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氷葬  作者: 澄氏 新
6/12

第五章:対峙

 事前に打ち合わせはした。

 巧くいかなくても、嘘で通す。久哉がどれだけ勘繰ろうが、兎に角嘘をつき通す。そう決めていた。

 だと言うのに。

 電車の席に久哉一人と、天人、レエンが並んで座っていた。四人用の向かいの座席だ。

「なぁ、蓮ちゃんって歳いくつだっけ?」

「う〜ん、今年で四百だっけ? 五百だっけ? あんまり長いこと生き過ぎてる所為で、覚えてないの」

 レエンの答えに、大笑いする久哉。対する天人は憮然とした表情のまま黙っている。

「つまり十四か十五って事だな。いやー、やっぱこの子、面白ぇわ。こんな従姉妹が居るなんて、今まで聞いてなかったけどなぁ」

 巧くいったんだか失敗したんだか判らないが、何とかなったので良しとは思う。しかし、レエンのあまりにも天然すぎる裏切りに、苛立ちを通り越して呆れてしまった。

 

 事の件は、三十分ほど前。久哉が遅れてやってきた直後に発生した。

 

「よぉ、お待たせ」

 昨日と同じ台詞と同時に久哉が現れたのは、時計の針が十二時二十分を指した時だった。昨日より十分早いが、約束の時間より二十分も遅い。

 久哉が天人の隣に居る人物を見、驚いたように目を見開く。死んだ人間が生き返ったみたいな錯角に襲われたのだろう。どうやら昨日の時点では、レエンの顔を見ていなかったらしい。

「天人、そちらさんは?」

「ああ、こいつは――」

「初めまして、私、天人の従姉妹のレエンです」

 思わずずっこけそうになる天人。作戦も何も有ったもんじゃない。

「おい、いきなりお前、どういうつもりだ!」

「ごめんごめん」

 急いでレエンを引っ張り、耳打ちする。謝ってはいるが、反省の念は感じられなかった。

「レエン?」

「蓮だ、蓮。ちょっと発音おかしかっただけだよな、蓮」

 急いで取り繕う天人。何をそんなに慌ててんだと久哉が眉根を寄せた。

「海外で暮らしてたからな、ちょっと発音がおかしい所が有るんだが、まぁ大目に見てやってくれ」

「成る程ねぇ、道理でアメリカ人みたいな見た目してると思った」

 今日の日ほど、久哉の頭を弱く作ってくれた神に感謝した日は無かった。

 海外で暮らしていたなんていう設定の、思いっきり日本名な、ミドルネームも無い、妹そっくりの少女に何の疑問も抱かない久哉。こいつ大丈夫か、と心配しつつも安堵した。アメリカ人イコール金髪碧眼という短絡思考に感謝せずにはいられない。

「丁度親の都合で日本に戻ってきててな、玲菜の墓参りに着いてくることになった」

 これはレエンに任せておけないと、天人から切り出した。

「天人も私も危険……じゃなくって、やっぱり従姉妹のお墓参りくらいは、しとかないといけないかな〜? なんて、ね、あはは」

 あわやというところで、何とか軌道を変えた。レエンの背中側、久哉からは見えないように天人の指が彼女の背を抓っていた。痛みは感じないのだろうが、効果は上がったようだ。

「次やったら、凍らせるぞ」

「ごめんごめん」

 再度耳打ち。何だか無駄なことのようにも思えるが。先ほどと同じく、彼女の言葉に反省の色はまるで無い。

 レエン、侮りがたし。こいつの天然は本物だと痛感すると同時に、呆れ果てた。

 久哉はそのやり取りを見て首を傾げたが、まぁいいかと適当に流してくれた。

「にしても、よく似てるな。一瞬、玲菜が生き返ったかと思ったぜ。従姉妹でもここまで似るもんなんだな。ほんと、双子みたいだぜ」

 まじまじとレエンの顔を見る久哉。しかし、あんまり見るのも失礼だな、と呟いて、目を逸らす。良かった、何とかなったと胸を撫で下ろす天人。

「ほら、大丈夫じゃない」

 鬼の首を取ったみたいな、得意気な表情を浮かべるレエン。

 全く、こいつは。

「あのなぁ、久哉が馬鹿だったから良かったようなものの、普通ならとっくに嘘だってばれてる所だぞ」

「俺が、何だって?」

 小声だったが、一部は耳に届いたらしい。地獄耳めと心の中で舌打ちしつつも、何でもないと適当に誤魔化す。

「とりあえず、電車に乗るぞ。早い所済ませたい」

 そして、さっさと久哉を帰したい。親友に心の中で謝りつつも、事を早く済ませようと駅のホームに向かう。レエンと久哉を会話させるのは危険だ、電車内での二人の会話はなるべく避けるようにしなければ……

