持ってる。その驕りに、付け入る隙は必ず有る。其れに奴の能力は、強力な人形を作り出すことも可能な反面、核を狙われれば簡単に破壊できるし、倒されればその分の力を失うっていう脆い構造になってるわ」

「つまり、奴の作り出す人形さえ破壊してしまえば、倒せる見込みも出てくるって事か」

 しかし、それでは一つ疑問が沸く。

「でも、あいつは人間の力じゃ手も足も出ないくらい強い。人形を出さなくても、俺とレエンを相手に出来るくらいの能力は有るんじゃないのか?」

 天人を指で弾いただけで吹き飛ばし、吐血させるまでに至ったネクロの力を考えれば、倒されやすいと判っている人形を、わざわざ作り出す必要が有るのだろうか、と。

 しかし、レエンは首を横に振った。人差し指をぴんと立て、テーブルに身を乗り出す。

「いや、絶対に人形を作り出すわ。ネクロ本人にダメージを与える方が、人形を破壊されるよりもずっとダメージが有るから。勿論、ネクロがその力を出来る限り注ぎ込んだ人形を作るっていうなら話は別だけど、必ず盾となる人形は必要になる。本体の力は確かに強いものになってるけど、もし私か天人から直接的なダメージを受けたら……其れを考えないほど、奴は馬鹿じゃないわ」

 もし二人が倒されたとしても、またレエンの様な役割を担う者が送り込まれるのだろう。勝ったとしても大きなダメージを受けては元も子もない。被害を最小限に留め、要らぬ力を使おうとしないのは自明の理。攻撃を受ける為の人形の盾を作り出すのは、そう考えれば当然の事であった。

「持久戦になっちゃうだろうけど、時間さえかければ勝機も見えるはずよ」

「問題は、持久戦に持ち込めるだけの力が有るかどうかって事か。能力は、魂を削って使うんだろ? 俺たち二人で、奴の力を超えるかどうか」

 言われて、レエンは目を伏せた。あまり考えたくない事ではあるが、其れは無いとは言い切れない。

「そうね……私たちの力は、魂を削って駆使する能力。だから、「能力の限界」ってうのは即ち死ぬことなのよね。天人の場合は肉体が有るから限界ぎりぎりまで力を使うことが出来るけど、私やネクロはその存在が魂そのものだから、もしも力を使いすぎた時にダメージを受ければ、それはそのまま死へと繋がる」

「それじゃ、昨日レエンが俺に助けを求めた時は、死ぬ寸前だったって事か」

 苦い顔をして、こくりと頷くレエン。天人が来なくても、死なずに倒せるかどうか、ぎりぎりの所だったのだろう。ひょっとしたら、ネクロの力を削ぐために多くの人形を相手にしたのも、死を覚悟しての行動だったのかも知れない。

「私の場合、死ぬっていうのも変な言い方ね。魂と同じ存在だから、消えるとか消滅するとか言った方が良いのかも」

 消滅。その言葉から、昨日レエンが倒したネクロの人形の様に、煙の様に音も無く消えてしまうのだろうと想像がついた。

「でも、もしも私が力を使い果たして消滅してしまっても、其れだけネクロを弱らせることが出来れば、天人が止めを刺してくれれば問題無いわ」

「それは――」

 流石に嫌だった。レエンが消滅することだけは、例えネクロを倒せたとしても避けたかった。妹と同じ顔の少女が消える所なんて、想像もしたくない。

 出会ってまだ浅い関係ではあるのだが、レエンがどう思っているかはさて置き、天人にとっては友人と呼べるような存在になっている気がした。玲菜に似ているから簡単に打ち解けることが出来た、ということも有るのだが。

 レエンは、口篭る天人を見て小さく笑った。

「天人は優しいね。大丈夫、私だってそうそう簡単にやられる様な事はしないから。折角天人と久哉に出会えたのに、消えちゃうなんて勿体無いし」

 昼間の天然は何処へやら、こういうことに感付く時のレエンは鋭い。また読まれたか、と天人は苦い顔。

「まぁ、ネクロが造りだした人形数体を一気に倒してしまえれば、あまり消耗せずに奴の力を削げる筈よ。そうなれば、また奴は新しい人形を作り出す。其れを繰り返せば、確実にこちらの有利な展開に持っていけるわ」

 天人の能力は、数体を一気に殲滅させるのには適さない。むしろ一対一での状況に対応しているタイプであることは自覚している。他の「死の形」を想像することも可能ではあるだろうが、一度凍結を想像してしまったために、咄嗟に違う形を想像出来るかというと自信が無い。どれだけ力を削ぐ事が出来るのか、全てはレエンにかかっていると言っても過言ではないだろう。

「兎に角、泣いても笑っても、決戦は明日。今日も天人と久哉の怪我を治すのに力を使っちゃったし、私はもう寝るわね」

 よっこらしょ、と老けた声を出しながら立ち上がるレエン。部屋を出て行こうとするその時、少し疑問が沸いた。

「なぁ、レエン」

「なーに?」

 呼び止められて、ドアの手前でくるりと振り返る。

「お前は魂と同じ存在なんだろ? 睡眠って必要有るのか?」

 こんな時に訊く必要は有るのかと思ったが、何となく気になった。

「私の場合、寝るって言うより瞑想するって言った方が当てはまるのかな。やっぱり動いてるより、じっとして楽な体勢でゆっくりと落ち着いてる方が、回復が早いの。天人たちが疲れたときに眠くなるのと一緒で、私だって休みたいって思うわよ」

「やっぱり、眠るってのとはちょっと違うのか」

 天人の呟きを聞いて、レエンの目が据わった。悪戯っぽい顔だ。

「なんだ、やっぱり私をどうにかしようって思ったって事?」

「ば、馬鹿! そんな訳」

「あはは、判ってるって。妹そっくりの私に欲情するなんて、天人はそんな変態さんじゃないでしょ?」

「当たり前だ!」

「それじゃ、おやすみ。天人も早く休んでね。明日は大変な事になるから」

 尚も笑うレエンを睨みながら見送る天人。ひらひらと手を振ってにっこりと笑うと、レエンは部屋を出ていった。

 そう、決戦は明日だ。

 絶対にネクロを殺してやると、自分の心に誓ったのだ。刻々と近付くその時を思いながら、天人は自分の右手を見つめた。

「玲菜の死が、俺の武器になる……玲菜、俺に力を貸してくれ」

 

 

 キッチンルームにあるソファに寝転びながら、レエンは一つ溜息をついた。

 思った以上に力を消費し、まだ回復しきっていないのだ。消滅寸前にまで力を使い、回復しきらぬまま天人と久哉の治癒も行った。天人の傷は其れほど大きなものではなかったが、久哉を治癒するのは矢張り骨が折れることだった。

 明日までに全快する筈も無い事は、本人がよく判っている。

「天人は優しい。だけど、もしもの事が有ったら――」

 静かに決意をし、レエンは目を閉じた。


 もしもの事が有ったら、力を使い果たしてでも、ネクロを倒す。天人を死なせるわけにもいかない。そうなる位ならいっそ、私が。

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