「まぁ、電車来るまで少しあるし、一服くらいさせろよ。天人、火ぃ貸してくれ」

 電車の到着時刻を告げる電光掲示板は、目的地へと向かう電車の時刻を七分後と告げていた。微妙な時間だ。とりあえず、ホームに向かうように仕向けて時間を稼ぐか、などと、色々な思考を巡らせる。

 ある意味では、昨日の戦いより辛い。

「まぁ、ホームに付いてからでも――」

「はい」

 良いだろ、という言葉を声にする前に、爆弾娘が動いた。指先に小さな炎が点り、久哉が咥えた煙草に火が点く。

 流石にこれには驚いた久哉が、再び目を見開いた。

 レエンが妹に似ていなかったら、そして女じゃなかったら、今すぐ駆け出して殴り倒してやる所だった。

「れ、レエン、じゃなくて蓮は、マジックに凝っててな、その、あれだ、そういう事だ」

 動揺してしまい、思わず自分もレエンと呼んでしまう天人。我ながら苦しい嘘だと思ったが、ふーん、凄ぇなの一言で納得した目の前の親友に、引きつった笑いを浮かべることしか出来なかった。

 きっ、とレエンを鋭く睨みつけたが、何処吹く風と軽くスルーされてしまった。いや、本当に気付いてないだけかも知れない。

 

 そんなこんなで電車に乗る前、乗った後も様々な事を暴露していくレエンだが、流石にもうフォローは無駄と知り、なるようになれの境地に立ってしまった天人だった。

 流石に死の力云々、ネクロという魂の番人と戦っている等という事は、何も知らない久哉から突っ込まれることは無かったし、レエンから話すことも無かったが。

「何怒ってるの? 天人は」

「其れくらい分かるだろ」

 こっそりと訊いてきたレエンに、ぶっきらぼうに返した。レエンの眉がぴくりと動き、目が据わる。

「何よ、そういう言い方しなくても良いじゃない。ちょっと失敗しちゃったけど、巧くいってることだし」

「何処が「ちょっと」なんだよ。思いっきり暴露しといて」

「どうせ本当の事を言ったって、信じはしないと思うんだけどな」

「お前が頭の弱い奴だと思われても困るんじゃないのか」

 実際、頭は弱そうだ。と不意に考え、レエンと久哉が何故ここまで短時間で打ち解けたのか判るような気がした。

 それ以上は何も言わず、外の景色を見やった。街から離れ、一転して田畑やビニールハウスが並ぶ農耕地域に入っていた。今日の空は、昨日と違って抜けるような晴天だ。天人の心中は、昨日みたいな曇天なのに。

 見慣れた景色だった。しかし、この景色を見る度に、心が痛くなる。何とも言えない寂しさが沸いてくる。

 あと一つ駅を越えれば、目的の駅だった。

 

 

 何時も久哉とぶらついている街とは打って変わって、まるで時代の違う場所に来てしまったかのような錯覚を覚える場所。山間の小さな町で、とりたてて特産品も無い。そんな場所が、妹が眠る墓地が有る場所から一番近い駅だった。

 高層ビルの立ち並ぶコンクリートジャングルとは程遠い。確かにコンクリートの建物はそこかしこに在れど、木造一軒家が点々と並び、道も舗装されている箇所の方が少ない。

「んじゃ、行こうぜ」

 妹の墓へと近付くにつれ、右手の冷たさが増していく。玲菜の死を認めたくないという意思が、心の何処かで声を上げている。

「天人……?」

「大丈夫だ、行こう」

 レエンの自分を呼ぶ声に力無く頷きながら、天人は歩き始めた。其れに続く久哉とレエン。

 遠く前方に見える山。そこに、玲菜の墓は在る。

 

 舗装された通りを抜け、電車からも見えていた田畑の脇を通る。更にそれからしばらく歩いて、山道に入る。墓地へと向かう道には長いコンクリートの階段が設けてあるが、其れでもやはり目的地まで辿り着くのに毎年苦労させられている。

 去年の暮れにようやく墓地までの道が造られたようで、車でも行けるようになっているのだが、その道を利用しようとなると山の反対側に回らなければならず、徒歩なら階段を上った方が早いし疲労も少ない。

「天人、ちょっと、待って、くれよ、なぁ」

 息を切らせながら久哉が情けない声を上げた。これまた毎年の事だが、久哉は必ず長い階段の途中で弱音を吐く。一度も休憩無しで登りきった例が無い。

 実際天人も体力に自信のある方ではない為、途中休憩を少し入れる事に何も言わないのだが、自分から弱音を吐くことは無かった。

 にしても、今年は去年よりも、休憩までの踏破距離が短いのではないか。

「煙草吸い過ぎなんじゃないか、お前」

「んなこと言ったって、疲れるもんは仕方ないじゃんかよ」

 ぜえぜえと息を荒げながら、服が汚れるのも気にせず階段に座り込む久哉。事前に買っておいたペットボトル入りの烏龍茶をジャケットのポケットから取り出し、喉に流し込む。

 天人も同じように座り込み、ジュースを取り出した。ここで一旦小休止を入れて、残りを一気に登りきれば、午後二時くらいには墓地に着くだろう。

「何やってるの、二人とも。お墓ってこの先でしょ?」

 疲れを知らない少女が、遥か先からたたたっと軽い足取りで戻ってきて、不思議そうに首を傾げた。

「少し休んでからな」

「これくらいの距離、わけ無いでしょ」

「久哉に言ってくれ」

「お前の従姉妹の体力は、化け物かよ……」

 流石につっこみを入れる体力は残っているようだ。にしても、無尽蔵の体力を持つ……と言うより体力という概念が無い奴と同じように考えられても、其れは幾らなんでも無理というものだ。

 化け物と呼ばれて膨れるレエンだが、天人には何も言えなかった。

 

 あんまりレエンが急かすので休憩は早めに切り上げ、天人たちは再び墓地へ向かい始めた。久哉が何事か言いたそうにしていたが、何も言わずに諦めたようだ。

 標高が高くなるにつれ、未だ溶け切らない雪があちこちに見えるようになっていたが、天人と久哉の額には汗が滲んでいる。

 落ち葉はすっかり色褪せ、地面と変わらぬ色をしているが、針葉樹の緑とそこかしこに芽吹いている春の植物が綺麗だった。しかしそれらをゆっくり見ながら階段を登れるのは、一人の異質を除いて皆無。あまりこういう場所に来ないのだろうか、レエンは半ばはしゃいでいる様子だった。不謹慎極まりないが、咎める気力が有る者は居なかった。

 千段を悠に越える階段を登りきり、墓地に辿り着いた時には、二人の体力は限界になっていた。

「なんだか頑張ったな、俺ら」

「全く」

 まだ新しい墓地の駐車場に、だらしなくべったりと座り込みながら、天人と久哉は呼吸を整えた。流石にセーターとマフラーを剥ぎ取る天人と、ジャケットを脱いでアスファルトに寝転がる久哉。

「だらしないなぁ、もう」

 お前と一緒にするな、と言おうかと思ったが、疲れてそれどころではない。

 結局、途中休憩していたほうが早く墓参りに行けた事は間違いなさそうだった。

 

 しばらく休んでから、三人は墓地に入った。

 学校のグラウンドくらいの広さは有る敷地に、幾つも立ち並ぶ大小様々な墓石。ここに来るのは、何年経っても慣れない。

 何故か感じる重圧感と、一層強くなる右手の冷たさ。砂利で敷き詰められた細い道を歩いていると、妹の姿を思い出してしまう。

 墓地には、三人以外誰も居なかった。広い敷地に並ぶ三つの影が、より寂しさを強調している。

「ここ、何だか変。墓地っていうのは大体どこもそうなんだけど、これは」

 レエンがぼそりと呟いた。聴き止めた者は無い。

 墓地というものは、矢張りその役割から仕方の無いことでは有るのだが、この世に残った魂というものが多数存在する。大抵、魂の世界に連行すべき魂たちは、墓地や廃ビルなどの、いわゆる心霊スポットに集まってくるものだ。

 如何なる理由があろうとも、それらを強制的に連行するのが、番人たちの仕事。レエンの場合は、与えられた役割が違うから、ここに居る霊魂をどうこうしようとも思わないし、そもそも出来ない。

 しかし、魂たちの存在は感知できる。イーヴルを追うために、通常の番人よりも遥かに優れた察知能力を持つ。

 この場の魂の数は、異常だ。普通の墓地と比べて、多すぎる。

「蓮、何やってるんだ。ここだぞ、玲菜の墓は」

 天人に声をかけられ、我に戻る。考えすぎかな、と思いつつも、天人の元へ走った。

「まさか、ね」

 自分を安心させるように呟く。何か悪いことが起きなければ良いが。

「どうしたんだ、蓮。何か考え事か?」

「大した事じゃないわ。気にしないで」

 レエンは答えながら、目の前の墓石を見た。「御堂家乃墓」と彫られたその黒塗りの石は、周りの墓石に比べれば小さいものだったが、先に来ていたであろう天人の家族が添えた花たちに彩られていた。

 無言で墓を見詰める三人。冷たい風が吹いた。遠くに、今まで歩いてきた道や街が見える。眺めの良い場所だった。

 無言のまま天人は線香に火を点け、手を合わせて目を閉じた。続いて、久哉も。この時の天人の気持ちはどんなものだったのだろうか、レエンはその一端も窺い知ることは出来なかった。

 ただ、天人にまとわり付く哀愁が、より一層濃くなったのは間違い無かった。

 レエンも何も言わずに、見ず知らずではあるものの、玲菜の冥福を祈った。魂の世界で生まれたのに、魂の冥福を祈るなんて、おかしなものだなと思ったが。

 

「それじゃ俺、駐車場に居るわ」

 ややあって、久哉が静かにそう言った。まだ顔を上げようとしない天人に、それ以上は何も言わずに砂利を踏み出す。

 久哉自身、玲菜の死は、心に大きな隙間を作っていた。

 いつも天人と玲菜と自分とで、色々な所に遊びに出かけた。ゲームセンターのユーフォーキャッチャーで熱くなり、気付けば一万近い金をつぎ込んで、当時大流行だったキャラクターの人形を取ったこと。カラオケで点数勝負をしては、ジュースを賭けたり罰ゲームを決めたりして遊んだこと。遊園地に行って、絶叫マシン完全制覇しようなんて皆で言い出し、結局途中で全員気分が悪くなって断念したこと。他にも色々な所に行ったのに、其れが一瞬で思い出になってしまったのが、今になっても信じられない。

 天人のショックはどれ程のものか、正直な所想像もつかない。自分だけ一足早く去るのも、久哉に出来るせめてもの気配りだった。

 

「玲菜は、本当に自慢の妹だった」

 久哉の足音が完全に消えてから、天人はレエンに話しかけた。

「甘えん坊で、明るくて、いつでも元気で、どこか頼りない所も有ったし、生意気な所も有ったけど、俺にとってたった一人の妹だった」

 レエンは何も言わずに聴いていた。いや、何か言うのもはばかられた。

「でも、本当に突然に、玲菜は逝ってしまった。ずっと元気だったのに、何の病気でもなかったのに、心不全と診断されて、な」

「本当に、大切だったんだね、天人にとって」

 聴いているだけで心が痛くなるような、天人の言葉。さしものレエンにも、天人の抱える心の痛みがどれ程のものか判らない。

 分け与えた能力を、何の苦も無く使いこなせるだけの痛み。哀しみ。どうやって其れを計り知ることが出来ようか。

 天人は無言で頷いた。

「お前は玲菜によく似てるんだ。初めて見たとき、玲菜が生き返ったのかと思ったくらいに」

「久哉も言ってたね、玲菜に似てるって。天人があの時私を追ってきたのも、そう思ったからだったんだね」

「お前に対しては、失礼な話だけどな」

「別に気にしてないわよ。助けてもらったし、変なことに巻き込んじゃったしね」

 しかし、この込み上げてくる感情は何だろう、とレエンは思った。死者と間違われた事に対する怒りではない。普通ならこんな感情、私に存在するわけ無いのに。何だろう、これは。

 思いを巡らせる。持てる限りの知識を総動員して、答えを探す。

 が、突然感じた禍々しい気に、弾かれた様に反応した。

「どうした?」

 天人も突然レエンの雰囲気が変わったことに気付き、眉をひそめた。

「イーヴルの気……奴よ。ネクロが近くに居る――!」

「何だって!?」

 そんな馬鹿な。全く気付かなかった。だって、今まで何も感じなかったのに!

 これだけ大きな力を何故察知できなかったのだろう。明らかに、他に漂う多くの魂よりも遥かに強い力なのに。

 力が発せられる場所は、墓地の入り口の方。駐車場からだった。

「久哉が、危ない!」

 レエンの言葉に蒼白になりながら、しかし考えるより先に、天人は走り出していた。レエンもその後を急いで追う。

 右手がずきずきと疼く。久哉の無事を祈りながら、右手を押さえた。もしネクロが久哉を襲ったとしたら。考えるだけでもぞっとする。

「久哉、どこだ!」

 大声で呼んだ。駐車場全体に声が響き渡ったが、返事は無い。レエンが隣まで走り寄ってきたが、久哉がこちらに向かってくる気配も無い。

 まさか。

 最悪の事態を思い浮かべ、思わず体が震えた。

 

「貴殿の探し物は、これではないかな?」

 突然背後から飛んだ声に、天人は反射的に振り向いた。レエンも同じく。

 そこには、黒のロングコートを着込んだ長身の男が立っていた。銀の長髪が、冷たい風に揺れている。この世のものとは思えない程の美形だったが、全てを見透かすような銀の瞳と、死者の様に白い肌、そして対照的な血の様に赤い唇が、不気味な程現実とかけ離れている。

 そして、その細い腕の先に吊られたもの。其れは、紛れも無く久哉の姿だった。

「ネクロ……!」

 レエンの眉が吊りあがった。呼んだその名には、底知れぬ怒りを込められている。

「どうやら、そこの人間の友であったようだからな。魂を喰い、骨を幾分か頂こうかと思ったが、成る程流石は死の姫君。姿を眩ましていた筈だが、矢張り察せられてしまうか」

 これだけこの場所に魂の数が多いのは、ネクロの存在のカモフラージュの為だったのか。力を分散し、感じ取られにくくし、久哉を襲った時に力を戻したのだろう。魂の力を使って人形を造り出し、操る能力を持つからこそ出来る芸当だ。

 迂闊だった。

「嫌味のつもりかしら」

「そう感じたのならば、姫君自ら其れを認めると言うことになる」

 言いつつ、ネクロは久哉を天人たちの方に放り投げた。どさり、と音を立ててアスファルトを転がる。

「大人しくしておれば、そこまで痛めつける事も無かったのだが。人間如きが牙を向くが故に、其れを折っただけのこと」

 久哉を抱え起こす天人。吐血しており、所々に擦り傷や打撲の跡が見て取れる。

「お前、こいつを、久哉を喰おうとしたのか」

 天人の声は震えていた。恐怖ではない。抑えきれない怒りだ。

 ネクロは鼻で笑って返した。天人を見る銀の双眸は、限りなく冷徹で非情だった。

「能力を分け与えられし人間よ。先に言った筈だが。その魂を喰い、骨を頂こうと」

 天人は駆け出していた。頭には怒りしかなかった。

「天人、駄目! あなたの敵う相手じゃないわ!」

「愚かなり、人間よ」

 レエンの言葉は、耳に届いていなかった。

 こいつ、絶対に、殺してやる。殺してやる!

 どん、と胸に衝撃が走った。何事かと認識する前に、体が宙を舞う。いつの間にか目の前まで移動していたネクロの人差し指が、丁度天人が居た位置へと突き出されているのが見えた。背中から硬い地面に叩きつけられ、せり上がってきた血の塊を吐き出す。

 指で弾かれただけで、天人の体は十メートル近い距離を飛んだのだ。

 痛みが全身に走る。体を動かそうにも、意思とは反して全く動こうとはしない。

「全くもって、力の無い存在であることよ。なまじ死の能力を得たとは言え、我は貴殿等人間とは一線を隔した存在であると知れ」

 浮かべた微笑は美しく、冷酷。ネクロの得た力はどれ程のものだろうか、レエンにも想像がつかない。

「今この時、邪魔な姫君と人間を喰う事も出来ようが、其れではつまらぬ。興も削がれるというものよ」

「逃げる気?」

 挑発するレエンだが、ネクロはふっと小さく笑い、氷の様な冷たい視線を向けた。そこには絶対の自信と、冷たい嘲りが込められている。

「思い上がるな、死の姫よ。明日、我はまた貴殿の前に現れよう。何か策を練るも良し、逃げるも良し、貴殿の自由にするが良い」

「あなたこそ、思い上がらない方が良いわ。必ず滅ぼす」

「出来ようものなら」

 レエンが巨大な炎の塊を「想像」し、ネクロに向かって放つ。しかし、既にネクロの姿はそこには無かった。

「急くな。明日こそその魂、貰い受けようぞ」

 声だけが、天人たち以外誰も居ない墓地に響く。続く嘲りの笑い声を残し、ネクロの気配は完全に霧散した。

 

 指一本触れることも出来なかった。圧倒的な力の差を見せ付けられながらも、未だ冷めやらぬ怒り。残った笑い声が、頭の中で反芻する。

 悔しくて、仕方なかった。

「あいつだけは、絶対に……!」

 消え入りそうな声で、天に吐いた。

 天人は、心に誓った。そして、意を決した。

 

 絶対に奴だけは、ネクロだけは許さない。この手で……手に入れた力で、必ず、殺してやると。

やたらと長くなってしまいましたね(汗)どこで切るにも微妙で、一気に書いてしまいました。構成力足りとらんなぁ……

ケータイから閲覧されている方、特に見づらかったでしょうが申し訳ないです(滝汗)

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